第三章 4
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(あらまぁ、坊ちゃま。そのような癖があったのでございますね)
その時、三井は監視カメラの画像を覗き見しながらも妙に納得していたのである。
家政婦は各家庭の知らされる秘密を見る機会が多い。しかし、守秘義務があるので外には漏らしたことなど一度もない。
(旦那様はノーマルな方でしたわ。しかしながら、大旦那様は、愛人の芸者の菊丸に足蹴にされて喜んでおられましたわね。これは、いわゆる隔世遺伝でございますわね)
酸いも甘いも知り尽くしている三井は遠い目になりながら回想していく。
以前、うっかり、奥様の留守中に大旦那様の醜態を見てしまったことがある。そう、あれは、大旦那様が四十五歳の夏のことである。
『儒三郎、おまえのような馬鹿な男はおしおきしなくちゃなりません。そこに正座しなさい』
『おおっ、もっと叱って下されませ。ウグッ』
夏目儒三郎は妻が留守の間、芸者の菊丸を呼び寄せた。ホテルや旅館に行けばいいというのに、二人は自宅で不倫を満喫していたのである。そこは、普段、大奥様が生け花や書道を嗜む部屋である。
背徳に満ちた禁断の不倫に大旦那様は興奮したのなのかもしれない。
生粋のドSの菊丸は無表情のまま儒三郎の顔を踏みつける。
儒三郎は、切れ長の瞳か美しい芸者の菊丸にひれ伏す事を至上の喜びにしていたのである。
(社長になると、誰も叱ってくれる人がいなくなるものでございます。誰からも叱られないというのは寂しいものなのですわ)
寂しい。
そのフレーズと共に三井の脳内で走馬灯のように朱里の幼少期の泣き顔が浮かんだ。
キキー。どこにいるの? あの日、朱里は涙で顔をグシャグシャにして不安そうにしていた。
(昔、朱里様は、急にいなくなった黒猫を探そうとして、ほんの二時間ほどの小さな家出をなさった事がありましたわね)
誘拐かと身構えて、全員がピリピリしたのだ。
結局、すぐに見つかった。あの時、誰も朱里を叱らなかった。その代わり、黒猫の管理を任されていた若いメイドがクビになっている。
(きっと、忽然と黒猫が消えたのは奥様の仕業でしょうね。あのメイドは坊ちゃまと仲が良かったので、猫を口実にクビにしたのかもしれませんわね)
子供の頃から、朱里は継母の方子の顔色を窺がうようにして生きてきた。しかし、意外にも、方子はハッキリと朱里を叱ったことがない。陰でコソコソと嫌味を言う程度である。
要するに、真正面からぶつかったりする事が出来るのは本当に絆を持っている者同士だけである。三井も、かつて我が子が火遊びをして田んぼの畦を燃やしてしまった時には、死ぬほど尻を叩いて叱っている。
(坊ちゃまは、叱られるという形で甘えておられるのですね。ばぁやは、いつも際限なく甘やかしておりました。こんなばぁやでは役不足だったのですね)
ジュリと由布子のお尻ペンペンを見守りながらドアを閉じる。
(あのように尻を叩いてくれる素敵な愛人がいて心強い限りでございます。ソウルメイトなのかもしれません)
人にはそれぞれ運命の人がいる。
(由布子様がいれば、坊ちゃまは満たされるのてすね)
三井は自室に戻りながらも眉を顰めていた。
(けれど、プライドの高い乙姫様が愛人の存在をお許しになるのでしょうか?)




