第三章 2
「舞子こそ何やってんの?」
「卓球部のみんなとお花見だよ。良かったら、由布子も参加する? お花見って言っても、ジュース片手に桜を見てるだけなんだけどね」
舞子の部活仲間の何人かは由布子とも顔見知りだ。花見をしたい気もするが、今は、そんな暇はない。
「ごめん、今日は無理」
うちの猫を探しているのと言いかけた時、舞子の表情が驚愕の色に変わった。というのも、遠くから素っ頓狂な声で叫ぶイケメンがいたからだ。
「由布子ーーーー。ここにいたんだニャーーー。やっと見つけたニャーーー」
振り返ると、馬鹿面の朱里(中味はジュリ)がそこにいた。
風情のある桜並木の向こうから猛然と駆けてくる。
桜を凌駕する程の美形の御曹司。
しかし、こいつの頭はお花畑。
(久しぶりの馬鹿面だわ)
ニャーニャーと言いながら由布子に近付こうとしている。
穢れを知らぬ少年のようにイノセントであるが故に痛々しい。
由布子は問いかけた。
「夏目さん、何でここに?」
「そんなの決まってるニャ。おまえに会いたいから探しに来たニャ。おまえのことが大好きだニャ」
ゴロニャンと言いたげに由布子の肩や頬に顔を寄せてスリスリしている。それを目にした舞子はアタフタしている。
「ええーー。もしかして付き合ってるの? あの、夏目さんと恋人同士になるなんて。いつの間に」
「いやいや、違うの。あたしは何ていうか、ええーっと、そのう」
「由布子って美人だもん。うん。お似合いだね。お花見デートなんだね」
舞子には彼氏がいる。
だから、由布子に対する嫉妬心も湧かないのだろう。祝福モードで笑っている。
「それじゃ、あたし行くね」
気を利かせた舞子が桜並木の向こうへと立ち去った。
世間は花見に浮かれており桜を見つめているので、今のところ、トロピカルなイケメンの存在も目立っていない。そんな中、由布子は一喝していた。
「あたしにスリスリしないで。スリスリ禁止ですよ!」
キッと睨むると、シュンと肩を落とした。由布子は気付いていないが中味は猫のジュリである。
スリスリ禁止と言われると落ち込まずにはいられない。
ジュリは、由布子に叱られると前足をペロペロと舐める癖がある。
人間になったジュリは、頬を膨らませながら右手の爪をぺロペロしている。
「おいらのこと怒るなんてひどいや。おいら、おまえのことが世界で一番好きなんだぞ。意地悪なこと言うニャーー」
愛情表現なのにスリスリが駄目だなんて酷すぎるじゃないか。
そんなジュリの心のうちなど知る由もない由布子が尋ねた。
「まさかと思うけど、夏目さん、一人でここまで来たの? ボディガードや運転手さんはどうしたの?」
「公園の入り口のところに車を停めているニャ」
それならば帰ろうと腕を掴んだ時、ポッテリと太った女の子がスーッと背後から迫ってきた。
えっ。誰?
「あら、ごきげんよう」
由布子は、かぐや姫のような髪型に度肝を抜かれた。
ヘアスタイルは平安時代なのに洋服はロリータ。頭に結ばれた、でっかいリボンが風にたなびく様子が痛々しい。
イスラム美女のような太い眉に、アンジェリーナ・ジョリーのようなタラコ唇。ギョロッとデカイ目。なかなかの濃いキャラである。ブスではないが顔が特殊すぎてクラクラする。
「夏目様、こんなところで会うなんて奇遇ですわ」
話しかけているにも関わらず、ジュリは、彼女を無視して通り過ぎる。
ジュリは飼い主の由布子以外に興味はない。
彼女は、そんな朱里の上着の裾を引いている。
彼女の名は乙姫。
「ねぇ、夏目様、なんで無視するのですか。こないだから、何回もメッセを送ってますのよ。それに、家に電話をかけても、まだ療養中って言っておられたのに、なんで、こんなところにいらっしゃるのかしら」
相変わらず、ジュリに憑依されている朱里はノーリアクション。
すると、乙姫は、ドンッと由布子の胸を突き飛ばした。
「ちょっと、あなた。誰ですの。なんで、わたしの婚約者と一緒にいるのですか」
由布子はビックリしたように目を見開く。
(えーーーーっ。この人が婚約者なの?)
予想していたのとは違う。白石麻衣さんとか、中条あやみさんみたいな人を思い浮かべていたのだが、乙姫は色んな意味で強烈だ。
「明日は、わたしのお誕生日なのですよ。三井さんからは、お誕生日会には来られないほど体調が悪化しているとお聞きしましたのよ。あれは嘘だったのかしら」
上目使いの大きな目の奥には複雑な乙心が滲んでいる。
気まずい展開に由布子は焦った。
(あちゃーーー。夏目さん、見た目は元気そうに見えるだけに、そりゃ、ムカつくよね。だけど、この人はマジで、オツムが危ない状態なんですよーーー)
乙姫の顔つきが剣呑なものになっている。乙姫は、御付きの女性に尋ねた。
「西川、この娘は何者ですの?」
よく見ると、乙姫の背後には地味な女性が付き添っている。その中年女性は、さぁ存じませんと囁いている。乙姫が由布子を睨んだ。
「そこのあなた、名乗りなさい。なぜ。夏目様の傍にいるのですか?」
乙姫の追及は厳しい。
「えっと」
猫憑き現象に関しては何も言えない。どうしたらいいのだろう。
すると、この現場のカオスをフォローする人間が現れたのである。
「あーら、ごめんなさいね」
この声はエリカ。
セリーヌのコートに身を包む姿はパリコレモデルのように華やで今日も美しい。
「この娘はヘルパーさんなのよ。実は、朱里ったらプチ記憶喪失状態なの。それで、あなたのことも思い出せないの。リハビリも兼ねて、向日葵公園を歩いて記憶を思い出そうとしているところなの。んふふ」
エリカの言葉に乙姫も納得しているようである。
「あら、そうですの。事故のせいで頭を強く打ってるとは聞いたけれど、婚約者のわたしのことが分からないなんてお可哀想だわ」
乙姫が朱里の頬に手を添えようとしている。
その時、ジュリの本能から繰り出される猫パンチが炸裂した。
「おまえ、勝手に触るニャーー」
シャーーーッ。猫と同じように前歯をむき出しにしている。ジュリは由布子以外の人間には心を開こうとしない。由布子の友達が遊びに来た時も隅っこに隠れている。金玉はデカイけれども内弁慶なのだ。
「何ですの」
たじろぐ乙姫に対してエリカが呟く。
「おほほほ。だから、言ったじゃなの。事故の後遺症なのよ。しばらく、このままだと思うわよ。だから、会わない方がいいのよ」
「いいえ。こんな時だからこそ、わたしの愛が必要ですわ。来週のお誕生日のパーティーには、絶対に来てもらいますわ。ぜひ、エリカさんも来て下さいませ」
だが、エリカは行きたくないのか微妙な顔をしている。
「用事があるから無理かもしれないわ」
「用事って何ですの?」
「アルバイトよ。マスターにお世話になってるの」
「そんなものより、わたしの誕生日の方が大切に決まってますわよ。あなたバイト先の店長に話をつけておきますね。あなたの代理のバーテンを派遣しますわよ。ですから、絶対に来てくださいますわよね」
「そ、そうね」
エリカは困ったように苦笑いしているが、乙姫は婚約者の中味が何なのか気付いていない。
☆
夏目家のベンツが公園の東出口のところで待っていた。
由布子は後部座席の真ん中に座った。そして、右にいる馬鹿面の朱里(中身は猫)のシートベルトを締めてあげながらエリカに呟く。
「何だか、乙姫さんってキャラが濃いですね」
それを聞いたエリカは顔の半分を崩すようにして苦笑する。
「あの子、ちやほやされて育ったから、マイペースなのよ。毎年、盛大にお誕生日会をするの。レンタル彼氏とレンタル彼女の会社にお金を払って人を集めてるわ」




