第十章 2
「でも、あたしがいないとジュリは暴れるんですよ。うちのジュリのお世話をするのは大変ですよ」
「由布子様も一緒に住めばよろしいのですよ」
それは有難い申し出である。その為にも坂元よりも先にジュリを見つけなければならない。
☆
夏目家に帰宅すると、キラキラした顔で朱里が抱きついてきた。
「おかえり由布子。おいら、いい子にしていたぞ☆ おやつのシュークリームは美味しかったニャ」
「ジュリ!」
そう、これは猫のジュリなのだ。久しぶりの再会に胸が躍った。スリスリ。スリスリ。
ジュリも嬉しいのか、由布子に甘えるようにして抱き着いている。三井は、今、買い物に出ているという。
(占い師のところに行ってみよう。何か、いいお告げをもらえるかもしれれない)
だが、一人で出掛ける訳にはいかない。この子は由布子がいないと暴れる。
「ジュリ、ついておいで」
「どこに行くニャ?」
夏目家の塀沿いの舗道を進みながらジュリはキョロキョロしている。
「お散歩だよ。あたし、前々から、あんたに聞きたい事があったんだ。あんた、深夜、アパートの外に出てたよね。いつも何をしてたの?」
「おいら、女の子を口説いてたニャ」
「だけど、発情期の季節以外も外に出てたよ。すごく雪が降ってる日とか嵐の日とか……。天候が悪い時に限って外に出ようとしてたよね」
「うん。そうだニャ」
由布子が家から出すまいとすると、ジュリは怒ったように行かせろと唸ったこともある。単なる我侭には見えなかった。
使命を帯びているような凛とした眼だったのを覚えている。
「人間になって、こうやって話せるようになったんだよ。本当のことを教えてよ。あんた、コソコソと何をしてたの?」
「おいら、親のいない子猫を見回ってるニャ。雪の日は一緒にいてあげるニャ。でないと凍って死ぬニャ。おいら、子猫を守りたいニャ。子猫は一人では生きられないニャ。意地悪なカラスに食べられちまうニャ」
ジュリは幼少期に飢えそうになったからこそ、他の子を救いたいのだ。猫による猫の為のボランティア組織があるという。
ネコネコネットワーク。
ジュリは子猫をヒョイと咥えて優しい人間の家に置いてみたり、里親になってくれそうな人間を子猫が捨てられている場所へと誘導するというのである。
失恋して泣いている大学生の男子や、退職をして無気力になっているオジさんなど、猫と出会うことで生きる気力が漲っていく。
ウィウィン。猫人間。どちらも幸せ。縁を結ぶジュリはお利口さんだ。
「ジュリは優しいね。世界一の賢い猫だね」
「うん。おいら、世界一の猫だニャ。由布子の御自慢の猫だニャ」
由布子はバス停でバスの一番後ろの席に座ると真面目な顔で語り出した。
「あのね、前から伝えたかった事を言うね。あたし、小学生の時、車に轢かれてペツタンコになって死んでいる白い猫を見かけたの。死体の側に、ケンタッキーフライドチキンの残骸が転がってたの。季節はずれの雪が降っていて、とても寒かったわ」
「ゴミ箱から拾ったお肉を口にくわえていて車に轢かれたんだニャ。物をくわえていると動きが鈍るニャ。他の猫と取り合っいて車に轢かれるなんて、よくある事だニャ」
「もしかしたら、その猫ってジュリのお母さんじゃないのかな」
ジュリは信じられないという顔で見つめ返している。
「その白い猫が死んだところを見た一週間後に、あんたを見つけたの」
ヨタヨタ。頼りなく歩く子猫の兄妹がいたものだから、慌てて保護したのである。
「あんたの妹猫は真っ白で可愛かったね」
「おいらの妹は母ちゃんと同じ真っ白だったニャ」
ジュリの母猫は外敵に対して勇敢に戦っていた。そして、いつも、ジュリの顔をペロペロしてくれる。
「あのね、ジュリは捨てられたんじゃないと思うんだ。あんたのこと大好きだから、頑張って、ごはんを届けようとしてたんだと想うの」
もちろん、死んだのがジュリの母猫だという証拠はないけれど……。
子猫達の為に街を歩き回って疲れ果てていて轢かれたのかもしれない。
「母ちゃん」
ジュリは、顔全体をクシャクシャにして泣いている。
「おいらは父ちゃんに似ているって母ちゃんが教えてくれたニャ。父ちゃんは金玉がデカイ猫だって自慢してたニャ。父ちゃんは保健所ってところで殺された。だから、母ちゃん、人間に捕まるなって教えてくれた。母ちゃんは、いつも用心して道を歩いていたのに。おいらの母ちゃん、車にペタンコにされたなんて哀しいニャ……。哀しくてたまらないニャ」
うえーーーん。鼻水と涙が溢れて止まらない。
捨てられたと想って恨んでいたジュリは嗚咽する。
「おいら、母ちゃんに謝りたいニャ」
「大丈夫だよ、あんたの母さんは天国で見守ってくれているよ」
よしよし。撫で撫で。撫で撫で。ジュリを慰める。
「いい子だね。ほんと、ジュリはいい子。世界で一番賢くて可愛い自慢の猫だよ。あんたは長生きするんだよ」
由布子は力一杯ジュリを抱き締めていく。
(大好きだよ。何があろうと守ってみせるよ)
☆
美人占い師のマダムの屋敷のインターフォンを押したところ、何の反応もなかったので、由布子は西川と百合の名前を出してみた。すると、黒い鉄門が開き、背の高いミステリアスな女性が現れた。
物憂げな視線が色っぽいマダムを見た途端に、ジュリが嬉しそうに叫んだ。
「わーぁーー。マダムだーーー」
えっと、マダムは驚くが、その脇をジュリは通り過ぎていく。ジュリのお目当てはマダムの足元にいる灰色の猫だ。
「うおーー。サファイアちゃんだーーー」
飛び掛らんばかりの勢いで灰色の猫の顔を覗き込んでいる。しゃがみ込んだまま嬉しそうに言った。
「由布子、この子が、おいらの恋人だニャ。まだ、交尾してないけど、おいら達、ラブラブだニャ。サファイアは死にそうなおいらのこと、ずっと励ましてくれたニャ。見た目はツンツンしているけど、いい娘だニャ」




