第四章 5
「保護猫を助けている猫カフェに連れて行けばいいじゃねぇのか」
「そこまでの電車賃が惜しいし、身分証とか見せろと言われても困る」
「ほんじゃ、歩いていける範囲で猫を囲ってくれる場所に連れて行こうぜ。マダムの御屋敷がいいんじゃねぇのか」
マダムと呼ばれている美しい婦人は大金持ちだ。
「オレ、マダムの家に行くよ」
「そうだな。その方がいいな」
赤木は布にくるんだジュリを抱きかかえて移動する。
マダムの家のピンポンを鳴らすと、そのままそこにジュリとメモを置いて立ち去っていく。
『この猫は飼い主に虐待されて捨てられました。助けてやって下さい』
エレガントな装いのマダムが現れた。そっとジュリを抱きかかえると口元を綻ばせたのだ。
「新しい家族が訪れるという星のお告げは本当だったわね」
マダムの豪華な自宅にはフカフカの毛並みの灰色の美人猫がいる。
まるで青い宝石のような美しい猫に向けてマダムが話しかけていく。
「サファイアちゃん、あなたの新しいお友達が来ましたよ」
☆
ジュリは保護されている。しかし、そうとは知らない由布子は河川敷をくまなく捜索していた。周囲は暗い。ジュリを捨てたとされる現場の土手には雑草が生茂っている。
懐中電灯を照らして丁寧に捜索するが見付からない。
「ジュリーーーーー。どこにいるの。返事してーーーーー」
「おい、おまえは帰れ。ペット探偵に任せろ。もういいだろう」
朱里は由布子に付き添いながらもイラついている。仁科も河川敷の下流をくまなく捜索している真っ最中のようだ。
「その探偵の仕事が遅いからこうなったんだよ。ジュリは、あたしの家族なの。ジュリが死んだら、あたしも死ぬ!」
川に投げ込んだのは誰だろう。なんで、そんなひどい事をするのだろう。
「もう、三時間も探してんだぞ。夕飯も食ってねぇだろう。ひとまず、帰れ」
朱里と由布子の二人の豪華な衣服も靴も汚れており、どちらも疲れきっている。朱里は強引に由布子を肩に担ぐと河川敷をズンズン歩いて車が停まっているところへと歩き出す。
「探したいんだから邪魔しないで」
「このままだと、おまえが倒れるぞ」
「あなたには、あたしの気持ちなんて分からないよ」
「……」
しかし、この瞬間、朱里の胸の中で色々な光景が浮かんだ。過去の哀しみの破片が朱里の胸に跳ね返る。
『ママーーー。ママ、どこなの?』
その時、朱里のママは石垣島にいた。お気に入りのホストとデートをしていたというのだ。
寂しかった。でも、朱里には大切な猫がいた。夏目家の養子になる前から一緒だった。キキは大切な友達だ。
『キキー、どこにいるんだよ』
しかし、ある夜、大好きな黒猫のキキがいなくなった。朱里は家から飛び出して、今の由布子のように狂ったように街中を歩き回った。
大好きな猫の不在に気が狂いそうになる気持ちなら朱里も知っている。
(不安で押し潰されそうな気持ちのまま無理をすると、こいつが潰れてしまう)
由布子は気付いていないが、朱里の目には薄っすらと涙が滲んでいる。
「いいから命令だ。今夜の捜索はここまでだ。もう帰るぞ」
暴れる由布子を担いでいた。有無を言わさぬ迫力で石段を上がり、夏目家のベンツの停車している場所へと進んでいく。
朱里の顔は、これまで見せたことがないほどに男らしいものになっている。強制的に運ばれてい状態の由布子はヒステリックに泣いていた。
「やだーーー。ジュリを探すんだってばぁーー」
ベンツの運転席で運転手の柴田は待っていた。スマホ片手にゲームをして暇を潰していたのである。
(しっかし、よくやるね。もう三時間も猫を探し回るなんて御苦労なこった。オレは残業手当がつくので別にいいけどね)
瀬戸由布子について気付いた事があれば、逐一、報告するようにと執事の坂元から指示されている。
だから、こう記しておいた。
『坊ちゃんは小娘に御執心。そして、瀬戸由布子のアキレス腱は猫のジュリ』




