第2話-③
ユウキ達は町にある服屋に来ていた。そこでシーラが店の中にある服を色々眺め、それをユウキと見比べながら服を探していく。
「う~ん兄さん、恰好が決まらないな~……。全然合う服が見つからない……」
「服ってそんなにすぐに必要です?」
シーラに色々と服を合わせられながらユウキは尋ねるが、シーラは呆れながら言った。
「当然でしょう!? その服、ハチャメチャに目立ちますよ!?」
シーラの指摘にアオイも頷いて続いた。
「確かに……学ランは材質からして目立つよね……。それに……」
アオイは学ランの臭いを嗅ぎながら言った。
「着替えは用意しとかないと臭いよね……。制服はたまにのクリーニングでいいけど、せめて中の下着とかは……」
「アオイ……お前女になって、見た目結構気にするようになったんだな……」
ユウキは学ランの袖を掴みながら言う。
「でも確かに目立つか……でも学ラン脱ぎたくないんだよな……」
「どうしてです?」
シーラが尋ねると、ユウキはふざけた様子を一切見せずに答えた。
「…………これを脱ぐと、自分が自分を忘れそうな気がするから。今は”ユウキ”だけど、向こうの世界では”結城葵”であることを忘れたくない……から」
真剣に悩む表情を見せるユウキに、シーラもその思いを感じ取ったのか真面目な口調で答えた。
「そうですか……でしたらこれとかどうでしょう」
シーラは大きな黒い布をユウキに手渡す。ユウキは服でもない布の塊を渡され、困惑しながら尋ねた。
「……なにこれ?」
「フード付きの黒いマントです。これならその学ランってやつをすっぽり隠せるでしょ?」
ユウキは勧められるままそのマントに袖を通す。全身がスッポリとマントに入り、学ランが外からは全く見えない状態になっていた。学ランとは違った意味で全身黒ずくめになったユウキを見て、アオイが声をかける。
「……これはこれで不審者っぽいけど、まぁ学ランよりマシか……」
ユウキは着ているマントの着心地を確かめるように自分の身体を見回す。
「なんというか……落ち着くなこの恰好。全身マントでくるんでると、ちょっと安心感があるというか……」
「安心感って何よ……」
なぜかこの恰好をいたく気に入ったユウキに、アオイは呆れながら言った。
「本当にユウキとアオイで変わっちゃったのね……。私は全然良いとは思えないのに……」
ユウキはマントを脱ぐことはせず、袖を掴みながらシーラに尋ねる。
「じゃあこれ買いたいな。……お金は本当、なんとかしますから……」
お金の心配をするユウキにシーラは笑いながら返答した。
「べっつにこんなん安い買い物ですって。兄さんたちはお金の心配なんてしなくていいですから安心してくださいって。……それにもう敬語はやめてくださいよ」
「でも……」
「それに、今度は姉さんの服を見なきゃ」
「……え」
× × ×
そして最初に服を買ったユウキは、店にあった椅子に腰かけてかれこれ1時間待っていた。
「おっそ……」
待つのにも飽きてきたユウキは大きくあくびをする。
「女の買い物が遅いって言うのは聞いたことあったけど、まさか本当に遅くなるとはな……」
「お待たせしました~」
店の奥からシーラの声が聞こえ、ユウキは腰骨を鳴らしながら立ち上がる。
「遅かったな……」
不満げに言うユウキにシーラがケラケラ笑いながら返答する。
「いやあすみません。私より姉さんの方が色々と身体のサイズがデカいんでね。家にある服だとサイズ合うの無いから、色々とまとめ買いしちゃったんですよ。ね、姉さん」
「うん……」
店の奥からアオイが恥ずかしがりながら出てくる。そしてその姿を見てユウキは思わず爆笑してしまった。
「ぷ……あっはっはっはっは!!!なんだよその恰好!!!」
アオイは薄手の半袖のブラウスにミニスカートにブーツと、完全に女の子の恰好になっていた。さきほどまでの服も女性ものではあったがシャツにタイツと地味目なものであったため、余計に今着ている服の女性らしさが強調されていた。
「いや……やばいって。それじゃマジで女の子じゃん……」
ユウキが無神経なことを言うたびに、アオイは赤面して俯いていく。その様子を見てヤバそうな気配を感じたシーラは慌てて話題を切り返そうとする。
「とりあえず1週間分の服を買っといたので、あとで兄さん持ってくださいね。あとは……そうだな、いろんな雑貨を……」
「いや~……俺はこうならなくてよかったよ……まったく。俺じゃ……」
その一言が服屋に流れ、場の空気は一変した。シーラは頭を抱え、ユウキも遅れて自分が何を言ったか気づき、自分の口に手を当てた。――しかし言ったことはもう取り消せなかった。
「ちが……アオイ……俺……!」
ユウキは取り繕うとするがすでに遅く、アオイは目に涙を浮かべながら拳を握りしめていた。
「ふざけんないでよ……あんたなんかに……私の……俺の気持ちがわかってたまるかよ!!」
アオイは目の前に立っていたユウキを付き飛ばし、店から走って出ていく。ユウキは追いかけようと手を伸ばすが躊躇してしまい、次いでシーラがユウキに悪態を飛ばす。
「言っちゃ悪いことくらい、すぐに分かれよバカ!」
シーラも店を出て追いかけていくが、ユウキは追いかけることができず、フラフラと力を無くして椅子に座った。そして小さくぼやく。
「…………俺は何をやってんだ」
× × ×
アオイは飛び出したもののアテがあるわけでもなく、疲れてすぐに路地裏でうずくまってしまった。ユウキとは違い体力面で強化されているどころか、女の子の身体になったことで体力が落ちており、シーラもすぐに追いつくことができた。
「はぁ……はぁ……姉さん……。全く……兄さんの無神経さはありゃ酷いですね」
シーラはうずくまるアオイの肩に手を置いた。
「そりゃ姉さんだって色々思うことはあるでしょうに……。私だって急に男になったら対応に困りますもん。ええ。ですからあまり……」
慰めの言葉をかけるシーラに、アオイは泣きながら首を横に振った。
「ううん……違うの。確かに男と女に別れたのはあるけど……違うの」
「違う?」
「……ユウキは私だから。ユウキがどんな気持ちで私に言ったかわかるの……。多分何も考えずに思ったことを口走っただけ。悪気があったとかじゃなくて……そういう器用さが無いの」
「は……はぁ……」
困惑するシーラに、アオイは微笑みながら言う。
「……ごめんね。シーラさんにはよくわからないよね……。ようはユウキも、私も、……結城葵も、ろくな人付き合いが無い、ダメ人間だから……」
「きゃああああああ!!!」
大通りから叫び声が聞こえ、町中が騒然としはじめた。そして大勢の人が一斉に走りはじめたのか、地面の石畳から振動が伝わってきた。
「な……なに急に!?」
「外の人たちが一斉に走り出した振動です! 一体……!?」
「”魔物”が現れたぞー!!! みんな避難しろー!!!」
外から避難を促す叫び声が聞こえ、アオイはその言葉に耳を疑った。
「ま……魔物ぉ!? ……ってなによそれ!?」
「魔物を知らない……って姉さんの世界には魔物がいなかったのか……! とりあえずなんにせよ私たちも避難しましょう!」
シーラはアオイの手を掴み、大通りへ出る。町の大通りは避難する人でごった返していた。そしてその避難する人たちの中から、様々な情報が聞こえてくる。
「どうやらB級の魔物が出たらしいぞ……」
「すでに兵隊さんが向かっていったらしいけど……」
「なんで急に魔物が……」
それぞれの話を聞いて、アオイはシーラに尋ねた。
「あの……なんかB級とか聞こえてきたけど、そんな大したことないってことなんです?」
「そんなわけないでしょう!? この辺でB級なんて出たの、ここ10年はないレベルですよ!?」
「やっぱ……そうよね……。だったらこんな避難しないもんね……」
後方からドン! という衝撃音が響き渡り、それから少し遅れてその衝撃波が避難している人たちを襲った。その衝撃を受け、避難している人たちのパニックは加速し、恐慌が広がっていく。それを見てアオイは考えを改めた。
「…………確かにめちゃくちゃヤバそう……」
「誰か! 助けてください! お願いです!」
そんな中、どこからか助けを求める声が聞こえ、アオイは足を止める。急に足を止めたアオイを見て、シーラは急かすように言った。
「ちょっと姉さん! 私たちも避難しないと!」
「待って! ……今誰か……」
逃げ惑う人々の中から、アオイはその声の主を見つけ出す。30代ほどの金髪の女性が、避難する群衆の中で足を止め、周囲の人にしきりに助けを求めていた。
「大丈夫ですか?」
アオイはパニックに陥っている女性に声をかける。その女性はようやく話が通じたためか、アオイに縋りつくように助けを求めた。
「お願い……お願いです! 先ほど魔物が現れた広場に……娘がいるんです!」
「……え? なんでそんなところに娘さんが!?」
「あの子……連れていたクニィを……! 私たちが飼っていた犬を追いかけて……!それで……!」
「おいおいマジかよ……!」
シーラは広場ある方角――人々が逃げ惑うその中心部を見ながら言った。話や人の流れから見て、魔物が現れた場所に取り残されたのは間違いなかった。
「その……お子さんは……!」
これだけの人が逃げ惑っているということは、本当に異常事態なのだろう。おそらく町に詰めている兵士たちも現場に向かっているはず。シーラはあくまで現実的な解答を出した。
「……兵士さんが助けてくれることを願いましょう。それよりも奥さんも避難しないと……」
「…………私たちが助けに行きます」
アオイのその言葉を聞いて、女性の顔が明るくなる。
「ほ……本当ですか!」
「姉さん!?」
アオイの突然の言葉にシーラは目を見開くが、アオイはあえて無視してその女性へと話し続けた。
「はい! だから今は避難していてください。……大丈夫です。私たちは魔法が使えますから」
女性はアオイの手を握り、涙を流しながら言う。
「ありがとうございます! お願いです!私と同じような金髪の髪をした9歳の女の子で、エリカというんです! お願いします!」
「わかりました……じゃあ先に避難していてください!」
女性は頭を下げ、逃げ惑う群衆の中へまぎれていった。シーラはアオイを咎めるように言う。
「なに安請け合いしちゃってるんですか!私たちが行ったところで……!」
「……でも、誰かが引き受けないと、あの人ずっとあのまま助けを求めてたでしょう?」
「ですけど……! ……もう」
口ではアオイを非難していたが、シーラも悪い気分はしなかった。
「……この混乱じゃ兄さんと合流するのは諦めたほうがよさそうですね。それに兄さんはもう避難してしまってるかもしれない。……つまり私たちだけでやるしかない」
「さっきは咄嗟に言っちゃったけど、シーラさんは魔法は使えるの?」
アオイが尋ねると、シーラは少し逡巡し、首を横に振った。
「……いいえ。私は魔法は使えないし、戦えもしない、単なる15歳のかわいい女の子です」
「そう……でもとりあえず行くしかない……!」
アオイの胸中を占めていたのは、日本に残してきた母親のことだった。あの女性はハグれてしまった子供を心配して助けを求めていた。その境遇を自分の事と重ねていたのだった。子を心配する母親を、助けてやりたいと。
「ですが姉さん」
「何?」
「ノープランで行った所で、何にもなりません。ですから、その辺は私に任せてください」




