第九章 1
「あんなこと言っていたけど本当に転校するのかな」
そんな事を呑気に呟いていた由布子だったが土曜の夜になると連絡が来た。
『わたしに似合う洋服を買いたいので一緒に探して下さいな』
新しい学校で悪目立ちしたくないが、地味だと思われたくないという。
ちょうどいい感じの服装で新たなスタートを切りたいらしい。
ハイヤーで迎えに来た乙姫が銀座に向かおうとしたので由布子は止めた。
「ハイブランドはやめようよ」
「あら、どうしてですの?」
「乙姫さんのお母さん世代の人は似合うけど、高校生は似合わないと思う。もうちょい、カジュアルな服装にしたらいいんじゃない?」
「あなたは、どこで買い物なさいますの?」
「あたしはユニクロとかネット通販とかだな。乙姫さんは試着して選ぶ方がいいと思うよ」
乙姫は体型が特殊だ。
ミツバチ体型だ。普通のデブは胸も腰もケツもでかい。しかし、乙姫はギュッと腰がくびれているので、大きいサイズをチョイスすると洋服の腹回りがダボタボになり、ダサくなる。
とりあえず、二人で原宿のショップに入って店員さんに選んでもらったけれど、どれも、乙姫には似合わなかった。
ピンク色の髪の店員の目が泳いでいる。勘弁して下さいと言いたそうな様子だ。
原宿での買い物は諦めよう。
「やっぱり、わたしは既製品は駄目ですわ。オーダーメイドにするべきなのかもしれませんわね」
ロリターのお洋服は、すべてオーダーメイド。
「乙姫さん、女の子っぽい服が好きなの?」
「お父様がヒラヒラした洋服が好きなんですの。わたしは好きなブランドはございませんわ。でも、直毛のカツラはわたしの憧れですのよ。でも、似合わないって言われたから、新しいカツラが欲しいですわね。あたしに似合うカツラは、どんなものかしら」
「乙姫さん、カツラをつけなくてもいいんじゃないのかな」
「嫌よ。地毛で出歩くなんて恥ずかしいわ」
「でも、その長さの髪の上にカツラを被るから頭の形が妙なことになると思うんだよね。ベリーショートに切ってからカツラを被れば収まりが良くなるかもしれないよ」
「美容院に行くのが嫌ですわ。きっと、美容師に笑われるもの」
「あたし、いい美容室を知ってるよ」
カリスマお姐のマリアンヌなら人様の髪を笑ったりしないだろう。
予約の電話をかけてみると、マリアンヌがホッとしたように言った。
「ちょうど良かったわぁ、予約していたお客さんがギックリ腰でキャンセルしたの。それで、午後から暇だったのよ」
という事で、ロリータファッションにお姫様カツラという異様な服装の乙姫を連れていき、剛毛の悩みを伝えるとマリアンヌが頷いた。
「無理にストレートパーマをかけようなんて思わないで。あなた、自分の魅力ってものが分かってないようね」
マリアンヌが優しい顔で囁いている。
「あなたは太陽のような女の子よ。こんな平安貴族みたいなカツラはおやめなさい! それに、乙女ちっくなフリルも似合わないわ」
スマホを手にすると知り合いに電話をかけ始めた。
「それじゃ、店まで持ってきてね」
どうやら、乙姫の洋服を仕入れたらしい。
「さぁーて、やるわよ!」
メイドインジャパンの高価なハサミを手にすると、チョキチョキと毛先を切り始めた。肩まで伸びていた乙姫の陰毛、ではなくて剛毛に対して、どう立ち向かうつもりなんだろう。
それから数時間後。
「じゃじゃーん。出来たわよ」
黒人の女の子のような髪型に仕上がっている。
ドレッドヘアというものらしい。
その後、届けられた服を身につけると、黒人のニューヨーカーのような仕上がりになった。
「天使にラブソングを2のローリン・ヒルみたいに可愛いくしてあげたわよ。んふふ。あなたのタラコ唇にグロスを塗れば、もっと素敵になるわね」
乙姫のどんぐり眼や、べちょっとした愛嬌のある鼻。そして、分厚い唇。すべてが、いい感じにファンキーな服装や髪型とマッチしている。
マリアンヌは青みがかったピンク色のグロスを塗りながら自慢している。
「乙姫ちゃんなんて楽勝よ。タイで行なわれたドラァグクイーンの大会の時なんて、本当にメイクが大変だったわよ。その点、乙姫ちゃんの頬は桃のようにツヤツヤだし、目はパッチリしているし、トータルの素材はいいのよね」
「でも、わたし、お尻が人より大きいのが嫌でしたのよ」
「あら、何を言うのよ。女のケツと度胸は、でかけりゃでかい程いいっていう格言を知らないの!」
そんな格言は聞いた事が無いけれど、新宿二丁目では常識なのかもしれない。
ローリン・ヒルの画像の検索をしてみたところ、可愛い黒人の少女の顔が出てきた。
何となく安室ちゃんっぽい雰囲気の美少女だ。歌姫として一世を風靡したらしい。
「その髪型、似合うよ」
ゴスペルを歌いながらケツを振って陽気に踊り出しそうに見える。
由布子はマリアンヌの美的感覚に感心しながら褒め称えた。
「お世辞抜きでカッコいいと思うよ」
「嬉しいですわ。マリアンヌお姉様、ブラボーですわ。感謝感激ですわ」
「そう思うなら、あたしにいい男を紹介してくれないかしら~」
「お安い御用ですわ。わたしのお母様が経営している芸能事務所のボーイズ達を紹介しますわ。この店の常連にさせますわ」
「いやーーーん。それって、バットボーイズのことかしら。マリアンヌ、嬉しくて漏らしちゃうかもしれなーい」
「わたしの来年のお誕生日には、デビュー前の練習生のボーイズを呼びますのよ。その日は、あなも招待いたしますわね」
「いやーん。そんな嬉しい事を言わないで~ マリアンヌ、心臓がもたなーーーい」
ひとしきり喜んだ後、マリアンヌは由布子に向けて不思議そうに言った。
「ところで、どういう経緯で二人は友達になったのかしら?」
それに関しては乙姫が答える。
すると、陰毛女のくだりのところで、マリアンヌはハンカチを噛み締めてキーッと唸った。
「まぁ、酷い。許せないわ」
マリアンヌも中学時代、オカマと囃されて泣きながら下校した事がある。あの頃のマリアンヌは無力だった。内股で農道を走って逃げるしかなかった。
水田を潤す用水路の水音とマリアンヌの号泣が混ざり合っていた。
哀しい思い出だ。
「乙姫ちゃん、大変だったわね。マリアンヌ、あなたの悔しい気持ちは分かるわよ」
「ちょうど、あの場に由布子がいてくれて良かったですわ」
いつのまにか、乙姫は由布子のことを呼び捨てにしている。距離の詰め方が速い。まぁ、いいけど。
「自分の髪をお天道様に晒して歩くのなんて何年ぶりかしら」
乙姫は鏡に映る新しい自分の姿に対して微笑みながら宣言している。
「わたし、夏目さんに見切りを付けましたの。あの人、失礼なんですもの。わたしの頭が大きくて怖いと言いましたのよ」
「あら、彼、そんなデリカシーのない青年じゃないと思うわよ」




