せめて婚約したい
帰りにお母さんからおつかいを頼まれていたので、スーパーに寄ろうとしたら、ちょうど大樹くんのスマホに着信がきた。
私はすぐ戻ってくるよとジェスチャーで伝えてスーパーに入った。
頼まれていたカレールーを買うために、定番のメーカーの中辛と、もうひとつどこのメーカーにするか迷う。
うちは必ず2種類のメーカーを混ぜて作るけど、いつも買っているものが売り切れていた。
「あれ?…ねえねえ!」
ルー選びに集中していたので、横から近づいてきた声に驚いて顔を向けると、なんと先日見かけた成長した弟くんだった。
スウェットにジャージっぽいズボンで、手に財布を持っていて、いかにも近所に買い物に来た格好だ。
「こないだもここのスーパーでプリン買ってた人だよね?」
完全なる他人なのだが、弟くんは非常に気さくに話しかけてくる。
「あ、…はい。」
先にガン見してしまったのは私だけど、向こうは私に特に用はないはずなのに、何のために声をかけてきたのか…、舞花ちゃんの言うとおりチャラいのだろうか。
弟くんは目が悪いのか、だいぶ高い背を丸めて私に視線を合わせた状態で、目を細めてじーっと顔を見てくる。
「あのさ、勘違いならすみませんだけど、もしかして、小さい時もここのスーパーよく来てなかった?」
「…え?」
「俺も小さい時によく週末姉と、ここのスーパーに牛乳買いに来てて、こないだ君のこと見かけた時にすごい見覚えあるなぁって思って。」
「あ、私もお姉ちゃんと週末買いにきてました。私もこないだお姉さんとあなたを見て、もしかしてあの時の子たちかなって思ったので、あってると思います。」
「ええーー!めちゃすごい偶然じゃん!」
弟くんはかなり驚いて喜んでいる様子で、私を興味深そうに眺めている。
私も推測が当たっていたことは嬉しかったけど、不思議と弟くんである彼自体に興味は湧かなかった。
なんなら、大樹くんを待たせているので早く話を切り上げてスーパーを出たい。
私がルーを適当に二箱取ってカゴに入れて「じゃあまた…」と言ってレジに向かおうとすると、弟くんが進路に回り込んできた。
「学校どこ?ていうか高校生だよね?」
さらに話し込む気まんまんのようだった。
「あー、私、人を待たせてるから、また今度に」
手を振りつつ脇を通り抜けようとすると
「あ、じゃあスマホだけ交換しよ」
と肩に手をかけられる。
触られたところからゾワっと緊張感が走る。
「あ、あの」
離してもらおうと声を上げると同時に、前に手を引かれて肩の手が離れた。
「大丈夫?」
引かれた先には大樹くんが隣にいた。
「あ、うん。」
大樹くんは繋いだ手をそのまま後ろへ引き、私は自然と彼の背中側に回った。
「あれ?彼氏?弟?」
(両方です!)
と贅沢な事実は心の中だけにして、
「か、彼氏です!」
と即答する。絶対私が答えるべき場面。
「そっかー、彼氏持ちか〜。」
弟くんは急に興味をなくしたようにくるりと背を向けて私たちから離れていく。
一度だけ振り返ってチラッと大樹くんを見てから、
「またね!」
と人懐こい笑みを浮かべて手を振って去って行った。
「あの、ありがとう…」
私は急いでお礼を言うが、大樹くんは何か思案しているようだった。
「あいつが今日言ってた昔見た弟?」
「たぶんね。でも向こうも覚えてたからそうなんだろうな。」
「……」
「大樹くん?」
大樹くんはしばらく沈黙したのち、「あ"〜」と唸りながら頭を手で掻き回した。
もともとふわふわの髪の毛が鳥の巣みたいになったので、私は慌てて絡まったところを手櫛で直してあげる。
「結婚したい」
「は?」
「無理だからせめて婚約したい。」
「え、何の話?」
意味不明な呟きのあと、また大樹くんはしばらく唸っていたので、どうどう、と背中をさすってあげる。
すると唐突にバッと私に身体を向ける。
「友花!」
「はいぃ!」
「俺はチビだし、友花とごく一部にしか愛想良くないけど、めちゃくちゃ友花のこと好きだし、さらに友花のして欲しい弟までやれるの俺だけだから!」
手を握って熱弁され、ぶんぶん縦に首を振って同意を示す。
大樹くんは私の両手を挟んだままの両手を自分の顔の近くに持ってきて、口をへの字にして、拗ねた顔をして私を軽く睨んだ。
「友花ねーちゃんは、俺だけのねーちゃんだよね?」
「そのとおりだよー!!!」
即答した。
弟のおねだりが可愛いすぎて、浄化されて灰になるかと思った。
大樹くんは結局うちまで送って、玄関に出迎えた舞花ちゃんに、挨拶しつつ、スーパーのチャラい弟くんの話を心配そうに伝えて帰って行った。
舞花ちゃんは「大樹くん、いいね。許す。」と腕を組みつつ仁王立ちして呟いていた。




