表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/50

第20話:救世主伝説の始まり

聖都アイギスを数十年に一度の恐怖に陥れた魔物の大暴走スタンピードは、こうして完全に終結した。

城壁の一部が崩落するという被害は出たものの、死者・負傷者はゼロ。

本来であれば街を火の海に変え、何万という人命を奪うはずだった十万の魔物の大軍勢は、五人の規格外の猛者たちによる荒野での徹底的な「お掃除」と、聖王迎賓館のバルコニーに現れた光の聖女(ただ怯えて光っていただけのシルヴィ)の圧倒的な威光によって、一晩にして跡形もなく消滅——あるいは完全降伏——したのである。


「聖女様ぁぁっ! 偉大なる光の御子よ!!」

「我らが聖都を、この世界をお救いくださり、ありがとうございます!!」

「聖女様万歳! 光の奇跡に万歳!!」


朝陽が昇り始めた聖都の広場では、数万人の群衆による熱狂的な万歳三唱が、いつまでもいつまでも響き渡っていた。

広場のど真ん中には、三十メートル級の超巨大ボス『災厄のベヒーモス』が、まるで飼い主に服従を誓う子犬のようにお腹を上に向け、ポイッと手足を投げ出したまま「クゥ〜ン……」と情けない声を上げて転がっている。


そのベヒーモスを見下ろすように、迎賓館のバルコニーに立つシルヴィ。

彼女は、マイラが作った二十キロの『オリハルコンとミスリルの絶対防御ドレス』の重みに耐えかねて、手すりに寄りかかりながら、引きつった愛想笑いを浮かべて小さく手を振っていた。


「(どうしよう……。ただ怖くて固まってただけなのに、なんかものすごい勘違いされてる……)」

シルヴィの額から、冷や汗がツーッと流れ落ちる。

しかし、彼女が手を振るたびに、眼下の群衆は「おおおぉっ! 聖女様が我々に祝福を与えてくださっている!!」とさらに狂喜乱舞し、涙を流して地面に額を擦りつけるのだった。


「ひ、姫様!! ご無事ですか!!」

「姫様ァァァッ!!」


バァァァァンッ!!

バルコニーの背後にあるロイヤルスイートルームの扉が蹴り破られ、荒野から全速力で駆け戻ってきた五人の猛者たちが、雪崩を打って部屋に飛び込んできた。

先頭を走ってきた獣人ロアンが、そのままスライディングしてシルヴィの足元に滑り込む。


「申し訳ありません姫様!! 我々が荒野の害虫どもを処理している間に、まさか大将首が聖都の壁を越えて姫様の御前に迫っていたとは……! このロアン、万死に値する大失態!! 今すぐこの首を落としてお詫びいたします!!」

ロアンが自らの大剣を首筋に当てようとするのを、シルヴィは慌てて止めた。

「だ、ダメだよロアン! 誰も怪我してないし、無事だったんだから!」


「ああ、姫様……! なんという慈悲深さ!」

エランが杖を放り出し、シルヴィの足元にひざまずいてその純白のレースの裾に顔を埋めた。

「姫様が、ご自身の命を懸けてあの忌まわしき災厄を浄化してくださったのですね……。私たちのような愚か者が傍にいながら、姫様の美しい御手を煩わせてしまうなんて。私はもう、二度と姫様の傍を離れませんわ!」

「そうだ! アタシたちの大事な姫様を、あんな真っ黒な化け物の前に立たせるなんて! アタシのドレスの防御力が完全無欠だって証明されたのは嬉しいが、それでも姫様のお心に恐怖を与えちまった! アタシも万死だ!!」

マイラも号泣しながら床をドンドンと叩いている。


「みんな、本当に大げさだから! 私はただ、立ってただけなんだからね!?」

シルヴィが必死に弁解するが、狂信者たちの耳には全く届かない。


そこへ、部屋の外から荘厳な足音が響いてきた。

「道を開けなさい。教皇猊下げいかの御成りである」

高位の聖騎士たちに護衛されながら、豪奢な法衣に身を包んだ初老の男——人間族の最大宗教の頂点に立つ教皇が、震える足取りで部屋に入ってきた。


「こ、この方が……我らが聖都を救ってくださった、光の聖女様……!」

教皇は、バルコニーに立つシルヴィの姿を目の当たりにした瞬間、その場に両膝をつき、深く、深く頭を垂れた。

「聖女様。この度は、ご自身の命を賭して神の奇跡を顕現させ、我々愚かなる民草とこの聖都をお救いいただき、誠に、誠にありがとうございます。教皇として、全信徒を代表し、海よりも深く感謝申し上げます」


「えっ……あの、教皇さん? 頭を上げてください! 私はそんな、聖女とか大層なものじゃ……」

シルヴィが困惑して教皇を立たせようとした、その時だった。


「おやめなさい、教皇猊下」

セリアが、いつもの冷徹な異端審問官の顔で、しかし瞳には狂信の炎を燃やしながら前に進み出た。

「その薄汚い手で、気高き聖女様に触れることは許しません。聖女様は、ご自身の偉大なる力を誇示することを嫌い、あくまで『普通の一人の少女』として振る舞おうとされているのです。その海よりも深く、空よりも広い謙虚な御心を、貴方たちのような俗物が理解できるとは思えませんがね」


「な、なんと……! ご自身の奇跡をひけらかすことなく、謙虚でいらっしゃると……!」

教皇はさらに感極まり、ボロボロと涙をこぼした。

「ああ、やはり伝説は真実であった。神は、最も清らかで無垢なる魂を持つ者を、この地上に遣わされたのだ……!」


(セリアさん、勝手に話を作らないで!!)

シルヴィは心の中で絶叫したが、もはや教皇の目には「謙虚さを装う完璧な聖女」としてのシルヴィの姿しか映っていなかった。


「聖女様。どうか、この聖都アイギスを、そして我が教団を、貴女様の慈愛で導いてはいただけないでしょうか。貴女様こそが、真の光の御子、人類の希望の象徴なのです!」

教皇が額を床に擦りつけて懇願する。


本来、教会にとってシルヴィ(吸血鬼の真祖)は、見つけ次第総力を挙げて討伐すべき絶対悪のトップである。

その吸血鬼の姫が、教皇から直々に「人類の希望」として祭り上げられようとしているのだ。歴史上、これほど滑稽で壮大な矛盾が存在しただろうか。


「あの……私、本当に吸血……」

シルヴィが「私は吸血鬼なんだけど」と正直に打ち明けようとした瞬間、ロアンとエランが両脇からサッと口を塞ぎ(もちろん極限まで優しく)、満面の笑顔で教皇に向き直った。


「教皇殿の熱意はよくわかった。だが、我らが姫様は、ひとつの街、ひとつの宗教に縛られるような器のお方ではない。世界中の民草が、等しく姫様の慈愛を求めているのだからな」

ロアンが尊大に言い放つ。

「ええ。姫様は、気まぐれにこの世界を旅し、困っている者(=姫様をチヤホヤしてくれる者)に手を差し伸べる、自由な風のようなお方。権力や地位などという鎖で、姫様を縛ろうなどと考えないことですわ」

エランも冷たく釘を刺す。


「はっ……! もちろんでございます! 聖女様をこの街に縛り付けるなど、神への冒涜! 我々はただ、聖女様の歩まれる道が常に光で満たされるよう、陰ながら全力で支援させていただくだけでございます!」

教皇は完全に屈服し、何度も頷いた。


「よし、話はついたな。それじゃあ教皇殿、とりあえず下の広場でひっくり返ってるあのデカいベヒーモスをどうにかしてくれ。姫様の視界の邪魔だ」

マイラが親指で窓の外を指差す。


「おお、そうでありました! あの災厄の化け物、聖女様の威光によって完全に浄化され、今は子犬のようにおとなしくなっております。すぐに聖騎士団総出で縄をかけ、教団の地下深くへ封印いたします!」


「うん、殺さないであげてね。可哀想だから」

シルヴィがポツリと呟いた、その一言。


「「「「「「おおおぉぉぉぉっ!!」」」」」」

教皇と五人の猛者たちから、同時に歓喜と感動の咆哮が上がった。

「なんという慈悲深さ! 街を破壊しようとした災厄の化け物にすら、情けをかけられるとは!」

「ああっ、姫様! 貴女様のその美しき御魂、私の汚れた心が浄化されていくようです!」

「承知いたしました聖女様! あの魔獣は殺さず、教団の神聖なるペットとして、毎日最高級の餌を与えて大切に飼育いたします!!」


(ペットって……三十メートルもあるのに、どうやって飼うんだろう……)

シルヴィのまともな思考は、彼らの狂信的な熱量によって完全に流されてしまった。


こうして、聖都アイギスでの防衛戦は、シルヴィの意図しない『光の奇跡』によって終結した。

彼女のステータスは相変わらず【レベル:1】【体力:1】のままである。

しかし、彼女が手に入れたものは、五人の最強すぎる過保護な従者たちに加え、「人間族最大宗教の全面的なバックアップ」と「世界を救った救世主」という、あまりにも重すぎる称号であった。


数日後。

聖都での騒動が落ち着き、街の復興が始まった頃。

ロイヤルスイートルームで、シルヴィは窓辺のソファーに座り、ため息をついていた。


「はぁ……。なんか、すごいことになっちゃったなぁ」

「いかがなさいましたか、姫様。もしや、この街の紅茶がお口に合いませんか? すぐに隣の国まで私が飛んで、最高級の茶葉を摘んでまいりますが」

エランが心配そうに覗き込む。

「ううん、紅茶はすごく美味しいよ。……ただ、私、このままでいいのかなって思って」


シルヴィは、自分の手を見つめた。

透き通るように白い、華奢な手。剣を振るうことも、魔法を使うこともできない。

「みんなが私を守ってくれて、こうして安全で豪華な生活をさせてもらってるけど……私、自分では何もできないままでしょ? 経験値も入らないし、レベルはずっと1のままだし」


そう、シルヴィはさざなみの森での薬草採取(オーガキング討伐)でも、今回のスタンピードでも、大量の経験値を獲得している『はず』だった。

しかし、彼女のレベルは上がっていなかった。

理由は簡単である。「敵に一撃もダメージを与えていない(完全な不労所得)」状態では、この世界のシステム上、経験値が一切分配されないからだ。

ロアンたちが0.1秒で敵を瞬殺してしまうため、シルヴィが戦闘に参加する余地など一ミリも存在しなかったのである。


「私、もっと強くなりたいの。自分の足で歩いて(※まだドレスが重くてダリウスに肩車されている)、自分の身は自分で守れるようになりたい。……このままじゃ、ただの『お飾りのお姫様』になっちゃう」


シルヴィのその、純粋で健気な呟き。

それは、五人の狂信者たちにとって、心臓を鷲掴みにされるほどのクリティカルヒットであった。


「姫様……!!」

扉の前で控えていたロアンが、滝のように涙を流して崩れ落ちた。

「おおお……なんという、なんという気高いお心意気!! すべてを我々に委ねても誰も文句など言わぬというのに、ご自身の力で立とうとされるとは!! やはり姫様は、真の王者の器であらせられる!!」

「ええ……! その向上心、その自立心! 私、姫様への愛しさが限界を突破して、今すぐ爆発してしまいそうですわ!!」

エランも両手で顔を覆い、感激に身を震わせている。


「だが姫様。我々が姫様のお身体に、かすり傷一つ負わせるわけにはいかんのです。姫様が自ら戦地に赴くなど……!」

セリアが葛藤するように聖剣を握りしめる。


「わかってるよ。みんなが心配してくれてるのは。でも、私だってやればできるところを見せたいの! だから……安全に戦える場所、ないかな?」

シルヴィが上目遣いで、少しだけ甘えるように尋ねる。


その『おねだり』の破壊力に、五人の理性が完全に吹き飛んだ。


「お任せください姫様ァァァッ!!」

ロアンが立ち上がり、大剣を天に突き上げた。

「姫様がご成長を望まれるのであれば、我々が全力でサポートいたします! 姫様が『自力で』戦い、安全にレベルを上げられる場所……そうだ、ダンジョンだ!!」


「ダンジョン?」

シルヴィが首を傾げる。


「はい! この大陸の東の果てに、『古代賢者の試練場』と呼ばれる遺跡ダンジョンがあります。そこは凶悪な魔物が出現せず、主に『知恵と運を試す謎解きギミック』がメインの比較的安全な迷宮。さらに、クリアすれば莫大な経験値と財宝が手に入ると言われています!」

セリアが知識を披露する。

「なるほど。そこならば、姫様のお手を煩わせることなく……いや、姫様ご自身のお力で、安全にダンジョンを制覇できるというわけですわね!」

エランも賛同して頷いた。


(いや、凶悪な即死トラップだらけのSランク迷宮なんだけどね。姫様が落とし穴に落ちる前にアタシらが物理で解体するから、実質『安全』ってことさ)

マイラが心の中で物騒な計算をしながら、ニヤリと笑う。


「ダンジョンかぁ……! RPGみたいで楽しそう! よし、みんな、次はそこに行ってみよう!」

シルヴィが目を輝かせて立ち上がろうとするが、やはりドレスが重くてよろけてしまう。

「あっ」

「おっと、危のうございます姫様」

すかさずダリウスが背後に回り込み、ふわりとシルヴィを肩車の上に持ち上げた。


「さあ、姫様の次なる大冒険の始まりだ!! 行くぞお前ら!! 姫様の行く手を阻む古代のトラップは、一つ残らず粉微塵にしてやる!!」

「「「「オオォォォォォォッ!!!」」」」


こうして、レベル1の最弱吸血姫と、彼女を崇拝する五人の過剰戦力による、新たな旅が幕を開けた。

彼らが次に向かう『古代賢者の試練場』は、数千年の歴史を誇る超高難易度のダンジョンである。

しかし、ステータス【魅力・カリスマ】カンストのパッシブスキルと、狂信者たちの圧倒的な『物理的解体』の前に、古代の叡智がどれほど無惨に崩壊していくことになるのか。


そして、その旅の途中で、魔王軍から派遣された『最強の暗殺者』と『吸血鬼の狂信者』が、シルヴィのベッドの下からひょっこりと現れるのは、もう少し先のお話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ