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第9話-① 必ず前に歩き出す

 ”異邦人”がこの世界に来たのは、記録が残っているもので100年ほど前とされている。その際にこちらに来たのは日本人であり、その時の日本は大正時代であった。しかし、その時転移した日本人は非常に聡明な知識の持ち主であり、その時の最新知識を使い、この世界に多大な発展と文明をもたらした。


 とはいえ当時は滅多に異邦人が来るようなものではなく、20年に1人来るか来ないか、といった頻度ではあった。しかし異邦人が来るたびに、この世界に最新技術の恩恵をもたらした。特に40年前に来た異邦人は”勇者”としての素質があり、世界中に蔓延っていた魔物と魔王を退治して、世界に平和をもたらしたこともあった。


 そして現在。異邦人の転移技術が進歩し、異邦人を今までよりもハイペースでこちらの世界に連れてこれるようになった。それは多くの技術者をこちらの世界に連れてこれるようになった事にも繋がり、この10年で更なる発展を遂げることになった。


× × ×


 アオイとシズクは、クーデター派の拠点の地下室で二人きりで話をしていた。シズクがアオイに今までの異邦人の成り立ちを説明し、アオイがそれを聞いていた。


「……君がパーティーで見たあの”日本料理”の数々も、過去の異邦人がもたらしたもの。そして”異邦人”は今、東大陸の東端にある”シープスタウン”で”国”を作り上げている。私も一か月前まではそこにいた」


「異邦人の……国……」


 その突拍子もない話にアオイは困惑していた。そんなアオイを余所にシズクは話を続ける。


「異邦人の……私たちの目的は、この世界の全てに異邦人の版図を広げること。そのために、まず東大陸一番の強国であるパンギア王国を手に入れに来たわけ」


「……それでなんで私とユウキが狙われなくちゃいけないんです」


 アオイはシズクに尋ねる。


「そんな国盗りとか、この世界の発展とか、私たちは一切関係ないじゃないですか! 一体なぜ……!」


「そんなの決まってるじゃない。”一切関係ないから”よ」



 シズクは近くの机の端をつまみながら言う。


「ここまで来ておおよそは理解してると思うけど……私たち異邦人には”ステータス”と”ギフト能力”という2つの力が与えられていいる」


 そこまで言うと、シズクはつまんでいた机の端を握りつぶす。


「そしてステータス。これはだいたい想像がつくだろうけど、ゲームのRPGみたいなシステムになってるの。”レベル”があってこれが上がると”攻撃力”や”防御力”、他にも”筋力”やら”敏捷性”が上がるっていうね」


「……そしてレベルを上げるには”経験値”が必要で、その経験値を得る方法が”クエスト”ってわけですか……」


 アオイの言葉に、シズクは微笑みながら返答する。


「ご名答。そこまで知ってるわけね。……まぁ君を襲ったサイトウもライオネルもクソバカだったからね……。とはいえ他の奴らも大抵バカだから、私がこうやって謀略を巡らせてるんだけどさ」


 アオイは自分以外を全て見下すシズクを見て、過去のシズクに思いを巡らせていた。あの時も確かに自分をペット感覚で扱ってはいたが、ここまで傲慢だっただろうか? アオイの――結城葵の記憶の中にある鈴木雫は、誰とでも分け隔てなく接する優等生というイメージが強く残っていた。だが、今目の前にいるシズクにその面影を見ることはできなかった。


「……という訳で、君が狙われているのは計画に関係ない”はぐれ異邦人”かつ、倒せば大量の経験値が手にはいるクエストの”討伐対象”だからってこと。君を襲った連中は、それで手に入れた経験値でステータスを上げて、私への下剋上を果たそうとしたのね。……ま、無意味だけど」


「……その”はぐれ異邦人”ってなんなんです?」


 アオイはシズクに対して尋ねる。するとシズクはアオイの胸に手を押し付け、揉みしだいた。


「ひっ!?」


 アオイは反射的に飛び退き、その反応を見たシズクは俯きながら笑う。


「ククク……しかし、本当にこれが”結城君”かぁ……ビックリだよ……まさかこんな”バグ”が起こりうるなんて」


「……バグ?」


「ええそうよ。……はぐれ異邦人とは、異邦人転送装置のバグで生まれる存在。とは言っても、本来はせいぜいこっちに呼ぶ予定だった人と別の人が”連れてこられるだけ”くらいなんだけどね」


 アオイはシズクの言葉の中に、少しの違和感を感じ尋ねる。


「連れてこられるだけ……? じゃあ私は一体……?」


 シズクはアオイを見下しながら答える。


「知らない。だからこそ、私はアンタを”殺さないで”おいてやっているんだけどね」


 シズクはアオイの襟首を掴んだ。


「どういう仕組みか知らないけど、異邦人が分裂するなんて事例は聞いたことがない。……だからこれから君が辿る運命はだいたいわかるよね? 君みたいなクサレ脳みそにもさ」


 シズクはアオイの襟首を掴んだまま持ち上げる。アオイは首が閉められ、両腕は手錠が掛けられて抵抗することもできず、ジタバタと足を振り回す。苦しそうにするアオイを見て、シズクは顔をますます歪めていった。


「苦しい? どう? 息ができない?」


「ひっ……ぐっ……!」


 アオイは遠くなりそうな意識の中、シズクの顔を見た。シズクの目には殺意が――憎しみが燃え盛っており、右手に込められる力がさらに強くなっていく。そして意識が飛びかける直前、シズクの右手から力が抜け、アオイはベッドに向かって投げつけられた。


「げほっ! ぐほっ!」


 アオイは涙目になりながらせき込んでベッドに倒れる。それを見てシズクはますます顔を歪めて、ベッドに倒れこむアオイに覆いかぶさった。


「結城君は控え目に言って、覇気のないもっさい不細工って感じだったのに、女の子になってから随分キレイになったじゃない……ずっるいわ~。何の努力もせずにそんな美人に生まれ変わってさ」


 アオイは両手がふさがって喉も抑えることができず、枯れ声になりながらシズクに尋ねる。


「な……なんで……わだじがなにがじだんでずが……?」


 アオイからの質問に、シズクは少し目を丸くし、そして高笑いをした。


「あっはっはっは! 別に! 君は何にもしてないよ!」


「え……なんで……」


 シズクは怯えるアオイの顔を見て、さらに顔を近づけた。


「ねえ……結城君はもうエッチとかしたの?」


「い……!?」


 アオイは恐怖と恥ずかしさと色々なものが混ざりあって、顔面が硬直した状態でしどろもどろになる。それが示す答えをシズクはすぐに察した。


「へ~……まだしてないんだ。だいたいこっちに来た異邦人は、1週間しないうちにエッチするもんだけどね。特に男は」


 シズクはアオイの首に手を当て、そして力強く締め始める。


「で、男の方の結城君はどうなの!? コニールとか、ロマンディの孫とかやけに女の子にモテ始めてるみたいだけどさ! アハハハ!」


 アオイは首を締められながらも首を横に振る。それを見てシズクはつまんなそうに手を離した。


「な~んだつまんない。てっきり結城君も力に溺れてると思ったのにさ。それで私に肩折られて、心も折られてたら笑えたのに」


 アオイはまたもせき込みながら、シズクの変貌ぶりについて考えていた。――もう5年前と全く違う。異邦人とての力を手にしたから?それとももっと別の理由から?それは尋ねてもいいものなのか? そうこう考えてるうちに、シズクはアオイから離れていった。


「あ~……いい気分転換にはなったかな。ちょっとムカつく事があって、気分をすっきり入れ替えたかったからさぁ。……ま、とりあえず今日でクーデターを終わらせて、明日以降シープスタウンに帰るときに連れてってあげるから。じゃあね」


 シズクはそのまま部屋を出ていき、ドアが閉まると共に鍵が掛かる音が聞こえた。アオイはそのままベッドに横になり、今起きたことを必死で頭の中で整理していた。

 異邦人の成り立ち、自分たちが狙われていた理由、そして――。


「……バグ、か……」


 自分の存在が想定外の”バグ”から生まれたものであるということ。その話が今聞いた話で一番のショックであった。


「私は……一体何者……いや”何物”なの……?」


 ユウキは自分の事を、結城葵の”片割れ”だと信じてくれて、自分にアオイの名前を与えてくれた。そして相棒として対等な存在として接してくれた。だが結城葵が転移して、バグで男と女に別れたとなれば、その”バグ”とは間違いなく自分だろう。


「お母さんは……私のお母さんなの? というより、私は……俺は……何を信じればいいの……?」


 誰も部屋にいなくなり、静寂が部屋を包み込み、アオイは不安に駆られた。心の中にドス黒い何かが染みわたっていき、恐慌が頭の中を支配していく。


「怖い……怖い……怖い……!」


『恐れるのはよくないっすよ』


 そんな中、ある言葉が急に頭の中に流れ出す。アオイはその声に聞き覚えがあった。


「え……シーラ……?」


『魔法を使うときに一番いけないのは、ビビってしまうことです。本気を出すにしても、手加減するにしても、ビビって途中で蓋をしてしまうと、魔力は変な溢れ方をしますから』


 アオイの頭の中に流れているシーラの声は、アオイがシーラに魔法を教わっていた時のものだった。


『まずは落ち着いて、きちんとイメージをすることです。大丈夫です、姉さんならできますよ』


 その声を聞くと、アオイの心の中に広がっていた黒いものが消えていくのがわかった。そして落ち着いて目をつぶると、アオイの脳裏にシーラ、コニール、そしてユウキ達の笑顔が浮かぶ。そして今度は暖かいものが心の中に流れてきた。


「そうか……そうだったんだ……」


 アオイの表情は先ほどの恐怖に支配されたものではなく、柔らかい微笑みに変わっていた。


 ――たとえ私の存在がバグだとしても、私には仲間が、”友達”がいるんだ。

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