第10話-②
守護竜エルヴィスは咆哮を上げ、その声量に鼓膜が震える。しかしユウキとコニールは怯むことなく、毅然と立ち続けていた。
「えーと……俺はどうすればいいんですか!?」
ユウキが尋ねると、コニールは守護竜の咆哮に負けないほどの声量で叫び返す。
「簡単だ! とにもかくにもあの守護竜の動きを止めろ!」
守護竜がユウキ達を敵と見定め襲い掛かってくる。10mほどもある巨体が迫ってくるのはユウキにとって初めての経験であり、受け止められることはわかっていても恐怖で身がすくむ。
「ぐっ……!」
しかし自分が避けて何も事態が好転しないことも理解していた。恐怖を理性でおさえ、ユウキは前面に大鎌を構える。
「くそーっ! 来てみろ!」
守護竜はユウキと正面衝突し――互角の力で均衡していた。それを見てマイルズは絶句する。
「ば……バカな……彼は“人間”なのか……!?」
そしてそれ以上に衝撃を受けていたのは守護竜であった。今までちっぽけな“人間”に力負けなどしたこともなく、正面から受け止められたのは生まれて初めてであったからだ。ただ複雑なことを考える知能があるわけでもなく、その衝撃はすぐに怒りへと変わる。そして守護竜の口に魔力がたまり始めた。それを見てコニールは声を上げる。
「ユウキ君! 避けろ!それは……!」
ユウキは咄嗟に飛び退くと、数瞬前までユウキがいた箇所で爆発が起こる。まだ着地できていなかったユウキはその爆風で近くの民家まで叩きつけられるが、壁に“着地”することで難を逃れる。ただしユウキは今の自分の行動に自分自身で驚いていた。
「うおっ!? 俺こんな反射神経良かったっけか!? ……じゃない!なんだあの光線!?」
ユウキが守護竜に向き直ると、守護竜は次の熱光線の準備に入っていた。
「やばっ!?」
ユウキは急いでその場から飛び退く。するとまたそこが熱光線による爆発が起こり、ユウキは爆風に晒されて、爆煙の中ユウキは地面に叩きつけられた。そして3射目が放たれようとした時――コニールが守護竜の足を切りつけ、守護竜は体勢を崩す。
「ぐぎゃああああ!!!」
守護竜の光線は空に向かって放たれ、閃光となって消えていった。しかし守護竜の傷は浅手程度であり、それを見たコニールは舌打ちをする。
「ちっ……! シーラの言う通り、こういう時用の武器がやっぱ必要だったか……!」
守護竜は次にコニールに光線を放とうとするが、ユウキはシーラの下へ駆け寄り、シーラを抱っこしてその場から離れる。そして光線が放たれ、また爆発が起こる。ユウキは光線によって開けられた穴を見ながら言う。
「くそっ……! このままだと町が穴だらけにされるぞ……!」
ユウキはコニールを降ろすと、右手から大鎌を出現させる。
「コニールさん! 速攻でケリをつけたいから、何かアドバイスしてくれ! どうしたらいい!?」
「ど……どうするって……!」
コニールは守護竜とユウキどちらも見た。そして意を決して足を前に踏み出す。
「わかった! 速攻でケリをつける! ユウキ君……真正面から守護竜に突っ込んでいってくれ!」
その指示を受けたユウキは耳を疑い、コニールに聞き返す。
「はぁ!? そんなことしたら……!?」
「いいから! 私を信じてくれ!」
「~~~~! わかりました!」
ユウキはコニールを信じて守護竜へとまっすぐ向かっていく。それを見てコニールはユウキに感心していた。この状況でも文句をグダグタと言わず、すぐに信頼して行動に移してくれる素直さ。それは騙されやすさにも繋がるかもしれないが、美徳でもあるとコニールは思っていた。だからこそ、私はこんな”損な選択肢”を迷わず行えると。
ユウキが守護竜に向かっていくと、守護竜は光線の準備を行う。そしてユウキには咄嗟に考えなければならないことがあった。この光線は”自分でなんとかする”のか”コニールが何とかしてくれる”のか。考える時間は1秒も無かったかもしれないが、ユウキの頭は過去1番でフル回転していた。――そして”自分でなんとかする”方を選んだ。
ユウキはマントを脱ぐとその場で大きく広げて姿を隠す。そしてマントの右側から”何か”が飛び出すと、守護竜は反射的にそちらに光線を放った。そしてその”何か”に光線が直撃し爆発が起こるが――その何かは”煙”のように消え去った。
「よし!」
ユウキはその間にマントを着なおして、守護竜の懐にもぐりこんでいた。今ユウキが”囮”にしたものは、紋章で出現させた大鎌だった。マントで姿を隠し、ユウキの背丈程もある大鎌を囮にすることで、自分の姿を隠しきった。ユウキは先のマイルとの戦いと、この戦いで急速に紋章の使い方を我が物にしていっていた。
「うおおおおっ!」
ユウキは大鎌を再び出現させ、守護竜に切りかかる。しかし守護竜はそれを爪で止める。ユウキと守護竜の力は拮抗しており、先ほどユウキが守護竜の突撃を止めたように、守護竜もユウキの攻撃を止めることができた。
だが大鎌しか攻撃手段がないユウキと違い、守護竜には口から出る光線がある。ユウキが爪と互角の戦いを繰り広げている中、守護竜は光線の準備を進めていた。――そしてそれこそ”コニール”が狙っていたものだった。
「よくやったユウキ君」
コニールは今の一連の動きの中で、気配を隠し守護竜の頭まで昇っていた。そして守護竜の頭から剣を突き入れる。守護竜は雄たけびを上げ頭を振り、コニールはその場から飛び退きながら呟いた。
「……かつて暴虐竜エルヴィスが先代パンギア王に打ち倒され、平伏して守護竜になったというお伽話の中で、頭から剣を突き入れたって話があったな。……だけど、今はもうそれで終わらせるわけにはいかない」
守護竜がのたうち回る中、黒い影が守護竜の目の前にまで現れていた。そしてその黒い影はその身の丈ほどもある大鎌を持ち、背後にある月の光に照らされて、刃が艶めかしく光り、そして振るわれる。――守護竜に恐怖を感じるような心があるかどうか、それをわかる者はいない。だが、その時の守護竜は明らかに死を受け入れたかのように、恐怖で身体が硬直していた――。
× × ×
守護竜が倒れ、ユウキとコニールは息を息を切らしながらも合流した。そしてコニールは右手をユウキに向けて上げる。ユウキは少し考えて、コニールの意図を理解して同じく右手を上げてハイタッチをした。
「よくやったユウキ君。まさか守護竜を倒すなんてな……」
「コニールさんも凄い動きでしたよ。そういやあんま戦ってるところ見てなかったから、あんなに動けるなんて思ってなくて……」
コニールは呆れたようにユウキに言う。
「おいおい。私はこれでも天才剣士で名が通ってる訳でな。魔物との戦いは専門外だけどあれくらいは……」
「兄さーん! コニールー!」
遠くから声が聞こえ、ユウキはその方向に振り向く。
「あの声は……シーラか」
戦いが終わったことで、隠れていたシーラとマイルズ神父はユウキ達の下へ向かってきていた。シーラはキラキラした顔でユウキに飛びつく。
「すごいっすよ兄さん! まさかあんな動きができるなんて……!」
ユウキは気まずそうな顔で返答する。
「い……いや……。俺の力でも無いし、なによりコニールさんが頑張ってくれたから……」
はしゃぐシーラに対し、マイルズ神父の顔は浮かないものであった。そして深刻な面持ちでコニールに声をかける。
「コニール……君は……」
コニールも神父の表情の意味がわかっていた。そして全てを飲み込んだ上で、哀しげな笑みを浮かべながら答える。
「いいんです。……ただもう神父様とは会えなくなってしまいますね」
その二人のやりとりを見て、ユウキは不審に感じた。
「……? どうしたんです二人とも?」
そうこうしているうちに周囲から住民たちが様子を見に来る。
「お……おい何があったんだ?」
「町がこんなボロボロに……!」
「あれ……倒れているのは守護竜エルヴィスじゃないか?」
人が集まり始めてきたのを見て、コニールは顔を俯かせながらユウキに言う。
「よし……早く城に行こう。守護竜がいなくなったことで、おそらくクーデター派はそこに集まっているはずだ」
足早に離れようとするコニールに、ユウキは状況が理解できずに尋ねる。
「え……どうしたんですコニールさん…………痛っ!?」
その直後、ユウキの後頭部に何か硬いものがあたり、ユウキは痛みで頭を押さえる。そして足下に何かが落ち、その落ちたものを見ると、それは小石だった。
「な……なんだ?」
ユウキは周囲を見渡すと、住民たちがユウキ達に対し敵意の目線を向けていた。
「この侵略者め!」
「この町から出ていけ!」
「まさか……コニール様が”裏切る”なんて……!」
思いもよらない光景に、ユウキはコニールに慌てて尋ねる。
「どういうことなんですかこれ!? なんで俺らが敵扱いに!?」
コニールは俯き、暗い表情のままユウキに答えた。
「この国の守護竜を倒してしまったからさ」
その回答を聞いて、ユウキはますます困惑する。
「倒してしまったから……って!? だって町を襲っていたのはあのドラゴンで……!」
「そんな事はあの人たちは知らないし、何より説明したって絶対に信じないだろう。仮に私が向こう側にいたら、間違いなく信じないだろうしな」
ユウキはシーラの方も見る。シーラも同様に暗い表情になっていた。
「この国では守護竜の伝説は子供のころから聞かせられるおとぎ話で、実際に守護竜が魔物や敵国を撃退してきたところを見た人も多い。……だからそれを倒してしまった私たちは、彼らの敵なんですよ……兄さん」
「……そうか」
ユウキはそれ以上は何も言わなかった。そして城へと目をむける。
「……アオイを助けに行こう。今考えるべきはそれだけでいいんだ」
その言葉にシーラもコニールも頷いた。そして住民に物を投げつけられながら、ユウキ達は城へと足を踏み出していく。その様子をマイルズ神父はただ見ていることしかできなかった。コニールはマイルズ神父に疑いの目が向かないよう、目だけ向けて少し頭を下げた。
――だがこのときまだ誰も気づいていなかった。悪意を持った存在がこの場面を影から見ていたことを。




