第8話-③
夕日が落ち始めた頃、黎明亭にいるユウキ達は項垂れてそれぞれ椅子に座っていた。宿屋自体も今日は臨時休業となっており、グレゴリーとモモも安全のためにシーラの部屋に集まっていた。グレゴリーとモモは、肩の骨折から熱を出しているユウキの看病を行っていた。
「熱が下がらないな……。お前のツテで何とかして医者を呼べないのか?」
グレゴリーはシーラに尋ねるが、シーラは力なく首を横に振った。
「すでに試してる。この異常事態で町の住民の方にもけが人が続出してて、そっちに駆り出されてる。うかつに呼んだら兵士に追跡されかねないしね」
シーラの言葉はどこか投げやりな感情が含まれていた。グレゴリーは半年前に会った姪の事を思い出していた。今のシーラはあの頃のように戻りかけていた。
「おいシーラ……」
「何?」
グレゴリーはシーラを注意しようとすると、シーラはそれを察したのかあからさまに不機嫌な態度をグレゴリーに示した。それに対しグレゴリーは注意をする。
「なんだその態度は! お前が不貞腐れてどうすんだ! 今苦しんでるのはユウキの方だろう!?」
シーラは機嫌をさらに悪くし、グレゴリーに怒鳴り返す。
「何!? 叔父さんが何をわかるっていうの!? 私は一生懸命やってるの! それなのに文句を言われる筋合いは全くないんだけど!」
言い争いをする二人を余所に、コニールは全く注意をする気も起きなかった。コニールもコニールで疲れ切っており、その気力が一切わかなかったからだ。――だからこそ、普段なら気づけることに気づけなかった。
コニールはふと気になって外を覗き見る。すると店の周囲で兵士たちが慌ただしく動いている。最初は単に移動をしているだけだと思っていた。しかし兵士たちは”ここ”を囲むように動いていることを察し、ようやく頭が回り始める。
「しまっ……!」
コニールは自分の顔を一回思い切りはたき、正気を無理やり取り戻した。
「やばい! 囲まれている! 何故だ……!? 何故この状況で私たちを……!?」
シーラも我に返り、ベッドで寝込んでいるユウキを見た。
「兄さんだ……やつらは兄さんの居場所を追うことができるんだった……!」
部屋の扉が蹴破られ、兵士たちが8人ほど部屋になだれ込んでくる。そして隊長と思われる男がコニール達に言う。
「大人しくしろ! この宿屋はすでに包囲してある!」
コニールは部屋の脇に置いてあった剣を見る。すでに兵士たちに剣は抑えられてしまい、コニールは丸腰のままとなっていた。
(くそっ……! 油断しすぎた……! 逃げ切ったと思ったのに、まさかここまで追ってくるなんて……!)
コニールは大人しく手を上げ降伏する。グレゴリーやシーラも同様に手を上げ降伏した。そんな中、モモはユウキの看病を続けていた。兵士たちは何故か自分たちの方を見ないモモに対し、力づくで言うことを聞かせようとする。
「おい! 大人しくしろと言っているのが聞こえないのか!」
兵士たちに引っ張られる中、モモは兵士たちに反論した。
「でも……ユウキ君はまだ熱があるんだよ!?」
「知るか!」
兵士は起こってモモの顔面をひっぱたく。モモは地面に倒れ、グレゴリーは起こって兵士たちに向かって叫んだ。
「モモ! ……何をするんだ貴様らぁ!」
グレゴリーは兵士たちに向かおうとするが、流石に兵士相手には敵わずに、3人ほどに掴みかかられ、組み伏せられてしまう。
「く……くそっ……!」
「動くなと言っただろうが!」
兵士の一人はさらにグレゴリーへの押さえつけを強くし、腹に蹴りを入れる。
「ぐはっ!」
グレゴリーは反吐を床に吐き悶絶する。それを見てモモは兵士たちに向かって感情的に叫んだ。
「なにするの!? やめてよ!」
「うるさい!」
モモは握りこぶしで殴られ、地面に倒れる。殴った兵士は息を荒げながらモモに唾を吐く。
「ぺっ! そもそもお前が言うことを聞かないのがいけないんだろうが! この愚図が!」
「やめ……!」
コニールは動こうとするが、コニールの背後にいた兵士がコニールの腕を捻り上げる。そしてコニールの胸をいやらしい手つきで揉み、耳元でささやいた。
「まぁ待ってくださいよコニール様……。あなたは後で充分楽しませて上げますから……!」
コニールは兵士を睨みつけながら、別の事に考えが向いていた。
(やはりこいつらの練度は相当に低い! ということはマズい……! ここで強く抵抗したら、こいつら加減を知らずに手を上げ始めるぞ……!)
コニールはシーラの方にも目を向ける。シーラも同じく兵士からセクハラを受けていた。しかしシーラもコニールと同じ考えなのか、涙目になりながら過度の抵抗をしていなかった。そんな中、隊長格の男が兵士たちを諫める。
「止めろ! 私たちの任務は、はぐれ異邦人”たち”の回収だろう! 今はまず二人の回収が先だ!」
その隊長格の男の言葉を聞いて、シーラは大きな違和感を抱いた。
(はぐれ異邦人の”回収”!? それに”たち”だって!? ……となるとまずエドワード王子の命令じゃないし、何より兄さんだけじゃない!?)
シーラは床に倒れているモモを見た。
(そうだ! 忘れてたけどこの女も”異邦人”だった! ……でも、だからどうだっていうの……)
シーラはすでに抵抗の意志は無かった。コニールも捕えられ、ユウキも怪我で動けないこの状況で、打てる手なんてもう何も思いつかなかったからだ。それはコニールも同様であった。コニールも自分たちの詰んでいる状況を認識していた。
(4人だけで何とかしようなんて、考えたことが思いあがっていたのかな……。というか私は何のためにこんな目にあっているんだろうか……)
兵士の一人がベッドで寝ているユウキを起こそうと、剣を突きつける。
「おい! 起きろ! 聞こえないのか!」
しかしユウキは起きず、兵士は癇癪を起こしユウキの襟首を掴んだ。
「起きろと言っているんだ!」
しかし次の瞬間、その兵士は窓から外に投げ飛ばされた。シーラの目の前を兵士が飛んでいき、シーラは思わず声を漏らした。
「え」
それはシーラだけでなく、部屋の中にいた全員が同じ感想をもっていた。現実を疑う出来事に、部屋内が静まり返り、沈黙が流れる。そして外で宿屋を囲んでいた兵士たちが、落ちてきた兵士に群がり始めた。
兵士を吹っ飛ばした本人――ユウキはベッドからゆっくりと立ち上がる。上半身は半裸の状態で、肩に包帯が巻かれて見た目は重傷人であった。
だが先ほど起きた出来事からまだ部屋の誰も立ち直っておらず、その動きを全員が手を出す事もなく注視してみていた。そしてユウキは近くのハンガーラックにかけられた自分のマントを手に取る。
「……今からすることは”実験”だ」
ユウキは手に持った手に持ったマントを思いっきり一振りする。強風が巻き起こり、部屋の中の気流が乱され、辺りの家具が散乱する。そのあまりの威力に、兵士たちは冷や汗を流し、全員が一歩後ろに下がった。
「……俺が考えた、できるだけ人を傷つけない、不殺魔法に頼らない戦い方。とはいえ練習は一回もしてないし、なによりバカな俺が考えた程度の事だ。どっかで間違ってるかもしれない」
ユウキは倒れているモモとグレゴリーを見る。
「だけど……お前らはモモさんを不当に傷つけた。グレゴリーさんを必要以上に痛めつけた。シーラとコニールさんに手をだした!」
ユウキは左肩を固定していた包帯を力ずくで外す。そして骨折しているはずの左肩をグルグルと回し始めた。
「くッ……! まだ少し痛いけど動かせる……!」
ユウキは深く深呼吸をすると、マントを前面に構えた。
「お前らは許さないぞ! 多少の怪我くらいは……覚悟してもらうからな!!!」




