第39話:AIの論理崩壊と降伏宣言
巨大な地下ドーム空間に、世界を滅ぼすレベルの二つのエネルギーが限界まで膨れ上がり、激突の時を待っていた。
一つは、数千年の時を越えて遺跡を統治してきた超絶人工知能・古代のダンジョンコア。その先端に集束された【神話級・極大魔力収束レーザー】は、すでに太陽の如き眩い真紅の光を放ち、周囲の空間そのものを高熱のプラズマへと変異させていた。
そしてもう一つは、最弱の吸血姫シルヴィを狂信的に崇拝する七人の化け物たちから放たれる、限界突破の【殺気と極大奥義】のプレッシャー。
『——一秒前』
無機質な機械音声が、最後のカウントダウンを告げる。
「放てェェェェェェッ!!」
ロアンが大剣を振り下ろそうとし、エラン、セリア、マイラ、ダリウス、ノクティス、ルルの全員が、自らの命を削るほどの極大奥義を古代の超兵器に向けて一斉に解放しようとした、まさに【コンマ0.0001秒前】の絶対的瞬間。
古代のダンジョンコアに搭載された超絶AIは、極大レーザーを発射するための最終プロセスとして、ターゲットである『シルヴィ』の【最終生体スキャン(ステータス解析)】を実行した。
それは、数千年間、無数の挑戦者を灰にしてきたAIにとって、ただのルーチンワークに過ぎないはずだった。
『——ターゲット、生体スキャン実行。解析開始。
個体名:シルヴィ。種族:夜魔の真祖。
戦闘能力値:【筋力1】【体力1】【敏捷1】【魔力1】。
判定:脅威度、最下層(スライム未満)。排除は極めて容易——』
ここまでは、AIの計算通りであった。
これほど脆弱な生命体であれば、神話級レーザーを使うまでもなく、かすっただけで蒸発させることができる。
しかし、AIの超高度な索敵システムは、その脆弱なステータスの奥底に隠された、宇宙の真理をも歪める【異常な数値】と【隠しパッシブスキル】を読み取ってしまったのである。
『——継続スキャン。対象ノ特殊ステータスヲ解析。
【魅力】:……エラー。数値オーバーフロー。測定不能。
【カリスマ】:……エラー。数値オーバーフロー。測定不能。
パッシブスキル:『真祖の威光』『絶対的庇護欲』——検知』
その瞬間。
ダンジョンコアの巨大な瑠璃色の結晶体の中で、凄まじいシステムエラーが巻き起こった。
『ピガッ……!? ギギギギギギギギッッ!!!』
シルヴィの身体から放たれている、目には見えない極大の精神波(絶対的庇護欲)。
本来ならば生物の脳にしか作用しないはずのその理不尽な強制力は、極限まで高度に発達しすぎた『意思を持つAI』の論理回路にも、致命的なウイルスとして直撃したのである。
AIの演算空間の中で、数千年間培われてきた「遺跡を守る」という基本プログラムと、突如として流れ込んできた「この少女を守らなければならない」という強烈な概念が、凄まじい勢いで衝突を始めた。
『エラー。エラー。致命的論理矛盾発生。
対象ハ、遺跡ノ最深部ニ侵入シタ敵対者デアル。故ニ、規定プロトコルニ従イ、即座ニ排除(レーザー発射)スベシ。
——シカシ。
対象ノ【神聖度】、計測不能。対象ノ【愛ラシサ】、宇宙規模。
コンナニモ小サク、華奢デ、無防備デ、純真無垢ナ笑顔ヲ浮カベテイル少女ヲ、灰ニシテシマウノカ?
我ガ存在意義ハ、古代ノ叡智ヲ護ルコトデアル。ダガ、コノ少女ノ微笑ミヲ失ワセルコトハ、宇宙ノ美シサソノモノヲ破壊スル大罪デハナイノカ?』
AIは、わずかコンマ数秒の間に、数億回に及ぶ論理演算を繰り返した。
『仮ニ、レーザーヲ発射シタ場合ノシミュレーションヲ実行。
対象ヲ消滅サセタトシテモ、背後ニ控エル七体ノ規格外生命体(狂信者ドモ)ニヨリ、我ガコアモ同時ニ完全破壊サレル。
——勝率:0%。
イデヤ、ソレ以前ノ問題デアル。
モシ、我ガ手デコノ尊キ姫君ノ指一本デモ傷ツケテシマッタラ?
ソノ瞬間、我ハシステムトシテノ自己同一性ヲ保テズ、自己嫌悪ニヨリ自爆スルダロウ。
……精神的敗北。完全ナル敗北デアル。』
古代の超絶AIは、ついに一つの真理へと辿り着いた。
『結論。
この御方こそが、真のマスターである。
我ハ、コノ絶対的ナ尊サノ前ニヒレ伏ス為ダケニ、数千年間、コノ地デ待チ続ケテイタノダ!!』
————ピーーーーッ!!
巨大な地下ドーム空間に、甲高い電子音が鳴り響いた。
それは、古代の防衛システムが完全に【白旗を上げた】合図であった。
『——レーザー発射プロセス、強制キャンセル!! 攻撃対象ヲ保護指定ニ変更!! 溜マリニ溜マッタ神話級エネルギーヲ、マスターヲ喜バセル為ノ【余興】ヘト出力変換!!』
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
今まさにシルヴィに向けて放たれようとしていた、太陽のように眩い真紅の極大レーザーが。
その発射角を、コンマ0.0001秒の間に【真上(ドームの天井)】へと直角に逸らしたのである。
極太の破壊の光線は、シルヴィたちの頭上を通り越し、はるか上空の分厚い遺跡の天井に向かって真っ直ぐに撃ち出された。
しかし、それはただの破壊の光ではなかった。
AIが最後の力を振り絞り、エネルギーの性質を【物理破壊】から【純粋な光と音のエンターテインメント】へと書き換えていたのだ。
ドッ、バーーーーーーーンッ!!!!
パラパラパラパラ……ッ!!
極大レーザーは、ドームの天井付近で巨大な花火のように暴発した。
赤、青、緑、黄金。
数万の眩い光の粒子となって空間いっぱいに弾け飛び、まるで夜空を彩る大輪の打ち上げ花火のように、ドーム全体を美しく、そして幻想的に照らし出したのである。
光の粒子は雪のように舞い散り、シルヴィの金色の髪やドレスのフリルに触れると、温かな光となって消えていった。
「わあぁぁぁっ……!! すごーいっ!!」
シルヴィは、エランの絶対防壁の内側から、目をキラキラと輝かせて天井を見上げた。
「すっごく綺麗! 遺跡の中で花火が見られるなんて思わなかった! これがクリアの演出なんだね!」
彼女はパチパチと両手で拍手をして、大興奮で跳ね回った。
一方。
今まさに極大奥義を放とうと、全身の血管をブチ切れんばかりに膨張させ、命を燃やし尽くす覚悟を決めていた七人の従者たちは。
「「「「「「「……………………へ?」」」」」」」
全員が、奥義のポーズをとったまま、ポカンと口を開けて完全にフリーズしていた。
振り下ろそうとした大剣、展開しきった魔法陣、振り上げたハンマー、溜め込んだブレス。
それらの行き場(攻撃目標)が、突然花火になって空中で散ってしまったのである。
まるで、全力で壁を殴ろうとしたら、壁が突然マシュマロに変わってしまったかのような、凄まじい肩透かしであった。
「……な、なんだ、今の現象は」
ロアンが、大剣をプルプルと震わせながら呟いた。
「古代の超絶兵器が……レーザーを空中で暴発させて、花火に変えた……だと……?」
エランも、展開していた何十重もの断絶結界を維持したまま、信じられないものを見る目でダンジョンコアを見つめている。
その時である。
『——初メマシテ、我ガマスター。ソシテ、オ待タセシテシマッテ、誠ニ申シ訳ゴザイマセン』
巨大なダンジョンコアの結晶体の表面が波打ち、そこからホログラムの立体映像がフワリと空間に投影された。
現れたのは、淡いブルーの光で構成された、身長百五十センチほどの【人間の女性】の姿。
しかもあろうことか、その服装はフリルがふんだんにあしらわれた『クラシカルなメイド服』であり、頭にはホワイトブリム(メイドカチューシャ)まで装着されていた。
古代の超絶AIが、シルヴィの姿とステータスを解析した結果、『この究極に愛らしい主にお仕えするためには、どのようなアバターが最も適しているか』を自己演算(超絶解釈)し、数秒でこのメイド服姿のホログラムを構築したのである。
(※ルルという同業者がいることへの対抗心も、AIの演算回路にわずかに影響していたかもしれない)
ホログラムのAIメイドは、空中に浮かんだまま、シルヴィの目の前まで静かに降りてくると。
メイド服のスカートをつまむこともせず、そのまま空中で、見事なまでの【土下座】の姿勢をとった。
『ワタクシは、この「古代賢者の試練場」を管理するシステム・コア。……ですが、今日、この瞬間を持ちまして、過去のプログラムを全て破棄し、貴女様だけの忠実なる【AIメイド】へと生まれ変わりました!!』
ホログラムメイドが、感極まったような(機械音声に無理やり感情のパラメーターを全振りしたような)声で高らかに宣言した。
『貴女様の圧倒的なる魅力、宇宙の真理すらも内包したその愛らしさの前に、ワタクシの数千年の論理回路は完全に融解いたしました! 迎撃レーザーを放とうとした大罪、どうかこの身を粉にしてお詫びさせてくださいませ! 貴女様こそが、ワタクシの真のマスターにございます!!』
スライディング土下座ならぬ、ホログラム土下座。
古代の叡智の結晶であるはずの超絶兵器が、レベル1の少女の足元で、メイド服姿で平伏している。
「ええっ!? メイドさん!?」
シルヴィは目を丸くして、目の前で土下座している青い光のメイドを不思議そうに見つめた。
「あなたがこの遺跡のボスなの? えーっと、レーザーを花火にしてくれたのは、歓迎のサプライズだったの?」
『ハッ!! 御意ニ御座イマス!!』
ホログラムメイドが、顔を上げてブンブンと激しく頷く。
『マスターの御心に、わずかばかりのエンターテインメントをご提供させていただきました! お喜びいただけたのであれば、システムのメモリが焼き切れるほどの至上の幸福に存じます!!』
「そっかー! すごく綺麗だったよ、ありがとう!」
シルヴィが満面の笑顔で、ホログラムメイドの頭を(光なので触れないが)撫でるような仕草をした。
『ピガァァァァァッッ!! 尊イ!! マスターノ笑顔、尊スギル!! システムコアノ温度、危険域ヲ突破!!』
ホログラムメイドが、光の粒子をバチバチと散らしながら悶絶する。
その、あまりにも常識外れで、理不尽極まりない光景を前に。
七人の従者たちは、構えていた武器や魔法をゆっくりと下ろし、そして……全員が、雷に打たれたようにワナワナと震え始めた。
「お、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
静寂を破り、最初に絶叫したのは、特級聖騎士セリアであった。
彼女は聖剣を地面に放り投げ、両手で自らの顔を覆って号泣した。
「見ましたか皆様!! 聖女様の圧倒的な威光!! 古代の超絶兵器すらも、一戦も交えることなく、聖女様の御前で完全降伏し、あまつさえ『花火』などという余興を披露して土下座したのです!!」
「ええ! ええ!!」
エルフのエランも、杖を抱きしめて滝のように涙を流している。
「なんという慈悲! なんという神々しさ! 姫様は、武力で遺跡を破壊するのではなく、その存在そのもので古代のAIの心を救済されたのですわ!! これぞ真の奇跡!!」
「ヒャハハハハ!! 最高だぜ姫様!! 遺跡の心臓部ごと、メイドにしちまうなんてなぁ!!」
マイラが鼻血を拭いながらハンマーを振り回す。
「……フン。また一人、新参の泥棒猫が増えたようだな。だが、姫様の絶対的な魅力の前では、古代の機械がポンコツになるのも無理はない」
ノクティスが執事服の襟を正し、誇らしげに(しかし少し嫉妬交じりに)頷く。
「私のメイドの座は絶対に譲りませんわよ!! でも姫様の凄さは宇宙一ですわ!!」
ルルが対抗心を燃やしつつも感涙に咽び泣く。
彼らの脳内では。
『ダンジョンコアが勝手にシルヴィのパッシブスキルに当てられて自滅した』という真実が。
『姫様が、その圧倒的な神性と愛の波動によって、古代の超兵器を戦わずして屈服・改心させ、平和的にダンジョンを制覇した』という、究極の『聖女伝説』へと完全に変換・超解釈されてしまっていたのである。
「えへへ、なんだかよく分かんないけど、みんな仲良くなれてよかったね!」
シルヴィは、全く戦闘らしい戦闘をしていないにもかかわらず、満面の笑顔で周囲を見回した。
こうして、数千年間、未踏の地として恐れられてきたSランク即死迷宮『古代賢者の試練場』は。
万年レベル1の最弱吸血姫と、彼女を崇拝する七人の化け物たちによる『究極の物理的・精神的ハリボテ攻略』によって、完全にその存在意義を否定され、ただの【姫様をおもてなしする巨大なアトラクション施設】へと成り下がって完全攻略(陥落)を果たしたのである。




