第六章 1
猫パンチもシャッーと威嚇するのも禁止。
狭いところに潜るのも高いところに登るのも禁止。
パーティー会場に向かうまで色々と言い聞かせたのだが……。
ホテルの大広間に入った途端に由布子は眩暈を覚えた。
「これのどこか内輪のパーティーなの!」
国会中継で見た事のあるおっさん(自民党の大物議員)や、ボーイズグループのイケメン達や、経済界の大物が顔を揃えている。
いわゆる立食パーティー形式だ。
テーブルが幾つかあり、料理や菓子を堪能しながら、着飾った紳士淑女が自由に交流している。
ビュッフェを前にしたジュリは子供のように目をキラキラさせた。
「由布子、おいら、牛を食べたいニャ☆ おいら、でっかい海老も好きだニャ☆」
「はいはい。お皿に取り分けてあげるから待ってて。いや、百合さんのスピーチが始まるまでは食べちゃ駄目なんだっけ」
今日の主役は綾小路百合。
さすがに、乙姫と違ってお友達役のサクラは雇っていない。
ボーイズグループのメンバーもイケメン俳優も綾小路家の会社の関係者だ。
彼等にとっては営業の一環だ。企業の社長達との繋がりを得られるとばかりに、マネージャーと共に愛想を振り撒いている。
政治家達は、綾小路グループの企業献金を目当てにここに来ている。
「みなさん、今日は、わたしの為に集まっていただいてありがとうございます」
百合のスピーチが終わると、今度は、娘の乙姫が母への手紙を読み出していた。タイトルは、『誰よりも美しく気高い、わたしのお母様』である。
それは、百合をひたすら賛美するという偏った内容だ。
「お母様、お誕生日、おめでとうございます。お母様は天女のような人です。お母様が世界で一番綺麗なことは、ここにいる誰もが知っています」
乙姫の作文など、バカバカしくて聞いていられないとばかりに、百合の同窓生と思われる三人の女達はワイン片手にコソコソと囁いている。
「しっかし、親子揃ってデブね。相変わらず、百合は自信に溢れてるわね。デブだけど、デブ専の坊ちゃま連中からはマドンナって言われてたものね」
「イタリアからの留学生のマッテオからは熱烈なアプローチを受けてたわね。後から分かったけど、オリーブ農園を営む大地主の息子で大富豪だったのよ」
「まぁ、百合は顔立ちが華やかなのは認めるわ。でも、娘は田舎臭い父親に似たのね。なぁに、あの強烈な顔! 笑えるわ」
三人グループのリーダーらしき女の真島が忌々しげに言う。
「それにしても、謎だわ。大金持ちの百合と違って方子の家は没落してたのよ。父親の会社は地方の食品加工会社に過ぎないのよ。それなのに、なんで、そんな方子が夏目家に嫁げたのかしら」
「方子ってさぁ、地味で暗い女だから夏目家に嫁げたのかもしれないわね。夏目家は愛人を持つのが当たり前なんだもの。ちゃんとした家の女はそういうの我慢できないものね。あたし達には無理よ」
「そう言えば、夏目家の一人息子のイケメンは愛人の子だそうよ」
「噂によると、その子、事故でオツムがやられたそうなのよ」
「オツムがやられてるから、百合の娘と婚約できるのかもしれないわね。うちの息子だったら、あんなブスとの結婚なんて我慢できないわ。きゃはは」
「それにしても、事故に遭うなんて変ね。ボディカードは何をしていたのかしら」
「方子が愛人の子を暗殺しようとして、ああいう事故が起きたんじゃないの」
「確かに、陰気な方子ならありえる」
「いつも優等生ぶってて、うざい女だったもんね」
背後にいた由布子は彼女達の声を聞きながらうんざりしていた。
女学校時代の女の友情など、あってないようなものである。
やがて、百合は女友達のところにやって来た。
百合の隣には親友の方子も付き添っている。女達が微笑みながら言う。
「百合、お誕生日、おめでとう。相変わらずスタイルが良くて綺麗ね」
先刻までデブと言っていた女達が口々に褒め称えている。
「ありがとう。皆さん、そうおっしゃるわ。自分でも鏡を見るのが楽しみなの」
百合は、見え透いたお世辞をすべてガッツリと素直に受け取るタイプのようである。アンミカ以上にポジティブだ。
しかし、方子は、彼女達の悪意には気付いているのか、顔が、いつもより硬い。三人の女達は、どこか意地悪な顔つきで方子に言う。
「方子、一年ぶりね。今年、あなたの息子さんがこのパーティーに来ているそうね。紹介してくれないかしら」
「えっ……」
品のいい着物姿の方子は動揺しているのだが、それを嗅ぎ取った女達は舌なめずりをしている。
女学校時代、最も派手だった真島が百合に笑いかけていく。
「ねぇ、百合、方子の息子は、あなたの娘と婚約しているんでしょう。あたし達に紹介してよ。すっごくハンサムだって噂だわ」
「そりゃそうよね。あの方の血を引いているんだもの」
朱里の父親のイケメンぶりは、女学校でも有名で、朱里の父が電車通学をするとホームか女子で溢れて駅員が胃潰瘍を起こすとまで言われていたのである。
夏目千里様は生きる伝説。みんなの王子様。
それなのに、なぜ、こんな女が妻になるのか。中年になった今も彼女達は納得がいかない。そんなドロドロとした私怨には無頓着な百合は、良かれと思って動き出している。
百合が由布子達を指差した。
「朱里君なら、あなた達の後ろにいるわよ」
その瞬間、由布子はギョッとなる。まずい。今、ジュリは一心不乱に苺大福を食べている真っ最中だ。頬がリスのようになっており、口の周りは粉だらけという有様。
由布子は焦った。
「ジュリ、は、早く、飲み込みなさい」
無理に急かしたのが悪かった。何と、喉に詰まらせてしまった。オー・マイ・ガッ。
まずいぞ。ジュリが窒息してしまう。そう感じた由布子は豪胆に背中をバシンと叩いて吐かせようとする。
もはや、プロレス技というぐらいの勢いで身体を叩きまくると、餅の塊がスコーンと口から飛び出した。
「お、おいら、死ぬかと思ったニャ~」
「あたしも焦ったわ。ほら、ジュリ、お口を拭いて」
世話に徹する由布子を見ていた中年の女達は思った。この小娘は何者?
もしかして、愛人?
皆の視線を集めてしまい由布子はビビった。
コソコソとジュリの耳元で囁く。
「いいわね。ニャは禁止よ。普通に喋るのよ」
「わ、分かったニャ」
あとは運を天に任せるしかない。
フェンディのワンピースをお洒落に着こなす有閑マダムの真島が言った。
「初めまして。朱里君、わたし、むかーし、一度だけ、あなたと会ったことがあるのよ。覚えてるかしら」
ちなみに、この女が朱里を見たのは、朱里が小学二年生の頃である。参観日の時、見たのだ。あの時、参観に来ていたのは方子ではなくて、ばぁやの三井だった。
「わたしは、あなたの同級生の母親なの」
いきなり、知らない人に話しかけられたジュリはキョトンとしている。




