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第5話:城塞都市の関所と顔パス(そして国賓待遇へ)

城塞都市グランヴェールの正門をくぐったシルヴィ一行は、想像を絶する光景の渦中にいた。


「道を開けろォォッ!! 我らが女神様のお通りである!! 不敬な振る舞いをする者は、この隊長自ら八つ裂きにしてくれるわ!!」


先頭を歩くのは、先ほどまで「怪しい奴らは通さん!」と凄んでいた門番の隊長である。彼は兜を脱ぎ捨て、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、周囲の群衆を押し退けて道を切り開いていた。その後ろを、他の門番たちが「姫様万歳!」「女神様万歳!」と狂信者のように合唱しながら続く。

さらにその後ろから、ロアンに担がれた輿こしに乗ったシルヴィが、エランの魔法の風に髪を揺らされながら進んでいくという、カオス極まりないパレードが形成されていた。


「あ、あの……隊長さん? そんなに大声出さなくても、普通に歩けるから……」


シルヴィが輿の上から遠慮がちに声をかけると、隊長はビクッと肩を震わせ、振り返って地面に額を擦りつけた。


「も、もったいないお言葉! しかし、この薄汚れた街の空気が、姫様の御前を塞ぐことなど許されません! どうか、どうかこのまま私めに先導をお任せください!」

「お、お願いだから泣かないで……。わかった、わかったから……」


シルヴィが困り果ててため息をつくと、その「困った顔」すらもパッシブスキル【真祖の威光】と【絶対的庇護欲】を通して周囲に甚大な影響を与えた。


大通りを行き交っていた商人や、街の住民たち。最初は「なんだあの騒ぎは?」と遠巻きに見ていた彼らだったが、シルヴィの姿が視界に入った瞬間、次々と雷に打たれたように足を止め、膝から崩れ落ちたのだ。


「あぁ……なんという美しさだ。まるで光の精霊が舞い降りたようだ……」

「おい見ろ、あの子の少し困ったような表情! ああ、俺の全財産を捧げてあの笑顔を取り戻したい!」

「お母ちゃん、あのお姉ちゃんからキラキラしたオーラが出てるよ!」


ドサッ、ドササッ。

ドミノ倒しのように、大通りの両脇にいた数百人の人々が、誰に命令されたわけでもなく一斉にひざまずき、シルヴィに向かって祈りを捧げ始めた。

まさに「顔パス」の究極形。身分証明どころか、存在そのものが国家権力を凌駕するVIPパスと化している。


「……えええぇぇ……なにこれ、宗教?」


シルヴィは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

彼女のステータスはレベル1、筋力1のただのハリボテ吸血姫である。にもかかわらず、人間族の堅牢な城塞都市が、ただ彼女が通るだけで完全に陥落していた。本来なら討伐対象であるはずの吸血鬼が、何十万という人間の頂点(精神的な意味で)に君臨しようとしているのだから、冗談のような事態である。


「素晴らしいですわ、姫様」

輿の隣を歩くエランが、うっとりとした表情で呟いた。

「ただ微笑むだけで、愚かな民草どもの心を完全に支配されるとは。さすがは私の女神様。これならば、武力を用いずともこの国を半日で乗っ取ることが可能ですわね」


「乗っ取らないから! 平和に暮らしたいだけだから!」

シルヴィのツッコミも虚しく、パレードは街の中心部へと向かって進んでいく。


「姫様! この街で最も高貴な方が滞在するにふさわしい、最高の場所をご用意いたしました!」

門番の隊長が案内したのは、街の中心部にそびえ立つ、ひときわ豪華な建物だった。白亜の壁に美しい彫刻が施され、エントランスにはレッドカーペットが敷かれている。

看板には『迎賓館・金獅子亭』とある。明らかに一般の冒険者や旅人が泊まるような宿ではない。各国の王侯貴族や、高位の使者が滞在するための超高級施設だ。


「えっ、ここ? いやいや、こんな立派なところ、私みたいな一般人(?)が泊まれるわけ……」

「何を仰いますか! 姫様以外に、この場所に見合う方など世界中を探してもおりません!」


隊長がエントランスの扉を蹴り開けると、中から恰幅の良い支配人が血相を変えて飛び出してきた。


「な、なんだ君たちは! ここは貴族専用の……」

「黙れ支配人! 神の使いであられる姫様の御成りだ! 直ちに最上階の特別室ロイヤルスイートを空けろ!」

「神の使いだと? 莫迦なことを……」


支配人が怒りの形相でロアンの輿の上を見た瞬間——彼の怒りは一瞬で霧散した。

パッシブスキルが直撃した支配人は、白目を剥いて一度気絶しそうになり、強靭な精神力で持ち直すと、そのままスライディング土下座を決めた。


「お、お待ちしておりましたぁぁぁ!! さあさあ、どうぞこちらへ! 本日は貸切とさせていただきます! 他の客は今すぐ追い出しますので!」

「追い出さないで! 普通に泊まらせて!」


シルヴィの悲鳴のような懇願により、他の客(高位の貴族たち)の追放だけは免れたものの、シルヴィ一行は最上階のロイヤルスイートルームへと通されることになった。

金糸で刺繍された天蓋付きのベッド、大理石のテーブル、ふかふかのペルシャ絨毯。一泊するだけで、平民が一生遊んで暮らせるほどの金貨が飛んでいくような部屋である。


「姫様、まずは長旅の疲れを癒やすため、お風呂になさいますか?」

ロアンが恭しく一礼して尋ねる。

「あ、うん。お風呂は入りたいかも。森の中をずっと(輿で)移動してたから、少し汗かいちゃったし」

「承知いたしました! 直ちにお湯をご用意いたします!」


ロアンが部屋の奥にある豪華な浴室へ向かうと、エランもそれに続いた。

「お待ちくださいロアン。備え付けのただのお湯など、姫様の玉肌に触れさせるわけにはいきませんわ。私が『水精霊の浄化水』と『炎精霊の恒温魔法』を使い、不純物ゼロ、常に最適な温度を保つ究極の霊泉を創り出します」

「おおっ、さすがはエラン殿! ならば私は、この大剣で壁を少しぶち抜き、浴室からの景観を最高のものに仕上げてみせよう!」

「やめて! 宿を壊さないで! 普通のお湯でいいから!」


シルヴィは慌てて二人を止めに入った。

この二人に任せていると、お風呂に入るという行為すら国家機密レベルの大掛かりな儀式に発展してしまいそうだった。

結局、シルヴィの「普通が一番落ち着くの」という言葉により、エランの魔法による温度調整だけを妥協点として、シルヴィはどうにか一人で入浴する権利を勝ち取った。


「はぁ……極楽……」


大理石の広い湯船に浸かりながら、シルヴィは大きく息を吐き出した。

体力1の身体に、温かいお湯が染み渡っていく。

お湯の温度は、エランの魔法のおかげで寸分の狂いもなく、シルヴィが最も心地よいと感じる「少しぬるめ」に保たれていた。

これまでの数時間の出来事が、嵐のように脳裏を駆け巡る。


(異世界に転生して、ステータス全部1の吸血鬼になって。最弱のモンスターに殺されかけて。でも、過剰に強い護衛が二人もついてきて。気がついたら、人間の街の高級宿でVIP待遇……)


湯船の中で自分の腕を見つめる。

白く、細く、折れそうなほど華奢な腕だ。

しかし、この身体には『魅力』と『カリスマ』という、戦闘力とは別ベクトルの最強の力が宿っている。

それがどういう原理なのかは分からないが、少なくとも、この力と二人の従者がいる限り、自分は安全に生きていけるだろう。


(でも……このままでいいのかな)


シルヴィはお湯に顔を半分沈めながら、ぶくぶくと息を吐いた。

確かに、ロアンとエランは命に代えても自分を守ってくれるだろう。門番たちも、支配人も、みんな自分にひれ伏してくれた。

だが、そのすべては自分の「スキル」による強制的なものだ。

本当に困っている人がいたら助けたいし、誰かに頼りきりではなく、自分自身の足で歩いていきたい。それが、根っからのお人好しであるシルヴィの偽らざる本心だった。


それに、もっと現実的な問題がある。


「……お金、どうしよう」


シルヴィはハッと顔を上げた。

今は「顔パス」の威光で高級宿のロイヤルスイートに泊まっているが、当然ながらタダではないはずだ(支配人は「お金など頂けません!」と言っていたが、シルヴィの良心がそれを許さなかった)。

自分は一文無しだ。ロアンやエランに払わせるわけにもいかない。


「よし。お風呂から上がったら、ちゃんとお金を稼ぐ方法を考えよう。自立した異世界ライフを送るために!」


決意を胸に、シルヴィは浴室を出た。

エランが用意してくれていた、最高級のシルクで作られたふかふかのバスローブ(なぜかこれもサイズがピッタリだった)に袖を通し、部屋に戻る。


「あ、姫様。お風呂はいかがでしたか?」

部屋では、ロアンとエランが直立不動で待機していた。二人の前には、テーブルいっぱいに並べられた超豪華な料理の数々。ローストビーフ、新鮮な魚のカルパッチョ、色鮮やかな果物たち。

「わあ……美味しそう! でも、これどうしたの?」

「支配人が『姫様へのささやかな貢物です』と置いていきました。もちろん、私がすべて毒見を済ませておりますので、ご安心を」

「……うん、ありがとう」


シルヴィは苦笑しながら、席についた。

出された料理はどれも絶品だったが、彼女の頭の中は先ほどの「お金問題」でいっぱいだった。


「あのさ、ロアン、エラン。相談があるんだけど」

食後の紅茶(これもエランが淹れた絶品だった)を飲みながら、シルヴィは切り出した。

「私ね、お金を稼ぎたいの」

「お金……でございますか?」

ロアンが不思議そうに首を傾げる。


「うん。今はこうして良くしてもらってるけど、いつまでもタダで泊まるわけにはいかないし。それに、自分の生活費くらい自分で稼がないと、ダメになっちゃう気がして」

シルヴィが真剣な表情で言うと、二人はハッと息を呑み、そして深く感動したように目を潤ませた。


「おおお……! 姫様、なんという自立心、なんという気高さ! すべてを与えられる立場にありながら、自らの足で立とうとされるとは……!」

「ええ、まさに王族のかがみですわ! 姫様がそこまでおっしゃるのなら、私たちも全力でサポートいたします!」

「うん! ありがとう!」

シルヴィは嬉しそうに頷いた。話がわかってくれてよかった。


「では、直ちにロアンと共に、この街の金持ちの貴族どもや悪徳商人の館を襲撃し、根こそぎ金銀財宝を奪ってまいりましょう!」

「それがいいな。抵抗する者は俺が真っ二つにする。一晩で姫様の部屋を金貨で埋め尽くしてご覧に入れよう!」


「だからなんでそう物騒なの!!?」


シルヴィはテーブルをバンッと叩いて立ち上がった(体力1なのであまり音は鳴らなかったが)。

「強盗とか略奪とか絶対ダメ! 犯罪でしょ! 真っ当な方法で稼ぎたいの!」


怒られた二人は「しゅん……」と犬や猫のように耳を伏せて落ち込んだ。

「ま、真っ当な方法ですか……しかし、姫様のような高貴な方に、皿洗いや荷物運びのような下働きをさせるわけにはいきませんし……」

「私どもの魔物を狩る技術も、姫様の御前では野蛮すぎますわね……」


二人が頭を抱えて悩んでいるのを見て、シルヴィはふと、前世のファンタジー知識を思い出した。

「そうだ。こういう世界って、『冒険者ギルド』みたいなところがあるんじゃないの?」


「冒険者ギルド……ですか。確かに、この街には大陸でも有数の規模を誇るギルド支部があります」

ロアンが頷く。

「クエストボードに依頼が張り出されていて、それをこなせば報酬がもらえる……みたいな?」

「ええ、基本的にはその通りです。魔物の討伐から、薬草の採取、街の清掃まで、様々な依頼が集まります」


「それだ!」

シルヴィは目を輝かせた。

「私、冒険者になる! そして、安全なクエスト……そう、街のおつかいとか、薬草採取とかをして、地道にお金を稼ぐの!」


その宣言を聞いて、ロアンとエランは顔を見合わせた。

【戦闘力・防御力ともに1(スライム以下)】の少女が、荒くれ者が集う冒険者ギルドへ行き、自らクエストをこなすと言うのだ。

本来であれば、全力で止めるべき事案である。


しかし、二人の脳内フィルターは、すでに正常な判断力を失っていた。


(なんという事だ……。姫様は、最前線で戦う我々冒険者の気持ちを知るために、あえて下々の仕事に身を投じようとされているのだ!)

(どこまでも深い慈愛……! そして、ご自身の力を誇示せず、民草と共に歩もうとされるその御心。これこそが真の『王道』!)


「……承知いたしました、姫様」

ロアンは感極まった声で、深く頭を下げた。

「姫様がそこまでの覚悟を持っておられるのであれば、このロアン、決して異論は挟みません!」

「私もですわ。姫様の初めての冒険、私たちが全身全霊をかけてお守りいたします!」


「ありがとう! よーし、明日は冒険者ギルドに行って、初仕事だー!」


シルヴィは拳を突き上げ、気合を入れた。

彼女は純粋に、「安全な薬草採取などで日銭を稼ぐ、ほのぼのとした冒険者ライフ」を想像していた。

しかし、彼女の隣には「姫様を傷つける者は国ごと滅ぼす」と心に誓った、過保護で過激な規格外の従者が二人も控えているのだ。

そして、彼女自身の【魅力・カリスマカンスト】というチートスキルが、冒険者ギルドという「力こそすべて」の男社会において、どのような化学反応を引き起こすか。シルヴィはまだ、その恐ろしさを知る由もなかった。


翌朝、城塞都市グランヴェールの冒険者ギルドに、未曾有の嵐が吹き荒れることになる。

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