告白されて、弟を得る
短め連載になると思います。
楽しく読んでもらえれば嬉しいです。
私は3人姉妹の末っ子で
子供の頃、土曜日の朝は、姉と3人で「朝ごはんホットケーキにして!」とお母さんにお願いするのは毎週末の日課で
でもお母さんは、毎週頼まれるのにも関わらず、絶対ホットケーキミックスを切らしているので、「食べたいなら3人で買っておいで」と500円玉を1枚くれる。
それを1番上のお姉ちゃんが受け取って、私たち3人は家から1番近いスーパーに走っていく。
そして1番安いホットケーキミックスを選んで、残りのお釣りで買える中で、1番美味しそうなお菓子を3人で頭を唸らせながら討論する。
末っ子の私は、大抵計算を放棄して、姉たちの論議を待つ間、店内を見回していた。
私はすぐに目当ての人物を見つけて心が浮き足立つ。
今日もその小さな男の子はお姉ちゃんらしき女の子に手を引っ張られながらも、繰り返し「ねえちゃん!ねえちゃん!」と一生懸命何かを話しかけている。
どんなに姉がぞんざいな返事しかしなくても、ずっと姉の姿だけを見て、一心不乱に姉に伝えたいのだろう。
うちが毎週末土曜の朝にホットケーキミックスを買いにくるように、おそらくこの姉弟も毎週土曜の朝にこのスーパーにくる。
カゴを盗み見ると、いつも牛乳と、ちょっとしたお菓子を買っている。
一度だけ、姉たちを置いて、店内をぶらついている時に、姉とはぐれたのか、店内を不安そうに彷徨いているこの男の子と遭遇したことがあった。
キョロキョロと落ち着きなく視線を彷徨わせ、ギュッと胸の前で握られた小さなクリームパンみたいな拳。
私がじっとその姿を見ていると、一瞬私と目を合わせてから、逃げるように背を向けて違う棚に走っていった。
慌てて追いかけると、ちょうど走り去った先で会えたのか、その子が姉に叱られていた。
追いかけてきた私に気づくこともなく、姉の腰にギューっとしがみついていた。その頭を姉が乱暴に撫ぜていた。
私は急いで姉たちのところに戻ると、私もまた姉2人に「どこ行ってたの!」と叱られた。
帰り道に下の姉に
「弟が欲しいなぁ」
と呟いてみたら
「妹の方が可愛いよ!」
と即答された。
下のお姉ちゃんの共感は得られなかったけれど、その後の人生でも、何となく弟という生き物に惹かれることは何度となくあった。
友達の弟。習い事にくる兄弟の弟。アニメのキャラクターの弟。
なんなら同級生でも、その子が誰かの"弟"だと分かると勝手に好感度を上げていた。
そうして弟への熱を拗らせたまま、私は気がつけば高校2年生になっていた。
「好きです、付き合ってください。」
目の前の同級生は、初めてみる顔だった。
今は放課後で、ジャージを着ているところを見るに、運動部に所属しているのだろう。
先ほど、黒瀬大樹という名前と、同学年であることを告げられたので、そうなのだろうけど。
私の知る同学年の男子たちと比べてかなり小柄な気もする。
なんなら157センチの私とそんなに変わらないのではないだろうか。
別に恋人にするのに、高身長とかそんな条件を掲げているわけでないけれど。
私は、頭を下げる彼を目の前に、かなり気が動転していた。
なぜなら告白されたのなんて、初めてだったから。
比較的地味に清く正しく日陰で過ごしてきた学生生活、中学生になってからは異性と話すこともめっきり減り、家でも女だらけで過ごす私は男の子という生き物が分からない。
いつまで経っても返事をしない私を訝しく思ったのか、目の前の彼はさっきまで伏せていた頭を上げた。
渦を巻いていたつむじが見えなくなり、茶色がかった黒髪の癖毛がふにゃりと揺れた。
うちの学校は染めるの禁止だから、地毛だろうけど、かなり茶色っぽい。
なんか動物っぽい。
「俺のこと、知ってたりした?」
いつまでも「えっ、」とか「へ、」とかばかりで意味のある言語を発しない私に、彼は親切に質問を変えてくれた。
「…知らなかったです。」
正直に答えながらも、もう少し気の利いた返答ができないもんかと、第三の自分が心の中で私を責める。
「そっか。じゃあ、いきなり言われても困るよな。」
そう言いながら彼自身も困ったように、さっきまで私に向けていた大きな黒い瞳を逸らし、横を向いて腕を組んだ。
なんか動作がかわいい気がする。
顔も、目が黒目がちで大きくて、他の男子みたいに輪郭がゴツゴツしてないし、
髪もふわふわしてて
何でこんな可愛い男子が、私に告白を?
はっ!
「う、嘘告…?!」
「違うよ!」
黒瀬くんは慌てたように私の疑念の呟きを否定する。
「誰も影に潜んでないし、スマホもほら、録音とか通話とかしてないから!」
疑われたことが癪に触ってしまったのか、黒瀬くんは少し拗ねたように睨みながら私にスマホ画面を見せてくる。念のため画面を見ても、確かにアプリが起動している様子もなさそうだ。
私はスマホを見る時に少し視界に入ったほっぺのなだらかな曲線に目を奪われる。
「ごめん。私が黒瀬くんに、その、好かれる要素が分からなくて。」
「ああ。うん、話したことなかったしね。」
「だから、その、ごめんな…」
「わー!ストップ!ちょいストップ!」
お断りの返事をしようとして、途中で遮られてびっくりする。
「まだ!まだ、断らないで。」
「え?」
黒瀬くんの、少しつり目で、黒くてまんまるで瑞々しい瞳が私を真正面からしっかり見据えきて、私はたじろぐ。
なぜ、告白されて、且つ断る側の私が気圧されるのか、不思議だ。
「俺聞いたことあるんだけど、鹿野さんは、ずっと弟が欲しかったんでしょ?」
「な、なななんでそれを?!」
黒瀬くんは私の分かりやすすぎる反応に、彼が持つカードがかなり有利なことを悟ったように、小悪魔的な笑みを浮かべて口角をあげる。
彼の知っている情報は、私が幼い頃から後生大事に心にしまっておいた、今の年齢で保持していると些か変態めいた欲望である。
親友のえみりんしか知らない情報なのに!
「鹿野さんの情報にはそこそこ詳しいから、俺。」
「ど、どこ、どこでそれを?!」
「普通に鹿野さんのこと聞いたら、石田さんが教えてくれた。」
えみりん!!!
私は心の中で親友のえみりんにバックドロップした。
「お、おと、おと弟という生き物が、す、好きというだけなことに、何か問題が?!?!」
「めちゃくちゃ噛むじゃん」
激しく動揺してやや逆ギレ気味の私に黒瀬くんは冷静に突っ込んでいる。
何故だ。立場が、力関係が、逆転している。
「鹿野さんちは夫婦円満、これから義理の弟ができることもないだろうし、年齢的に実弟もないとか。」
「こ、個人情報…」
「石田さんが」
えみりーん!!!!
私は心の中のえみりんに衝撃波を打った。
「鹿野さんは、可哀想に、これから一生おばあちゃんになるまで、弟が欲しかったなと、無いものねだりしながら朽ちていくのかな?」
人気のない踊り場で、私の暗い未来を語りながら黒瀬くんが、一歩、また一歩と私に近づいてくる。
脳内では、病室でベッドに仰向けに寝ながら、ツウと一筋の涙を流して「弟ぉ…」と呟く皺くちゃの私が再生される。
私の真横まで来た黒瀬くんが、もともとデカめでブカっとしていたジャージの袖に手をしまい込んで、所謂萌え袖の形にする。
そしてそのまま私の注意を引こうと、袖越しに私のカーディガンの裾を引っ張った。
思わず引っ張られた方に顔を向けると
「ともかねーちゃん?」
そこには姉に不安げな顔をしてすがる弟がいた。
私の、居ないはずの、弟が
「わーーーー!!!!!」
辛抱たまらなくなった私は、走って踊り場の隅にスライディングして丸まった。
そして知りもしない神様に己の邪念を謝罪する。
「鹿野さん、とりあえず彼氏じゃなくて弟にしてよ。」
まさに弟の皮をかぶった悪魔のごとく、愛らしくも無邪気な笑みを浮かべた黒瀬くんの提案に
今度は、私は断らなかった。
こうして黒瀬くんと私の弟ごっこの日々が始まった。




