あの人は私の弟になったの
スマホのアラームで起きると、LINEの通知があったので布団から顔だけだして、タップする。
黒瀬大樹 ③
『おはよ』
『朝練寒すぎ』
短い文のLINEに潰れた霜柱と見切れたスニーカーの画像が貼ってあった。
霜柱踏んじゃってるー!!
霜柱踏んじゃうの弟すぎぃー!
昔友達の弟も公園で踏み荒らしてたー!!
朝から大樹くんに絶妙な弟のツボを激押しされて、興奮のあまり身体がポカポカになったので、いつもはなかなか出られない布団からすんなり出ることができた。
はぁ、これが弟の居る生活…。
悦に浸りながら、階下のリビングに降りて行くと、下の姉である舞花ちゃんがパジャマのままストレッチをしていた。
「舞花ちゃん、今日も休み?」
「んー、大学はもう年明けまでほぼ休みみたいなもんよ。」
「へえーいいなぁ。」
「そうでもないよ、休みすぎてゾンビになる。」
ふーんと、よく分からないなという気持ちで適当に相槌をうって、戸棚からパンを取り出して、電気ケトルのスイッチをいれる。
お母さんは洗濯物中かな。
「ねぇ、ともちゃん」
「んー?」
パンを焼くかそのまま食べるか迷いながら、お皿を選びながら、舞花ちゃんに生返事を返す。
「昨日うちに来てた男の子、彼氏?」
ポスっと音がして手にしていたパンが床に落ちる。
「あー、3秒ルール!早く!でも一応焼いたら?そのパン」
舞花ちゃんの言葉に我を取り戻し、急いでパンを拾って表面を叩いてからトースターに突っ込んだ。
「…見てたの?」
「うん、昨日も家いたし。窓から見えた。」
そうだった。帰ったら舞花ちゃん居て、普通に話したのに、話題に出ないから特に思い至らなかった。
「…彼氏、ではないよ。」
「え、でも家まで送ってきたんだよね?…じゃあ友達以上、もうすぐ彼氏的なポジション?」
「そんな高度な付き合いをする相手が私に居ると思う?」
「そうだよね、ともちゃん、私の妹だもんね。」
そういう舞花ちゃんは、現在花の女子大生だけどたぶん彼氏がいたことは無い。
舞花ちゃんとは姉妹とはいえ、それこそ初恋からニキビまで、なんでも相談し合う仲だ。
私は舞花ちゃんにはこの珍妙にも幸運な状況を話しておこうと決めた。
「実はね、彼氏ではないけど、あの人は私の"弟"になったの。」
「……は?」
私と舞花ちゃんの間に空白が生まれる。
「は?!」
舞花ちゃんが正気を取り戻そうと髪を振り乱して頭を振った。
「今、本気で記憶を遡っちゃった。んな訳ないじゃん。お母さんがともちゃん産んだ後お腹大きかったことないし!」
「あ!違うの、血縁的な意味じゃなくて。」
「え?あ、まぁそうだよね。」
「つまり、"姉弟ごっこ"」
「…彼は、その弟役?」
「イエス」
「うちの妹、彼氏より遥かに変態的な付き合いしとる。」
舞花ちゃんには弟が欲しいという憧れはちょくちょく話していたのですぐに察したようだ。
「絶対ともちゃんから頼んだんでしょ。」
「いや、違うよ!」
「え、じゃあ彼から?今時の男子高校生の性癖ってそんな特殊なの?」
「さらに違うよ!大樹くんが私に合わせてくれたの!」
あらぬ誤解を増やす前にざっと経緯を説明する。
「なるほど…。大樹くんは、ともちゃんに告ったけど、断られたから、じゃあ代わりにともちゃんが欲しい弟に、と。」
私はやっと理解が得られてホッとしながら頷く。
「めちゃいい男の子じゃん」
「うん、すごく弟上手いんだよ。」
「いや、違くて」
そこまで話して、私はスマホのアラーム音にギョッとする。
すでに出かける時間だ!
パンはトースターに入れたままだし、顔は洗ったけど寝癖も直していない。
「舞花ちゃんそのパンあげる!」
私は洗面所に走って10秒で髪を溶かして適当にシュシュで結ぶと、鞄を引っ掴んでコートだけ着て玄関を飛び出した。
「いってらっしゃーい。大樹くんによろしくー」
舞花ちゃんがひらひらと手を振っていた。
学校の最寄駅に着いてから、マフラーを忘れてきたことに気がついた。
家から駅までは走ってたから寒くなかったけど、電車に揺られているうちに体温も元通りになって、外気にさらされれば寒い。
しかも今日は寝癖を直せず髪を結んでしまったから頸も丸出しで、なんで12月の真冬にこんな仕打ちをと寒がりの私は首を縮こませる。
「とーもか!」
後ろから急に衝撃を受けて、胃の内容物が出るかと思ったけど、悲しいかな今日は胃も空っぽだった。
振り返るとイタズラが成功して満足そうな顔をしたえみりんだった。
「あれ?今日朝練じゃないの?」
「え?違うけど?」
「?」
「あー!なるほど。朝練女バレと男バレは練習日違うよ。」
「そうなんだ。」
さっきまでのニヤニヤに輪をかけてさらにニヤニヤするえみりんが私を覗き込んでくる。
「えー?なんでなんでー?なんで友花が男バレの朝練の日知ってるのー?」
「いや、普通に朝LINEがきてたから。」
「照れないのつまんない。」
「えみりんは本当のこと知ってるんだから、からかっても違うのに。」
「本当のことねぇ。」
それにしても、女バレと男バレの練習日が違うとは。今度えみりんに会いに行くふりをして、弟の部活動を頑張る姿を見に行こうと思っていたのに。
「えみりん、男バレの練習日も知ってたりするの?」
「え?えー、えー、どっちにしよっかなぁ。」
「どゆこと?」
「普通に黒瀬に聞けば?」
「え?…いや、なんか恥ずかしいじゃん。」
「弟に部活の日聞くのが恥ずかしいってどういうこと?」
「棒アニメの男子バレー部の弟キャラは兄に練習日聞かれて嫌がってたよ。」
「いやいや、好きな女子に部活の日聞かれて嫌がる男子はおらんよ。」
「姉に聞かれる弟だから。」
「姉はわざわざ弟の部活見に行かないて。」
「じゃあ弟と何するの?」
「なんだろう。一本背負いの練習とか?」
大樹くんを一生懸命一本背負いしようとする私を思い浮かべて見る。頭の中の大樹くんはとても困っている。
そもそも私はえみりんと弟の愛で方が違うようだ。
「いい、大樹くんに聞く。」
「あ、もう名前呼び。」
「弟を苗字で呼ぶのは変でしょ?」
「いやいや、そもそも弟と付き合うふりすんのが変でしょ。」
「…えみりん、今日の爆弾おにぎりの具の話をしよう」
「いいね!!」
えみりんの脳内は、秒速ですじことおかかバターでいっぱいになり、大樹くんの話は学校に着くまでその後一回もでなかった。




