第1話-④
「……”異邦人”?」
アオイはその聞きなれない単語を少年に問いただす。
「異邦人って…あんた一体なんなのよ! よくもユウキを……!」
凄むアオイに少年は嘲るように笑いながら答える。
「ハハハ! どうやら何も知らないっていうのは本当なんだな……! あの結城葵とかいう異邦人を倒すクエストをクリアするだけで山ほどの報酬が貰えるんだ! こんな美味い話はないよなぁ!」
少年がスマホを鎧人形に向けると、鎧人形はディアナ達に向かって駆け出していく。敵意を感じ取ったディアナはアオイたちの前に立ちふさがると、鎧武者に指を向けた。
「話し合いの余地ってやつはなさそうだね! ならこっちも容赦しないよ!」
ディアナの右手の先が光りはじめ、そして念じると光が火球となって形作られていく。
「ファイエル!」
ディアナがそう叫ぶと、火球は鎧人形に向かって飛んでいく。そして爆発が起こり、鎧人形がバラバラに砕け散る。その威力にアオイも少年も驚愕していた。
「す……すごい……!」
「な……馬鹿な……!」
驚く2人にシーラが得意げに言う。
「お祖母ちゃんはロマンディの中でも、歴代で最も優秀と言われるほどに凄いからね! こんなのは朝飯前よ!」
「……ロマンディって?」
アオイがシーラに尋ねると、シーラはあきれたようにアオイに言う。
「ロマンディの名を知らないって、本当に何にも知らないんだな……。まぁあとで説明するけどさ……ってお祖母ちゃん危ない!」
「え?」
ディアナはシーラの叫び声を聞いて振り向くが、すでに間に合わずに鎧人形の攻撃が胸部にヒットする。ディアナはとっさに防御魔法をかけるものの、防ぎきることができず、ユウキと同じように勢いよく後ろで弾き飛ばされていった。
「ガハッ!? ……な……倒したはずなのに……!」
ディアナは血を口から吐きながら立ち上がろうとするが、立てずにその場に伏してしまう。そして少年が鎧人形を盾にしながらディアナへと近づいてきた。
「ククク……僕の”人形操作”は何度でも新しい人形を出すことができる。……こんな風に」
少年が鎧人形にスマホを向けると、鎧が一瞬消えて、そしてまた新しい鎧人形が出てきた。
「とはいえ2番目に鍛えてた人形がやられたのは痛かったなぁ……。あんたを倒すのに、1番と3番を使う羽目になってしまった。……僕がどれだけ鎧を鍛えるのに時間を使ったか、わかってんのかよババア!!!」
少年はディアナの頭を踏みつける。そして2回、3回と地面に叩きつけるように踏みつけた。
「このババアが! この! この! この!」
「やめてえええええ!!!」
アオイがその少年に叫ぶ。少年は踏みつけるのをやめてアオイの方を見るが、その目は完全に狂気に染まっていた。
「……そういえばよく見ると、二人とも凄い美人じゃないか……。……この世界に来て、そういえばまだやってないことがあったなぁ……!」
「こいつ……!」
シーラはぞっとしたものを背中に感じた。祖母が目の前でやられたのに、恐怖で足が動かない。そしてそんな自分を恥じるようにシーラは動こうとした。
「くそっ……!」
しかし恐怖で足がもつれてその場で転んでしまう。シーラは目に涙を浮かべ、顔を赤くするが、その前にアオイが立っていた。
「え……?」
シーラはアオイがなぜそこに立っているかわからなかった。ユウキは即やられ、この中で唯一戦えるディアナも倒されたのに、まだアオイが逃げていないことが。最初はアオイがドンくさいからだと思っていた。――しかしそれは違っていた。
「……あんたの目的はユウキと私なんでしょう? ……なら私だけでいいはずだ」
アオイはシーラを庇うために少年の前に立ち塞がっていた。その足は震え、恐怖が身体から隠せていないが、それでも目は少年を向いていた。
「へへ……。大人しくていいじゃん……。それにあの栗毛より、黒髪のがいいし……なによりお前のがオッパイがデカいしな……!」
「……その発想はなかった」
アオイは今更自分の身体がずいぶん魅力的であることに気づいたが、その考えを振り払うように首を振り、シーラへと叫ぶ。
「早く逃げて! どのみち私じゃ何にもできないから!」
アオイが叫ぶと同時にシーラは立ち上がって逃げ出そうとする。しかし鎧人形はアオイを無視して、シーラに向かっていった。
「お前っ!」
アオイは怒りの目で少年を見るが、少年は嘲笑しながらアオイに言う。
「誰も逃がすわけないだろ! お前ら全員ここで殺してやるよぉ!」
「このおおおおおおお!!!」
アオイは完全に無意識だった。ただ鎧にどっか行けと念じただけだった。アオイは左手で鎧人形の腕を掴み、その動きを止めようとしたその時――鎧人形は遥か空中に放り出されていた。
「「「……え?」」」
アオイ、シーラ、そして少年の3人全員の時が止まった。なぜかシーラに向かっていた鎧人形が”瞬間移動”したように空中に現れ、そして落下していった。落下と同時に激しい衝撃音が響き渡り、鎧人形はバラバラになる。
「今の……なに……?」
アオイは自分がやったことの理解ができなかった。左手で鎧人形を掴んだ途端、”右手”の先に鎧人形が現れたことを。そしてようやく少年もハッと我に返り、冷や汗を流しながら言う。
「まさか……”ギフト能力”か!」
「ギフト能力……!?」
アオイがギフト能力という単語に疑問を覚える間もなく、次の鎧人形が少年の前に召喚される。
「これが僕の最強の人形だ!お前がどんな能力を使おうが、所詮女が勝てるもんかよ!」
「くっ……!」
よくわからないが”左手で掴んだものが右手の先に瞬間移動される“という能力がアオイにあることがわかった。しかしそれはあくまで左手で掴めればの話であり、相手にそれがバレていては掴むことすらできない。アオイの絶対絶命の状態は何も変わっていなかった。
「死ねえええええ!!!」
少年はスマホを鎧人形に向けて命令を出すと、鎧人形はアオイたちに向かっていく。アオイは抵抗することもできずに目を瞑った。――しかし数秒たっても何も起こらず、アオイは恐る恐る目を開ける。するとアオイの目の前で一つの人影が立っており、鎧の攻撃を止めていた。
「誰……?」
アオイがその人影に尋ねるが、答えを聞くまでもなくアオイは直感で理解した。
「もしかして……ユウキ?」
「お……お前っ!?」
少年は自分の鎧人形の攻撃が止められたことに驚いていた。自分のスマホの故障を疑ったが、出ている鎧は間違いなく、自分の一番最強の人形だった。ユウキは鎧人形の腕を掴んで動きを止めており、そしてそのまま腕を握りつぶすと。全力で鎧人形を殴り倒す。鎧人形は一撃でバラバラとなり、ユウキは息を切らしながらその残骸の上に立っていた。
「フーッ……フーッ……!」
「な……なんなんだよお前えっ!」
「お前……名前は?」
「な……なんだよ! サイトウだよっ! それがなんだっていうんだよっ!」
今度は少年――サイトウが恐怖におびえる番だった。自分の呼び出せる人形で強いものはすべて呼びつくしてしまい、あとは”出がらし”しか存在しない。そして先ほど確かに倒したはずの男が、怒りの形相でこちらに迫ってくる。
「お前……よくもディアナさんを! アオイを! 許さないぞ!」
「ひ……ひい!」
サイトウは逃げ出そうとするが、ユウキは目にも止まらぬ速さで駆け、少年の前に立ち塞がる。その速さは横で見ていたシーラもアオイも引くほどであった。サイトウは涙を流しながら、ユウキにひたすら謝る。
「ご……ごめんなさい! ごめんなさい! 僕……そんなつもりじゃ……!」
必死に謝るサイトウを見て、ユウキは振り上げた拳を降ろそうとする。――しかしそれを見た少年は唇を歪めた。
「……死ねええ!!!」
サイトウがスマホをユウキに向けると、ユウキの背後に鎧人形が現れ、剣を振りかぶる。しかしユウキはそのままサイトウの胸を押すように手を伸ばした。
「!!!???」
サイトウの胸を押したユウキはその感触の気味悪さに驚愕する。押した箇所からは骨が砕ける音が腕を通じて聞こえ、サイトウは口から血を吐きながら後ろへ吹っ飛ばされていった。
「そ……そんな……!? そんなに力を入れて押してない……!」
殴って人を殺せる力なんて、自分にあるわけがない。ユウキはその想定を遥かに超えた威力に恐怖し、そして胃から酸っぱいものがこみあげてきた。
「う……ウゲエエエエ……」
ユウキはそのままうずくまり、地面に吐しゃ物をぶちまける。アオイとシーラはその様子を引いた様子で見ていたが、アオイが視界の端に何かを捉え、ユウキに向かって叫ぶ。
「ユ……ユウキ! 見て!」
ユウキは顔を上げ、アオイが指さす方向を見る。その方向は先ほどユウキがサイトウを押し倒した方向であった。そしてその光をユウキも見て呟いた。
「き……消えてる……?」
その光はサイトウが消えていく光だった。サイトウの足元から光が立ち上り、全身を包んでいく。アオイが慌てて駆け寄るが、間に合わずサイトウがこの世界にいた痕跡はすべて消え去っていた。
「だめだ……持ち物も全部消えている……スマホも……」
アオイが一番期待していたのはスマホだった。もしかしたらあれがあればどこかに連絡がとれるかもしれないという希望があったからだ。アオイはそのままへたり込むと、頭を抱えながら独り言を言う。
「……なに? なんなの? エルミナ・ルナ? 異邦人? ギフト能力? ……あいつはさっきクエストとか報酬とか言っていた。……それに私たちを倒すのがクエスト内容だと。……もうなんなんだよ……!」
アオイはうずくまって泣き出した。ユウキはよろよろとアオイの下に向かうと、そっと抱きしめた。励ましの言葉はユウキにも出せなかった。
何もわからなかったからだ。女の子の励まし方も、この世界のことも、自分たちのことも。だけどそれでも、自分がやるべき事は不思議とわかっていた。
この少女は自分が守らなければ、と。




