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第11話-④

 シズクがこの世界に来た時は大学1年生の時だった。この世界に来る前は国立大学に受かって地元から離れて一人暮らしをしていた。そして大学のコンパでOBの先輩を紹介され、そのままの流れでその先輩と付き合い始めた。


 相手は将来有望なエリートであり、大学に入ったばかりのシズクに大人の世界を色々と教えてくれた。シズクも大学での成績も良好であり、まさに誰もが羨むカップルに見えた。


 しかし付き合い始めてしばらくすると男の方の態度が急に悪くなってきた。さらに暴力まで振るってくるようになった。シズクは最初訳もわからずに耐えていたが、別の友人から驚愕の真実を伝えられる。


 何と相手は既婚者であり、シズクは知らぬ間に不倫女にされていたのだった。そして男の態度が悪くなっていたのは、シズクがそうういった訳も知らずに普通の恋人のように毎日連絡をしてくるため、鬱陶しくなっていたというわけだった。


 シズクはその男を問い詰めた。すると、その男はシズクを脅迫しようとした。シズクはこういう時こそ、今まで習ってきた合気道を役に立てる時だと思っていた。――しかし現実は残酷であり、相手はろくに訓練もしていない男であったのに、シズクの細腕では全く敵わなかった。


 そして脅しに屈したシズクはその後みるみる転落していった。学業も全く身に入らず、人との接触も避けるようになり、家から出なくなった。何よりも自分が今までやってきた合気道が全く護身として役に立たなかったことが何よりもショックだった。


 自分の家が合気道の大きな道場で、昔からそれを続けてきたことに何の疑問も持たなかった。大学に言って勉強したのも、いつかその道場を継いで経営に役立てたいと思っていたからだった。しかしそれは全く無意味となった。


 そしてそんな生活がしばらく続いたある日、家の中で謎の光に包まれる。そして目を覚ますと、女神が目の前におり、シズクに再起を促すのだった――。


× × ×


 誰もいない玉座の間でユウキとシズクは向かい合っている。シズクは両手を大げさに広げ、ユウキへと語る。


「……そして私はこの能力を手に入れた。この能力で私は他の異邦人を倒し続け、”異邦人キラー”とまで呼ばれるようになった……! そう、この世界は私を解き放ってくれた……!」


「…………」


 そこまで聞いてユウキはただ黙っていた。シズクは口が乗り始めたのかさらに話を続ける。


「この世界は男も女も関係なく、努力すれば結果がついてくる! ……そして結城君……お前のような勘違いしたバカを討つのが私の……!」


「黙れよ」


 ユウキは俯きながらシズクに言い放ち、シズクの口が止まる。その声はシズクも中学の頃には聞いたことの無い怒気に溢れていた。


「……アンタのその過去に俺は1mmも関係ねえじゃねえかよ……! しかも何だその不幸面。黙って聞いてりゃピーチクパーチク囀りやがって……!」


「不幸面? 不幸面ですって!?」


 シズクも不快そうに反論するが、ユウキは顔を上げてシズクへと怒鳴り返した。


「ああそうだよ! あんたが不幸なら俺は何だ!? あんた自分で言ってたよなぁ!? 俺がノータリンだのチー牛だのよぉ! てめえで勝手に蹴っ躓いただけで、俺がお前や女性云々になんかしたかよ!? つーか何にもできてねえよこちとらはよお!」


 ユウキの表情はかつてないほどに怒りで染まり切っていた。シズクのあまりに身勝手な話に、本気で切れていた。しかしシズクもユウキに言い返す。


「だったら何!? 君は清廉潔白で正義の人間だとでも!? 異邦人の力を手にして、調子に乗ってるのは事実でしょう!? 君が異邦人になる前は、人に対してそんな態度が取れた!? それにここまで来るのに一体何人殺してきた!?」


「殺してなんかいない!」


「いーや! 殺してるね! 異邦人が消えていくあの光、あれは異邦人のHPが0になって死んだ時の光だ !私が知ってるだけでも4人は異邦人を殺してるだろ!? そんなやつが偉そうな口聞くんじゃねえよ!」


 ユウキは初めて異邦人に手を掛けたあの感触を思い出す。胸をどついたら威力がありすぎて、中の骨を折ってしまったあの感触を。そして今まで戦ってきた相手の顔をそれぞれ思い出していく。魔物を呼び出した異邦人、熱を操る異邦人、水を操る異邦人。彼らは全員消えていった。


 何より、異邦人以外にも多くの人たちが傷つき倒れていった。これまで考える暇も無かったし、考えることを意識的に避けてきたが、結城葵の頃だったら耐えられない程に、多くの人がユウキの目の前で傷ついていた。ユウキは胸がざわつく感じを覚え、胸を抑える。


「俺は殺してなんか……!」


 そして今まで傷ついて来た人を思い返す中で、仲間の顔が思い浮かんできた。グレゴリー、コニール、シーラ。そして宿屋でバイトをしてきたときのモモとの会話を思い出す。


『ユウキ君にも、こっちの世界に来たことの意味、きっとあるよ』


 その言葉と共にアオイの顔が思い出され、ユウキの胸のざわつきは取れた。そしてまっすぐにシズクへと向きなおす。今度は怒気も無く、覚悟を決めた顔つきであった。


「…………俺は殺してなんかいない。ただアオイを……あの子を守るためなら、俺のできる範囲で戦う。そして異邦人がこの世界の人々に危害を加えるなら……俺の目の前でそれが行われているなら……俺はそれを止める!」


 ユウキの青臭すぎる言葉に、シズクは嘲笑して言い返す。


「はーっ! 何!? そうやって覚悟を決めたふりをすれば、他人を傷つけても許されると思ってるの! バーっかじゃないの!」


「ああそうだバカだよ! バカだから、俺はあんたをここで”止めるんだ”!」


 ユウキは大鎌を再び出現させ、シズクへと向かっていった。それを見てシズクはため息をつく。


「やれやれ……。いい加減それは無駄だってことに気づけよ!」


 ユウキも大鎌を持って戦うことは難しいことに気づいていた。しかしシズクとのステータスが同じである今、シズクと”違う部分”を前面に押し出さなければ勝てないともわかっていた。


 シズクの必勝パターンは自分よりステータスの低い相手はステータスの暴力で押しつぶし、高い相手はステータスを同値にしてシズクの”合気道”を押し付けるというもの。その点でいえばユウキの判断は間違ってはいなかった。


 しかし結局のところ大鎌では1対1の戦いの際に、デカすぎてデッドウェイトとなっており、シズクは難なく鎌を避けようとする。しかしユウキは戦いの中で大鎌の――”紋章魔法”の使い方を急速に理解してきていた。そしてある”作戦”を思いつく。


「そうか……!」


 シズクに鎌を避けられた直後、ユウキは右手から大鎌を消す。そして右手を前に向けると、大鎌を再出現させた。


「な!?」


 突然目の前に大鎌が出現したシズクは、ビックリしてのけぞってしまう。そしてユウキはもう一度大鎌をシズクへと振りかぶった。


「今だ!」


「やらせるかよ!」


 シズクはまたも大鎌を避け、ユウキの顔面に当身をぶつける。今度はユウキがのけぞる形になり、シズクはユウキの右手首を”掴んだ”。掴まれたユウキは殴られて涙目になりながらも唇を歪ませる。


「針が……!」


「知ってたらそのくらい覚悟はできるよ!」


 シズクは手のひらに針が刺さりながらもユウキの右手首を離さず、手首を持って背負い投げの姿勢を取る。


「四方投げ」


 ユウキはアオイの背中から思いっきりぶん投げられる形となり、頭から地面へと激突する。しかしユウキは左手でギリギリ、頭を庇うように受け身を取れていた。しかしシズクはユウキの手首を離さず、肩関節を極める。


「もう一回ブチ折ってやる!」


 ボグッ!という音と共にユウキの右肩があらぬ方向に曲がり、ユウキは絶叫する。


「ぎゃあああああああ!!!」


 その悲鳴を聞いてシズクは勝ちを確信した。――しかしここまでがユウキの”作戦”だった。


 シズクは首元に冷たい感触を感じた。何があったのか確認しようとしたその瞬間、その冷たい感触が首全体に広がり、シズクは足下から力を無くしてその場に倒れた。


「が……がは……!」


 何が起こったのか理解ができず、シズクはユウキの方を見直す。するとユウキの左手に”大鎌”が握られており、倒れたシズクに追い打ちをかけるためにその煌めく刃が今振り降ろされようとしていた。シズクは掠れた声で疑問を口にする。


「な……なぜ……」


「なぜって……鈴木先輩が、人の肩を1日で”2回”も折ってくれたからですよ……!」


 ユウキの右肩はアオイの手に寄って折られて、背中にひっつくように腕が曲げられ――左手の位置にまで腕が伸びていた。


「俺はこれを狙っていたんだ。あんたが人の肩を折って、勝利を確信する瞬間……そしてその折られた腕の先で鎌を出現させて、そのまま左手で握れるようにして……首を狩る瞬間を。もう1回折られてるから、次の痛みは我慢できると思ったんだ」


「ば……バカな……」


 ユウキは憐れむような目で、這いつくばるシズクを見た。


「当然、俺一人じゃここまでできなかった。コニールさん、シーラ、そしてアオイがいたから痛みに耐えられた……ずっと他人を見下していた鈴木先輩と俺の”違い”は……そこだったんですよ」


「う……偉そうなことを……言う……な……!」


 シズクは涙目になりながらユウキを睨みつける。しかし不殺魔法が掛かっているとはいえ、大鎌で首を切られたダメージは深く、立ち上がることができなかった。そして動けないまま、シズクに対し鎌が振り降ろされ――。


「……………………?」


 大鎌はシズクの脳天には振り降ろされず、その横を掠めるように振り降ろされていた。シズクは顔を上げると、ユウキの目から大粒の涙が流れていた。


「……さっきは不幸面すんなと言いましたが、それでもやっぱり鈴木先輩がそれなりの事情を抱えていたことはわかります。どうしても俺には5年前の鈴木先輩の優しさが忘れられないんです。す」


 鎌を振り下ろす直前、ユウキの脳裏に浮かんだのは結城葵だったころにシズクと触れ合った思い出だった。シズクからは取るに足らない記憶でも、結城葵にとっては大切な思い出だった。


「……ですから、俺に何か力になれることがあったら……手助けをさせてください」


「結城君……」


 シズクの目からも同じく涙が流れ始める。


「え……あれ……どうしたのかな……?」


 それは、シズクが今まで封印してきた”罪悪感”が、胸の中に溢れ始めた証だった。


「ああ……なんで涙が……くそ……私は……いままで……!」


 ユウキは大鎌を消すと、シズクに対して左手を伸ばす。


「5年前、俺は鈴木先輩に助けてもらったんだ。だから……お願いです。今度は俺が……」


「あ……うああ……!」


 シズクもユウキに対し手を伸ばそうと”した”――。しかし、月の光が何かに遮られ、シズクはその光を遮った”もの”を見上げる。そして目を見開いて、伸ばした手でユウキを付き飛ばした。


「結城君! これを……!」


 シズクが懐から何かを投げ飛ばした直後、黒い何かがシズクの上から落ちてきて、衝撃と共に土埃が周囲に舞う。ユウキは無事ではあったものの、慌てて立ち上がって叫んだ。


「鈴木先輩!」


 しかしシズクの返事が返ってこず、替わりにグチャッ!という不快な音が周囲に響き渡った。砂埃が落ち着き始め、落ちてきたその黒い何かのシルエットが明らかになっていく。それを見てユウキは絶望の声を漏らした。


「な……ああ……”お前”は……!」


 それは奇怪な姿だった。身体がドラゴンのシルエットをしているのに、首に当たる部分に人の胴体が生えていた。――そしてその胴体には見覚えがあった。


「まさか……”タカシ”とかいう異邦人か……!?」


「そうだよ……!お前のおかげで俺は、最強のパワーを手に入れたぞ……!」


 砂埃が完全に払われ、そこからシズクの姿は消えていた。代わりにそこにいたのはギフト能力”食肉同値”にて”守護竜エルヴィス”を吸収し、ドラゴンの身体を得ていた”タカシ”であった――。

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