第11話-②
アオイとシーラは、インチとアンジュのペアとゲスト用寝室で対峙していた。シーラはアオイに薬瓶を手渡す。アオイは受け取りはしたものの、不安になってシーラに尋ねた。
「これなに……?」
「飲めば魔力が回復するって薬です。全回復ってわけにはいきませんけど」
「ああ……ポーションっていうかエーテルみたいな感じか……」
アオイはその薬瓶を一気に飲み干すが、とんでもない味と臭いでむせてしまう。
「げっっほ!? ナニコレ!? まっっっず!」
「良薬口に苦しってやつですよ」
アオイが薬を飲んだことで、インチとアンジュは警戒しはじめた。アオイの魔法の威力は二人とも見ているため、それがまた打てるようになるとなれば話が変わってくるからだ。しかし、インチもアンジュも退く気はさらさらなかった。
「おいアンジュ。俺の能力を使うぞ」
「はいはいわかったわよ。指示しないでよね」
元々アンジュは魔法学校を卒業後、エリートとしてパンギア王国の魔法部隊に所属することになった。そしてエドワード王子に見初められ、クーデター計画の中枢に組み込まれることになった。
その中でインチのギフト能力に対して、アンジュが得意とする魔法の相性が良く、インチは元々ヤード・マイルとトリオでチームを組んでいたが、アンジュとのコンビに変更された。アンジュもインチも互いに互いを嫌っていたが、それを補うほどの――。
「行くぞ!」
インチはアオイたちに向けて何かを投げつける。それがあまりに小さく、かつ深夜で辺りが薄暗いため、アオイたちはそれが何か判断ができなかった。そしてそれが近づいてきた瞬間、アンジュの持っている杖の先が光った。
「ケーミン!」
アンジュが魔法を放った瞬間、投げられた物――植物の種子が爆発的に成長し、ツタが周囲の壁や床に這いまわっていく。それを見てアオイとシーラは驚愕した。
「なんなのよこれはああああ!?」
「“ケーミン”は植物の成長魔法だけど……こんな成長するなんて聞いたことないって!」
そして成長しきったその植物は、ツタをアオイたちに伸ばし、アオイとシーラの身体を拘束した。アオイは左手でツタをつかもうとするが、左手もツタで拘束され、1mmも動かせなくなってしまう。
「シーラ……これも魔法なの……!?」
「違います……これは……あの男の方の“ギフト能力”だ……!」
インチの能力――植物を自在操る『万緑繚乱』によるものだった。この能力は種の状態から育てた草木を操ったり、感覚を共有したりするという能力であった。インチは町や城のあらゆる場所に草木を植えており、情報収集を行っていた。
ユウキ達の情報が筒抜けだったのもこの能力に寄るものだった。また、チームであったヤードとマイル達とは、熱と水で種子の成長を促すことができ、相性も抜群であった。何より、ヤードとマイルは日本にいたときからの友人だった。
「楽には終わらせねえぞ……! まずはその身体でじっくり楽しませてもらってからだ……!」
復讐に燃えるインチに対し、アンジュはどこか冷めた思いがあった。インチ達3人組は掛け値なしの“クズ”であり、同情の余地は一切なかったからだ。そしてその2人のモチベーションの違いは、離れた場所から見ているシーラでも理解できた。
「なるほどね……。となると“勝利条件”が変われば……」
シーラもアオイも身動きが取れず、自由なのは口しかなかった。そして“口八丁”はシーラの得意分野だった。
「アンジュ……お前……もう人生詰んでるって気づいてない?」
「何を言ってるの……!?」
シーラからの突然の言葉にアンジュは反応してしまう。
「私のお祖母ちゃんが異邦人に襲われたって知ってんだろ……? そして私がこうやって姉さんたちに付いてきてるってことは……お前のことも報告してるって気づいてないのか……?」
シーラは辛うじて動く右足でコニールの方を指す。
「そしてお前らのクーデターは失敗する。たまたまエドワード王子の死体を見つけて、有効利用させてもらってるからな……! 仮に私たちを殺して、このまま勝ったとしても、お前は一体どこに行くっていうんだ……?」
アンジュは明らかに動揺していた。異邦人であるシズクやインチに比べて、生活基盤がこの世界にあるアンジュはエドワードが死んでしまった時点で迷いが生じてしまっていた。
「う……うるさい! いい!? 私はね! あんたなんかと違うんだ! 出来損ないのあんたとは!」
シーラのツタの締め付けが更に強くなり、シーラは呼吸をすることすら困難になる。それでも必死に頭を回転させ、次の策を考える。
(あともう少し……あと少しだ……!)
シーラは泡を吹いて白目になって倒れる。アオイも同じくぐったりして動かなくなった。動かなくなったのを確認して、インチは二人を床に降ろす。そしてインチはアオイに、アンジュはシーラにそれぞれ向かっていく。
「今度は逃げられないように両腕を折ってやる……。楽しむのはそれからだ……!」
「許さない……私をバカにして……!」
そしてインチがアオイに手を伸ばそうとした瞬間、アオイの目に光が戻った。
「この……変態が!」
アオイは腕も手も全く動かせなかったが、床に降ろされたことで左手が“床”についていた。右手の狙いはつけられないものの、勘で床を瞬間移動させる。そして床が瞬間移動したことで寝室にいた全員の足場が消え、ツタも支柱にしていた床が無くなったことで自重が支えられずにちぎれていった。
下の階は図書室となっており、背の高い本棚が並んでいたこともあって、アオイとシーラはその本棚の上に落下することで、多少のクッションとなった。そしてアンジュとインチも着地して互いを探そうとしたときに自分たちが陥った状況に気づく。
「「しまった……!」」
背の高い本棚が並んでいるために、アンジュとインチがそれぞれ分断されてしまっていた。そしてアンジュが動揺している間に、アオイは本棚を次々と瞬間移動させ、シーラと合流する。
「シーラ! 大丈夫!?」
「くっ……!」
アンジュは逃げようとするが、その逃げ道がアオイの瞬間移動により本棚で塞がれてしまう。インチは合流しようにも背の高い本棚で視界が遮られ、移動にてこずってしまっている。あまりに出来すぎた状況に、アンジュはシーラを睨みつけると、シーラは勝ち誇った表情を浮かべていた。
「そう。“勝利条件”を変えさせてもらった。あんたにとっては私の命なんか三の次くらいだったろうけど、挑発して私を殺すことも目標にいれさせてもらったわけ。下が図書室なのは事前に構造を理解してたし、図書室に行けばこうやって分断できるってね」
アンジュはキレて杖をシーラに向ける。
「それが何だってのよ!」
「姉さん、“鎖”」
次の瞬間、アンジュの身体に鎖が巻き付き、アンジュは杖を落として体勢を崩して倒れてしまう。アンジュはアオイの方を見ると、アオイは自分に右手を向けていた。シーラはアンジュの杖を拾うと、それを地面に叩きつけてぶち折った。
「さっきは同じこと別の異邦人にやって破られたけど、流石にあんたにゃ効くだろうね」
「ぐ……くそっ……! 外せ……!」
アオイは若干引き気味にシーラに言った。
「さっき薬瓶をもらったときに、スッと黙って服に入れてくるんだもんビビったよ……。隠すつもりなんだなって一応察せたけども……」
「はは、すみません。一応バレちゃったらこういう場面でも警戒されると思ったんで」
シーラはアンジュの頭を踏みつけながら言った。
「別に殺しはしないし、なんならこのクーデター後にお前が社会復帰できるお膳立てはしてある。でも邪魔はすんなよ?……残りの異邦人をぶっ倒す邪魔をよ」
本棚が次々と破壊されていき、その破壊がアオイたちへと近づいてくる。それを見てアオイは息を飲んだ。
「ユウキほど、とは行かずとも異邦人のステータスってやつはあそこまでやれるもんなのね……。逆になんで私はこんな貧弱なままなのか少し気になるけどさ……」
そして最後の本棚が破壊され、インチが姿を現す。何度も何度も邪魔を受け、インチの怒りは頂点に達しようとしていた。
「ふーっ! ふーっ! このクソ女が……なめやがって……!」
インチは日本では“元”プロの格闘家だったが、女性への暴力問題が原因で引退に追い込まれていた過去があった。我慢弱く、その上暴力衝動や性欲を抑えるということを知らず、日本でも爪弾きにされていた。
だがこの世界にきて、それらが肯定されることになった。ヤードとマイルという価値観を共有できる仲間に出会った。そして奪われた。だからこそ、インチはアオイを許せ――。
「…………マジでバカだこいつ」
ただまっすぐ向かってくるインチにシーラは吐き捨てるように言った。そしてアオイに指示をする。
「姉さん、本棚を奴の“頭上”に」
アオイも迷わず頷いて答えた。
「うん。それは私でもわかった」
アオイは近くの本棚をインチの頭上に飛ばす。
「それがどうした!」
インチは足を踏み出して前に行こうとするが、先ほどアオイやインチ自身で散らかした本や本棚があたりに散らばっており、足元の状態が悪かった。そのため、インチは落ちてくる本棚を殴り飛ばして弾く。
「だからお前の瞬間移動で何を飛ばしても、無駄だって言ってるだろうが!」
アオイは更に本棚を飛ばす。インチはそれを殴って弾く。そしてまた飛ばし、インチはそれを受けるために上を向き――。
「ファイエル」
インチの真正面から火炎魔法が飛んできて、インチは本棚を受けるために上を向いていた為、防御も敵わずにノーガードで受けてしまう。
「ぐおおおおっ!?」
そして体勢を崩したところに本棚が――。
「あ」
――落ちてきてインチは下敷きになった。しばらくして本棚の隙間から光の粒子が漏れていく。それは異邦人が消えていったサインであり、アオイはすでに見慣れてしまっていた。
「終わった……か」
シーラは当面の危機が去ったことを確認すると、アオイの側に近寄った。
「…………姉さん」
「ん? 何? シーラ」
アオイが反応すると、シーラはアオイに抱き着いて顔を胸にうずめた。“見た目”は女の子同士とはいえ、アオイの中にはまだ“結城葵”の自意識が残っているため、滑らかかつ柔らかい感触にアオイはドギマギしながらシーラに尋ねる。
「シ……シーラさん? なにを……?」
「この……バカ! 自分一人だけ残って、私たちを逃がそうとするなんて!」
「あ……ああ、あの時の……」
アオイは昼に自分だけ残って、ユウキ達全員を瞬間移動で逃がしたときのことを思い出した。
「あの時は咄嗟だったからね……」
シーラは顔を上げてアオイに密着した。その目には涙が浮かんでおり、その潤んだ瞳が息が触れるほどに近づいて、アオイは更に困惑する。
「と……とりあえず離れようよシーラ……」
「……約束して」
「え?」
「……もう、絶対に一人で無茶をしないって約束して」
シーラのこの言葉は本心からのものだった。ユウキとアオイにとって初めての仲間であり、友人であったが、それはシーラにとってもそうであった。だからこそ、アオイが離れてからのシーラは情緒が不安定であり、自罰的になる傾向があった。
シーラの涙を浮かべた顔を見て、アオイは意を決してシーラを抱きしめ返した。
「……うん。わかった。ごめん」
しばらく互いに抱きしめあった後、今度こそアオイはシーラの身体を離した。
「よし、ユウキのところへ行こう。今からでも加勢に行かないと」
「ああ、それでしたら」
シーラは鎖に縛られて、床に倒れているアンジュを指さす。
「こいつも連れていきましょう」
先ほどの感動の場面が嘘のように、シーラの顔がみるみる冷酷なものへと変わっていく。
「こいつがいかに下っ端とはいえ、異邦人の情報はそれなりにもらっているはず。奴らが一体何者なのか、私たちだって知らなきゃいけないことはいっぱいあるんだ」




