第38話:最深部・ダンジョンコアの鎮座する部屋
「えへへー、私、すっごく強くなっちゃったかも! この調子で、遺跡の奥までどんどん行っちゃうぞー!」
Sランク即死迷宮『古代賢者の試練場』の深層へと続く、静まり返った大理石の回廊。
その道を、万年レベル1の最弱吸血姫シルヴィは、道端で拾った『ただの木の枝』を意気揚々と振り回しながら、スキップ交じりの軽快な足取りで進んでいた。
先ほどの中ボス戦において、自分が放った木の枝の「ペシッ」という一撃が、タイムラグを経て巨大なアイアンゴーレムを大爆発(※実際には背後の従者七人による一斉奥義のオーバーキル)させたと完全に思い込んでいる彼女は、今や自信に満ち溢れていた。
「スライムさんからも逃げてた私が、あんなにおっきなロボットさんを一撃で倒しちゃうなんて! やっぱり、私には隠された才能があったんだね!」
彼女のその純真無垢な勘違いと、無邪気な笑顔。
それを背後で見守る七人の狂信者(過保護な従者)たちの間には、もはや一切のツッコミも、真実を告げようという気配も存在しなかった。
(おおおぉぉ……! 姫様が、ご自身の『力』を自覚され、自信に満ちた足取りで歩んでおられる……!)
獣人最強の戦士ロアンが、大剣『滅山』を担いだまま、滝のような感動の涙を流して天を仰いでいる。
(ええ! この迷宮の試練は、我らが姫様にとってただのウォーミングアップに過ぎなかったのですわ! 姫様のあの木の枝の軌道、もはや神の領域に達しております!!)
エルフのエランも、両手を組んで恍惚とした表情を浮かべ、完全に現実逃避(超解釈)の海に溺れていた。
「さすがは我らが聖女様! このまま最深部まで、我々は姫様の凱旋パレードの露払いとして全力を尽くすのみ!!」
特級聖騎士セリアが聖剣を掲げ、他のメンバーも深く頷く。
彼らの脳内では、すでに「姫様がご自身のお力でダンジョンを制覇されようとしている。我々はその偉大なる歴史的瞬間の証人であり、姫様の視界に不敬な塵が入り込まないようにお掃除をするだけの裏方である」という、完璧なストーリーが出来上がっていた。
「あ、見てみんな! 行き止まりみたいだよ。おっきな扉がある!」
シルヴィが指差した先。
回廊の突き当たりには、これまでの青銅や石造りの扉とは全く異なる、異様な威圧感を放つ巨大な門がそびえ立っていた。
高さは二十メートルを超え、材質は未知の黒い金属。その表面には、数千年の時を経てもなお、血のように赤く脈打つ魔力回路がびっしりと刻み込まれており、周囲の空間そのものを歪ませるほどの高密度の魔素を放っている。
「……ここが、最深部のようだな」
竜騎士ダリウスが、その巨大な扉を見上げて低く唸った。
「俺の竜の感覚が、扉の奥から規格外のエネルギーを感じ取っている。おそらく、この遺跡の中枢……古代賢者が残した最大の遺産が眠っている場所だ」
「じゃあ、この奥に宝箱とか、ボスのモンスターさんがいるんだね! よーし、開けるよー!」
シルヴィが、やる気に満ちた顔で、重厚な黒い金属の扉に小さな両手をペタッと当てた。
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
シルヴィが「えいっ」と少し力を入れた瞬間、数千年間決して開かれることのなかった最深部の重厚な扉が、まるで自動ドアのように(※実際にはダリウスとマイラが背後から凄まじい物理的腕力で無理やりこじ開けたため)滑らかに左右に開け放たれた。
「わあ……! すごい……!」
扉の奥に広がっていた光景に、シルヴィは感嘆の声を漏らし、背後の七人も息を呑んだ。
そこは、直径五百メートルはあろうかという、広大で巨大な地下ドーム空間であった。
ドームの壁面や床、天井のすべてに、銀色に輝く未知の金属が敷き詰められており、そこを走る無数の魔力回路が、まるで生き物の血管のように脈打っている。
そして、その巨大な空間の【完全なる中心】。
空中に、圧倒的な存在感を放つ『それ』が鎮座していた。
「なに、あれ……。おっきな、宝石……?」
シルヴィが、ぽかんと口を開けて見上げた。
空間の中央に浮遊していたのは、高さ五十メートルにも及ぶ、巨大な正八面体の結晶体であった。
透き通るような瑠璃色の輝きを放ち、その内部には、まるで銀河の星々を閉じ込めたかのように、無数の光の粒子が渦を巻いている。
結晶体の周囲には、幾重にも重なった黄金の魔法陣がリング状に展開し、ゆっくりと回転しながら、遺跡全体に莫大な魔力エネルギーを供給し続けていた。
【古代のダンジョンコア】。
この『古代賢者の試練場』という巨大なSランク迷宮を数千年にわたって維持し、すべてのトラップ、すべての幻覚、すべての防衛機構を完全に統括・管理している、古代魔術の最高傑作にして、超絶人工知能を宿した『心臓部』である。
「……あれが、遺跡のコアか」
ノクティスが、赤い瞳を細めて警戒心を露わにした。
「周囲の魔力濃度が異常だ。空気そのものが重く、粘り気を持っているようにすら感じる。並の冒険者であれば、この部屋に足を踏み入れた瞬間に、魔力酔いで泡を吹いて即死するレベルの圧迫感だぞ」
ノクティスの言う通り、コアが放つプレッシャーは尋常ではなかった。
しかし、ステータス【魅力】【カリスマ】が限界突破しており、精神干渉を一切受け付けない(パッシブスキルで弾き返す)シルヴィにとっては、ただの「キラキラ光る綺麗なお部屋」にしか感じられていなかった。
「すっごく綺麗! あれがこの遺跡のお宝なんだね! よーし、近づいてみようっと!」
シルヴィは、全く警戒することなく、巨大なダンジョンコアの真下へと向かって、ルンルン気分で歩き出そうとした。
————その瞬間。
『——警告。警告。最深部ニ、未承認ノ侵入者ヲ確認』
巨大なドーム空間全体を震わせるような、無機質で、冷酷な機械音声が響き渡った。
それは、先ほどのスフィンクスの扉のような対話型の人工知能ではない。
一切の感情を持たず、ただ純粋に「遺跡の中枢を脅かす者を、確実かつ徹底的に排除する」ためだけに作られた、絶対防衛プログラムの声であった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォンッ!!!!!
ダンジョンコアの瑠璃色の輝きが、一瞬にして、血のように禍々しい【真紅】へと変色した。
同時に、コアの周囲を回転していた黄金の魔法陣のリングが、次々と赤い攻撃陣へと変異し、幾重にも重なり合いながら、コアの最前面——すなわち、シルヴィのいる方向へと照準を合わせ始めた。
「なっ……!?」
ロアンが素早く大剣を構え、シルヴィの前に躍り出た。
「あの巨大な水晶そのものが、迎撃システムだというのか!!」
『——遺跡管理プロトコル・最終フェーズヘ移行。第一級防衛システム【神話級・極大魔力収束レーザー】、チャージ開始』
機械音声の宣告とともに、巨大なダンジョンコアの先端部分に、凄まじい量のエネルギーが集束し始めた。
バチバチバチッ!! と、空間を切り裂くような稲妻が走り、ドーム内の空気が一気に超高温へと跳ね上がる。
コアの先端に生まれた極小の光の点は、周囲の魔素を根こそぎ吸い上げながら、瞬く間に直径数メートルに及ぶ、目も眩むような超高密度のエネルギー球へと膨張していった。
「ば、馬鹿な……!!」
エランが、顔面を蒼白にして絶叫した。
「あの魔力の波長、そしてエネルギーの圧縮率……! 間違いありません、あれは神話の時代に、神々や上位竜を撃ち落とすために使われたという、戦略・国家殲滅級の古代兵器ですわ!!」
「国家殲滅級だと!?」
セリアが聖剣を両手で強く握りしめ、前方に展開した。
「それが、あのような巨大なクリスタルの中に組み込まれているというのか! この遺跡を造った古代の賢者は、どれだけ狂っていたのだ!!」
『——エネルギー充填率、40パーセント。ターゲット、ロックオン完了』
赤い魔法陣の中心が、冷酷にシルヴィの小さな身体を捉えている。
コアが放つ殺意と熱量は、すでに空間そのものを歪ませ、巨大なドーム全体が地震のように激しく揺れ始めていた。
「姫様!! 危険です、私の後ろへ!!」
ダリウスが巨大な竜の姿へ変化し、シルヴィを庇うように巨大な翼を広げた。
マイラも、百キロのオリハルコンハンマーを地面に叩きつけ、ありったけの魔力を込めて絶対防壁を構築し始める。
「えっ? ええっ!? なになに!? あの綺麗な宝石、急に赤くなってビリビリし始めたよ!?」
シルヴィは、目の前で世界が滅びるレベルのエネルギーがチャージされているというのに、いまだに状況を理解しておらず、ダリウスの背中の後ろからひょっこりと顔を出して目を丸くしていた。
彼女の目には、レーザーのチャージエフェクトが「凄い光のショー」か何かに見えているのだ。
「姫様! ご安心ください! 姫様の清らかな御髪一本、ドレスのフリルの一片たりとも、あの鉄クズには触れさせません!!」
ロアンが、全身から滝のように黄金の闘気を噴出させ、大剣を上段に構え直した。
「エラン! あのレーザーが放たれた瞬間、お前は全力で姫様を空間の絶対断層で隔離しろ! その他の全員で、俺の剣圧に合わせて極大奥義を同時に放ち、あのレーザーごと巨大クリスタルを粉砕するぞ!!」
ロアンの怒号に、残りの五人が同時に「応ッ!!」と咆哮を上げた。
「私の命に代えても、姫様をお守りいたしますわ!! 【古代精霊・絶対聖域】!!」
エランが杖を天に突き上げ、シルヴィの周囲に何十重もの不可視の断絶結界を展開する。
「我らが聖女様に、神話級の兵器を向ける大罪!! 宇宙の果てまで後悔させてやる!!」
セリアが、自らの命を削るほどの極大の聖なるオーラを放出し、巨大な十字の光剣を顕現させる。
「ヒャハハハハ!! オリハルコンの硬さと、古代の鉄クズ、どっちが上か試してやるぜェェッ!!」
マイラが、ハンマーに炎と雷のルーンを限界まで過積載し、暴走寸前のエネルギーを宿す。
「我が主の御前を照らすのは、俺の炎だけで十分だ!!」
ダリウスの竜の顎の奥で、全てを灰にする究極の滅竜ブレスが眩く輝き始める。
「姫様の視界に、あのような下品な光を入れるわけにはいかない。影の深淵にて、その光ごと喰らい尽くしてやろう……!!」
ノクティスとルルが、周囲の空間を侵食するほどの、濃密で絶対的な闇と血の魔力を渦巻かせる。
『——エネルギー充填率、80パーセント。臨界点到達マデ、残リ五秒』
無機質な機械音声がカウントダウンを始める。
巨大なダンジョンコアから放たれる、遺跡そのものを消滅させるほどの【神話級極大レーザー】のエネルギー。
そして。
それに真っ向から対抗し、愛しの姫君を守るためならば世界が吹き飛んでも構わないと本気でブチギレている、七人の化け物たちから放たれる【規格外の殺気と極大奥義】のプレッシャー。
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォッ!!!!
二つの、文字通り世界を滅ぼすレベルのエネルギーの塊が、巨大なドーム空間の中で衝突し合い、空気が悲鳴を上げてプラズマ化し始めた。
石畳がめくれ上がり、空中の魔力がバチバチと火花を散らしてショートする。
ドームの天井には巨大な亀裂が走り、今にも遺跡全体が木端微塵に吹き飛んでしまいそうな、極限の飽和状態に達していた。
「——五秒前!! 総員、奥義の解放準備ィィッ!!」
ロアンが絶叫し、大剣を限界まで振り絞る。
『——四、三、二——』
ダンジョンコアの赤い光が、太陽の如き眩さに達し、照準の中心にあるシルヴィの姿を完全にロックオンした。
「えへへー、すごいすごい! 次はどうなるのかなー!?」
そして、その絶体絶命、遺跡崩壊のカウントダウンのど真ん中にあって。
万年レベル1の最弱吸血姫シルヴィは、エランの張った絶対防壁の内側から、まるで見応えのあるアトラクションやイルミネーションを特等席で鑑賞しているかのように、のんきにパチパチと拍手をして目を輝かせていた。
七人の狂信者と、古代の超兵器。
両者の持つすべてのエネルギーが解放され、この古代遺跡がルクスヴェル大陸の地図から消え去るまで、あとわずか【一秒】。
この直後、誰もが想像し得なかった『究極のバグ(理不尽な降伏)』が、古代の絶対防衛システムを根本から崩壊させることになるとは。
殺気に狂う七人の従者も、古代の人工知能も、まだ知る由もなかったのである。




