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第8話-④

 ユウキは近くの兵士へ向けて思いっきりマントの振り回す。マントは鞭のようにしなり、兵士にぶつかり、そして破裂音が鳴り響いた。


「ぐあああっ!」


 マントでひっぱたかれた兵士は悶絶しながら倒れる。ユウキは兵士の傷の状況を確認する。兵士は叩かれた箇所の服が若干破けているものの、重傷というほどの怪我ではなさそうだった。


(よし……! これなら必要以上には傷つけない……!)


 ユウキは今度はマントを限界まで長く持ち、振り向いてシーラとコニールを捕えている兵士たちに目を向ける。


「うおおおっ!」


 ユウキはシーラ達に当たらないよう、できるだけ上の方を狙って、兵士たちの頭をマントでひっぱたいた。はたかれた兵士たちはその威力に立っていることができず、痛みで悶絶する。その隙にシーラとコニールは脱出する。


「よし!」


「ユウキ君! 私の剣を!」


 コニールは自分の剣の位置を指さす。剣の近くに立っていた兵士は次は自分が狙われることを察し、とっさに剣から離れる。ユウキは即座にコニールの剣の方へと向かった。


「コニールさん! 剣を……!」


 剣を手にしたユウキはコニールに剣を渡そうとする。――しかしその時、さきほど自分が倒したコニールを捕えていた兵士と目が合ってしまった。顔は真っ赤に腫れあがり、耳と鼻と目から出血しており、恨めしそうな目でユウキを見ていた。


「……ひっ」


 ユウキは足元がぐらつく感覚を感じた。――だが今は、あと少しだけは保たせなきゃいけない。ユウキはこみあげてくる胃酸を無理やりに飲み干して、コニールに剣をパスする。そして、入口前にいる兵士たちを睨みつける。その隙に、シーラは倒れているグレゴリーとモモに囁いた。


「叔父さん、モモさん、逃げる準備をするんだ……! 兄さんが突破口を開く……!」


 ユウキはマントを再び振りかぶると、兵士たちは怯えて下がり始める。


「う……うああああっ!」


 下がり始めた兵士たちを隊長格の男は止めようとする。


「ま……待てお前ら!」


 しかし今度はコニールの動きが早かった。即座にその隊長格の男へ、剣に鞘をつけたまま振りかぶった。


「ユウキ君の前だ。殺しはしない。……ちょっとコブは作ってもらうがな」


「は!?」


 隊長格の男は防ぐこともできず、コニールの剣を頭頂部にくらう。そして糸が切れたように意識を失い倒れた。コニールは部屋を見渡し、動ける兵士がいないことを確認する。


「よし……今のうちだ。逃げ出さないと……!」


 シーラとコニールは、グレゴリーとモモに肩を貸して出る準備を進めるが、ユウキは立ち尽くして動けないでいた。そんなユウキの気持ちを察し、シーラがユウキにハンガーに掛かっていた整復を渡す。


「ほら兄さん! 制服!」


「あ……ああ……」


 ユウキは我を忘れたように返事をする。ユウキは制服を見て、日本の事を――母親の事を思い出していた。


× × ×


 結城葵は今まで福岡県の片田舎の町で暮らしてきた。過去に何があったのかは知らないが、父親もおらず、母親はパ―トでずっと生計を立てていた。ユウキはこの世界に対して”ゲーム”と表現をしたが、結城葵の頃はろくにゲームもしたことがなかった。


 ただ母親からの愛情が不足しているとも思ったことはなかった。むしろ母親が母親らしくするために、明らかに無理をしているのはユウキの目からもわかっていたからだ。毎日弁当を作ってくれたし、夕食も一緒に取っていたし、休みの日には親子一緒に過ごしていたからだ。


 だからこそ、結城葵は勉強に、運動に、学校についていけなくても母親から教えられたことは大事にしようと、心に決めていた。


『人の事を思いやれるようになること』


『人を傷つけない事』


 そのことを大事にしようと結城葵は決めていた――。


× × ×


 ユウキたちは何と黎明亭から逃げ出し、シーラが城下町で経営する魔法道具の店に避難していた。店長のみ避難はしておらず、シーラは店長と協力して、怪我を負ったグレゴリー達が横になるスペースを準備していた。


「すまないわね。まさか、逃げ出してなかったなんて」


 シーラは店長に謝る。店長はおよそ40代くらいの男性ではあったが、シーラを上司として敬いながら答えた。


「いいえ。私が逃げてしまったら、この店の商品を守る人間がいなくなってしまいますから」


 シーラは感謝を表情に浮かべながら微笑んだ。


「ありがとう。ちょっと今追跡されてて、この店にある魔力障壁がどうしても必要でね……」


 シーラがこの店に逃げ込んだ理由は、シーラがこの店に仕込んだ”魔力障壁”をあてこんでのものだった。この店は魔法道具を販売する店であるとともに、シーラが様々な”実験”をするための場所でもあり、不要な魔力を検知されて、店に調査に来られないように、魔力を外に検知されない仕組みを施していた。


 異邦人であるユウキとモモが追跡されていると、先ほどの兵士の襲撃で知ったため、確証はないものの、もしかしたら障壁のおかげで感知されないであろうこの店に避難したのだった。


 シーラは店に逃げ込んだ面々を見る。ユウキは”何故か”肩の怪我が治っていたが、完璧に治りきったわけではなく、熱もまだ微熱程度は残っていたため、息を切らしながら腰を落としていた。グレゴリーも兵士に取り押さえられた際に肋骨を折られており、モモも顔にあざができていた。そのためマトモに動けるのは、シーラとコニールの2人だけであった。


 シーラは薬瓶をグレゴリーの下へ持っていく。


「叔父さん。医者は相変わらず手配できないけど、ここまで来れたから魔法薬は用意できる。これから薬を使うから患部を見せて」


 グレゴリーは荒い息を吐きながらも頷く。そして服をめくり、兵士に蹴られた腹部をさらけ出した。そこにシーラは薬瓶の中の液体をかける。するとグレゴリーの患部から煙が上がり、傷がみるみる癒えていく。しかしグレゴリーは顔をしかめていた。


「ぐっ……! いつ使ってもこの魔法薬の治療は慣れん……!」


「仕方ないよ。あくまで”緊急用”なんだから。兄さんも」


 シーラは今度はユウキの下へ向かう。そしてユウキの上半身を衣服を脱がしていく。ユウキは今のグレゴリーの治療の風景を見て、怯えながらシーラに尋ねた。


「な……なんなのそれ……?」


「これ? これはですね。回復魔法の魔力が込められた魔法薬です。兄さんはお祖母ちゃんが回復魔法で怪我を治す様子を見ていたでしょう? あれを持ち運びできるようにしたものです」


 ユウキはグレゴリーを改めて見る。グレゴリーは未だに腹を抑えて荒い息を吐いており、明らかに治っているような様子ではなかった。


「なんかグレゴリーさん滅茶苦茶苦しんでいるんですけど!?」


「あくまで緊急時用のものなんで、その辺はしょうがないっす。ちゃんとした魔法使いなら痛くしないようにできるんですが、あくまで魔力が込められた薬なだけなんで……。あ、でもこれめっちゃ高いんですよ?1000リンくらいはするんですから……」


 ユウキは痛みとは違う恐怖からの脂汗を流しながら必死に首を振る。


「ま……待って! 値段とか今聞いてない! ちょ……ちょっと辞め……!」


「まぁ10分くらい痛いですが、男の子なんで耐えてください」


 シーラはユウキの肩に薬を垂らす。


「あっ、ちょっと、待っ……うぎゃああああ!?」


 薬を垂らされたユウキは肩の痛みに悶絶するが、シーラはあっけらかんと言い放った。


「あんま声出すと外にバレるから、できるだけ抑えてくださいね」


× × ×


 ユウキ達を逃がしたアオイは、クーデター派に捕えられ、城下町にあるクーデター派の拠点の地下室に監禁されていた。”瞬間移動”の能力もバレており、『左手で触って右手の先に飛ばす』ことができないよう。手錠を掛けられた上で手をタオルでがんじがらめにされて、両手の自由がふさがれていた。


「こんなことで簡単に能力を封じれちゃうのね……」


 アオイは自分でも想像がつかなかった能力の封じ方に感心していた。左手で触れさせなければあっという間に無力化されるとは思ってもいなかったからだ。


 手が使えないと水と食事も困難ではあるのだが、その辺りは配慮されているのか、犬の餌用の皿が机の上に置かれていた。


「配慮って言っても、人間らしいもんじゃないけどさ……」


 アオイは肩を落としながら呟いた。そうこう過ごしていると、部屋のドアが開けられる。


「誰!?」


 アオイは入ってきた人物に名を尋ねると、その人物が下品な笑い声をあげた。


「誰って……お前は俺の名前を知っているだろ?」


 アオイはその声を聞いてゾッとし、冷や汗が身体を伝う。


「まさか……パーティーで会った……」


 入ってきた男――インチは下卑た笑みを浮かべながら言った。


「そうだよ。インチだ。お前と同じ、日本から来た異邦人だよ」


 インチはアオイに迫っていき、アオイは恐怖を感じて部屋の奥まで下がっていく。


「な……何しに来たの!?」


「何って……同じ異邦人同士、親睦を深めに来たんじゃねえか……」


 アオイは今は”女”ではあるが、元”男”の直感として――自分が今晒されている危機を察し、恐怖の声を漏らした。


「やめてーっ! 来ないでーっ!」


 アオイを追い詰めたインチは、アオイの胸を揉みしだく。


「へへ……! 元男って聞いた時はビビったが、身体はちゃんと女じゃねえか……!」


 インチは自分のアオイの衣服に手をかけ、ビリビリと破る。


「こっちで色んな女を抱いたけどよ……! TSしたやつっていうのは初めてだからソソるぜ……!」


「おい」


 自分のベルトに手を伸ばしたインチの肩に、後ろから手がポンと置かれる。その声を聞いたインチは動きを止め、恐る恐る後ろに振り向く。


「う……ボ……ボス……!」


 インチの肩を掴んでいたのはシズクだった。シズクの額には血管が浮かんでおり、表情には笑みが張り付いてはいたものの、”怒り”が誰の目にもわかるものであった。


「私はお前に、そんなことをしろと指示をしたか?」


「い……いえ……」


 インチの顔中から脂汗が大量に流れていた。シズクがインチの肩を思いっきり握ると、そのまま壁に投げつける。インチは抵抗もできず壁に顔面からぶつかり、鼻血を出しながら顔を上げた。


「す……すみませんボス……!」


 謝るインチに、シズクは冷徹な目を向ける。


「誰が謝れって言った? ……私はお前になんて指示したか覚えてる?」


「ひっ! わ……わかりました!」


 インチは急いで部屋から出ていく。アオイは目の前で起きた出来事に放心しながらも、シズクに礼を言った。


「あ……ありがとうございます鈴木先輩……」


 シズクの名を呼ぶアオイ。しかしシズクがアオイに向けた表情は、先ほどのインチに向けたものよりもさらに険しいものだった。


「……うるせえよ」


 シズクは部屋の入口まで行き、外にいたと思われる兵士に何かを囁く。そして扉を閉めると、改めてアオイの前に行き、近くから椅子を手に取ってそのまま座った。


「さて……ようやく落ち着いて話せる時間ができたわね。……話しましょうか、これからあんたが辿ることになる”運命”ってやつを」

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