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弟のおねだりは良い、絶対。

「で、黒瀬くんと付き合うことになったの?」


「ちがうよ。えみりん、ちゃんと聞いてた?姉弟になったの。」


「ちゃんと聞いたからこその解釈だけど。」


「解釈しないで、そのまま言葉通りでお願いします。」


踊り場から戻ってきた私は、お弁当を食べながら待っていたえみりんにそのまま報告した。


えみりんは黒瀬くんが何を言うか予め知っていたようで、あまり驚かなかった。


「えみりんと黒瀬くんは知り合いなの?」


「いや、そんなに親しいわけじゃないよ?黒瀬男バレだから、何か友花と仲良いの?とか聞かれた。でももともと黒瀬はそんなに女バレと交流あるタイプじゃないから、そんだけだな。一回友花のことを根掘り葉掘り事情聴取されただけ。」


「えみりん、プライバシー!私のプライバシーが全く守られてなかったよ!」


「なんか早く帰りたいのに、しつこく聞かれたからめんどいから全部一問一答で反射で答えちゃった。」


「うぉぉ…」


あまりに潔い親友の反応に私は頭を抱える。


「大丈夫、あいつトレーニングとかサボらんし真面目だし。で、付き合うんでしょ?」


えみりんは少し脳筋なところがあるから、トレーニングをする人=いい奴みたいに分類しがちだ。

少なくとも私の知る真面目な人は、同級生に悪魔みたいな顔で弟になる提案はしない

。


「表面上は。フリね?付き合う、フリ。」


「へえー、付き合うフリをして、弟ごっこするの?…すごい不健全じゃん!」


あまりに真っ当な指摘にぐうの音も出ずに私は反論できずに口を噤む。


「でも、黒瀬はー、本当は彼氏彼女として普通に付き合いたいんでしょ?で、それがダメっぽいから、弟?はぁー、あいつも物静かそうで訳分からんね、私は絶対無理だわ。」


えみりんは感心したように呟きながら大きなお弁当を食べ終わり、鞄から今度は巾着袋をだして、爆弾のようなおにぎりに齧り付く。

「うま!チーズかよ、お母さん天才だな?」とマイペースに呟くえみりんを見ながら、私は自分の判断を誤ったかなと不安になる。


先ほどは、踊り場での告白からの、隠していた自らの変態的欲望の指摘からの、積年の欲望を刺激する誘惑。

まさにジェットコースターの如く心かブンブン振り回されて、ヘトヘトになって思考力が鈍っていたのかもしれない。


つとめて冷静に、黒瀬くんの容姿を思い出す。


男子のわりに小柄な背丈。ふわふわな焦茶の髪。ぱっちりした大きなつり目。きれいな中性的な輪郭。

萌え袖、おねーちゃんと呼ぶ低すぎないけど男の子な声、あざとい仕草。


それに並べるように、私の平凡な様を思い浮かべる。

結びたいけど、ドライヤーがめんどくさいという理由で、肩まで中途半端な長さの真っ黒な髪の毛。

よく眠たそうと言われる垂れ目。

身長も平均。体型も平均。

帰宅部。

以上。あまりにもモブ。



「や、やばいかな?」

「なにが?」


おにぎりを食べ終わって名残惜しそうに指をぺろりと舐めているえみりんに震えを抑えながら確認する。


「付き合うふりをして、弟をさせるなんて黒瀬くんを好きな人とかに知られたら、ものすごく怒られるのでは?」


「え、黒瀬を好きなやつって誰?」


「え?黒瀬くん、あんなに可愛いし、たくさん居るのでは?女バレにも居るんじゃ。」


「え。居ないでしょ。愛想悪いし、悪いけどチビだし。」


「そんなことないよ!私よりたぶん少し大きいし、親切だったよ!」


「はぁーん。へえー。じゃあそうなんじゃない?」

えみりんはニヤニヤするとそれ以上真面目に答えてくれなかった。


「少なくとも表面上は付き合ってるカップルがおかしなごっこ遊びしてるだけなんだから、誰も何とも思わないよ」


と話しは締め括られた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「鹿野さん。」


放課後、黒瀬くんは教室まで私を迎えにきた。


昼の踊り場で決めたことなのだが、黒瀬くんの部活のない日は一緒に帰ることにした。


私は校内で男子に呼ばれることに緊張しつつも、黒瀬くんを見たら、これから始まるであろうめくるめく弟ライフに不覚にもワクワクしてしまう。


どうしよう、まず何から弟をしてもらおう!


下駄箱で靴を履き替えて、外に出ると冷たい風が吹き付ける。

いつもなら寒いのが苦手な私は一気にテンションが下がるけど、今は全くそんなことはない!


「まず、どうしよっかね?」


隣で歩き出した黒瀬くんはジャージの上にウインドブレーカーっぽい上着と、厚みのあるマフラーをぐるっと巻いている。

血色がすぐ出るタイプなのかすでに鼻の頭がほんのり赤い。よい!とてもよい弟味!


「して欲しいことは色々あるんだけど!」

「色々あるんかい、」


「とりあえず、良ければ、ねーちゃんと、呼んで頂けないでしょうか?」


自分で提案しておきながら、一発目からかなりの変態性の高さに段々尻窄みで声が小さくなる。

「いいよ。あ、でも学校のやつとか、知り合いがいるところではさすがに勘弁ね。」


「大丈夫!それでいい!」

私は力の限り頷いて了承すると、黒瀬くんは様子のおかしい私が面白かったのか少し笑っている。


「喜びすぎ…。よかったね、ともかねーちゃん?」

「はぅ!」

「弟に呼ばれただけで、そんな変な反応しちゃだめだよ、ねーちゃん。」

「だ、大丈夫、おねえちゃんはちょっと過度な喜びに身体が慣れてないだけで、すぐ大丈夫になるから。」

「…表現がさ、まぁいいや。」


そのままテクテクと歩いてきながら、普通に来週の期末のこととか、バレー部のこととか、お互いのアルバイトのこととかを話していたら、あっという間に駅に着いた。


「あ、もう駅着いた。」

「友花ねーちゃんはどっちの駅なの?」


さっきまで忘れてたのか普通に"鹿野さん"だったのに、不意なねーちゃん呼びに「ふぅ!」と胸を抑える私。


「…おねーちゃんは◯△線の××駅だよ。」

「あ、それなら途中まで一緒だ。駅からは徒歩?」

「うん、結構近いから。」

「ふぅん。じゃ、ねーちゃん、電車乗ろ。」


弟と徒歩でも帰り道どころか、一気に弟と電車まで!私は感無量で「分かった!」と元気に返事をする。


そして黒瀬くんにお願いして、駅構内で"駅で不安な弟の手を引いて歩く"というシチュエーションもさせてもらって、黒瀬くんは嫌がるどころかきちんと不安げな目をして「ねーちゃん、ちゃんと手握っててね…」と素晴らしい怖がる弟の演技してくれる。


私は感動しつつ、ギュッと手を握って「ちゃんと離さないから大丈夫だよ」と心の中でやりたかったおねえちゃん像を存分に堪能した。


「黒瀬くんが、素晴らしい弟すぎる…」


ホームでしつこく感動している私と違い、黒瀬くんは何か思案している。手は繋いだままだったけど、駅のホームで弟が落ちたら危ないしね


「その"黒瀬くん"って変えた方が良くない?弟を苗字でクン呼びはしないでしょ。」


「た、確かに…。」


黒瀬くんは正解を問うように私の目をじっと見る。

弟が、おねーちゃんである私に答えを聞きたがっている…。おねだりされている…。


「た、大樹《たいき》くん。」

「呼び捨てで良くない?姉弟なんだし。」

「私は弟を呼び捨てしないタイプの姉なので。」

「まぁ、確かに友花ねーちゃんそういう感じだね。いっか。」


納得してくれたのか、黒瀬くんは私を覗き込むのをやめて、スマホを取り出して画面を見ている。


「連絡先交換しとこ。ねーちゃんスマホだして。」

「う、うん。」


それから電車がくるまでスマホで連絡先交換をした。



「あ、私、ここで乗り換え」


話しに夢中になって、降りる直前で気がついて慌てて降りると、なぜか大樹くんも降りていた。

「あれ?次の駅で降りるんじゃないの?」


「そうだけど、今日は暇だし家まで送ってくよ。」


「え?そうなの?」


予想外の展開にびっくりして固まると、大樹くんは悲しそうな顔をして

「友花ねーちゃんと話すの楽しいから、もう少し一緒にいたいから、…だめ?」

「だめじゃない!」

ダメな訳ない。弟のおねだりは良い、絶対。


とはいえ、うちは駅から近いのであっという間に着く。

高校生にもなると、自宅に学校の友達が来ることってなかったので何だか新鮮な気持ちになる。

「家の前に学校の人がいるの変な感じ〜」

「弟だけどね、」

「そうだった!」

「でも確かに俺も小学校以降自分ちに友達きたことないなー。」

「家お互い遠くなるしねー、休みの日は親とか兄弟もいるし。」

「あ、お姉さん2人いるんだっけ?」

「個人情報筒抜けすぎる!」

「石田さん食べ物ちらつかせると全部答えるから。」

「大樹くんは?」

「兄が1人。」


私は驚愕の事実に大樹くんを見ながら目を見張る。

「り、リアル弟!…ゆえの、あの演技!」

「言うと思ったけど、違うから。リアルではだいぶ違うから。」

「…え、違うの?」

「あ!違うっていうのは、うちは兄だから。姉だったらあれでいいんじゃない?」

「そうなんだ。」


確かに私は、自分に弟が居るシチュエーションに憧れたゆえの情報収集だったので、姉弟バージョンの弟にイメージの偏りがあるのかもしれない。私が謎にしょんぼりしていると、大樹くんは

「今度うちきて、兄弟バージョンの弟の情報収集したら」

と提案してくれた。

二つ返事で頷いてたちまち元気になる現金な私。


ずいぶん家の前で話し込んでしまった。

名残惜しいが、繋いだままだった弟大樹の手を離す。

些か弟にしては手が大きい気はするけれど、体温が高くて温かくてほんのりしっとりしてて、ギュッと握る感じが大変良い弟の手だった。


「じゃあ、また明日ね!」


そうして離れかけた手を、大樹くんがもう一度引っ張って、なぜか指と指を絡ませて繋ぎ直す。


「??」


何を求められているか分からずにハテナを浮かべていると、またパッと手を離して、今度は手全体が包まれたと思ったら力をいれてギューっと握りつぶされる


「いだだだだだ!」

「はは!」


最後に可愛くない悪戯をした私の可愛い弟は「また明日ね」と綺麗なフォームで走って帰って行った。


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