第8話-②
城から命からがら逃げたユウキ達は、なんとか黎明亭のシーラの部屋にまで戻ってきていた。戻ってくる頃には夕方になっており、シーラもコニールも疲れ切っていたが、コニールは町の様子を見に行くと言って外に出て行っていた。
残されたユウキは、ベッドの上でグレゴリーに肩の様子を診てもらっていた。逆側に曲がっていた肩を整復し、三角巾で肩を固定してようやく応急処置が終わった。
「この怪我で、よくここまで逃げてこれたもんだ。完全に肩が外されてる上に、骨折までしていたからな……」
ユウキは痛みで半泣きになりながらグレゴリーに礼を言う。全身から大量の脂汗が流れており、顔はやつれきっていた。
「あ……ありがとうございます……」
グレゴリーは医術の心得があり、そのおかげでユウキの肩を治療することができた。しかし魔法は使えないので、肩をハメなおす際は痛み止めを飲んだうえでの治療となったが、それでもユウキはこの10分の間、地獄を見るハメになっていた。
「クソ……痛い……痛い……」
ユウキはそのままベッドに倒れこむ。グレゴリーはユウキの額に濡れたタオルを置いた。
「よく頑張ったな。あとは炎症を抑える薬を飲んで、ゆっくりするんだ」
グレゴリーは部屋の中央の机に向かい、置いてあったお茶を一口飲む。そして窓際で外を眺めていたシーラにも、お茶を渡してやった。
「ほら、お前も少し休め。朝から動きっぱなしなんだろう?」
シーラはお茶を受け取るが、口は付けずに返答した。
「うん……。わかってる。だけど休むも何も言ってられる状況じゃないけどね……」
城下町は未だに混乱が続いていた。クーデター派の早期制圧で終わると思ったこの争いも、パンギア王家を守る守護竜が現れたことで形勢が変わってしまっていた。現体制派が勢いを取り戻し、各地でクーデター派と競り合いを起こしている状態となっていた。
「この混乱もあとどのくらい続くんだか……」
部屋のドアがノックされ、シーラ達がドアを振り向くとドアの向こうから声が聞こえた。
「私だ。コニールだ。入るよ」
ドアを開けて入ったコニールを、グレゴリーがお茶を持って出迎えた。
「おかえりなさい。コニール様」
コニールはお茶を受け取ると、笑顔で返事を返した。
「ありがとうございます。グレゴリー殿」
コニールはソファーに腰を下ろし、そして深いため息を吐いた。
「はぁ……。外を見てきたけど、どうやら事態はかなり泥沼になってきているようだ」
「何があったんです?」
訪ねてきたグレゴリーにコニールは疲れ切った顔で答えた。
「……クーデター派が民家から物資を強制徴用している。……平たく言えば略奪だ」
それを聞いてシーラもコニールに顔を向けた。
「なんですって……!?」
「クーデター派も統率が取れた一枚岩ではないってことだ。頭数だけそろえるためにならず者もかき集めたらしく、この混乱状態に乗じて火事場泥棒を行っている……!」
× × ×
エドワード王子率いるクーデター派は一旦城から撤退していた。元々クーデター派の計画は守護竜が城下町に到着する前に王を捕らえるか、もしくは守護竜を異邦人の手によって排除させるというものだった。
しかし突然の闖入者により守護竜到着前に王を倒す計画は失敗し、異邦人もその闖入者の手によって分断されてしまったことで、撤退せざる得ない状況となっていた。元々短期決戦予定だった事と、事前に食料などを準備してクーデターの動きを察知されることを懸念していたこともあり、1日以上続くことを想定した装備ではなかった。
そのため兵士たちは略奪に走った。しかも城に再び攻めようとするエドワード王子と、略奪を始めた兵士側で明らかな命令系統の混乱が生じており、制御不能の暴徒と化していた――。
× × ×
そしてクーデター派が城から撤退したことによって発生した弊害がもう一つあった。
シズクは町中を駆けまわっていた。シズクがアオイの手によって王子と分断されたことは、本当はクーデターにおいてさしたる問題ではなかった。しかし守護竜が城を破壊したことにより“ある部屋”が破壊されたのが致命的であった。
シズクのスマホの着信音がなり、スマホは電話を取る。
「もしもし?」
『俺だ、インチだ』
「わざわざ電話をしてきたってことは“アイツ”の居場所がわかったんでしょうね」
『ああ、時計台の裏だ』
シズクは近くの民家の壁を駆けあがり、屋根へと上る。そして周囲を見渡して時計塔を探した。
「あれか……!」
走って5分ほどの距離の場所に時計台を見つけ、シズクは屋根を駆けて向かっていった。
× × ×
時計台の下で、女性が一人逃げ回っていた。
「ひ……助け……助けて!」
逃げる女性の後ろから、坊主頭の青年が追いかけていた。
「へ……へへへ……いひひ……!」
その青年――タカシは顔を醜くゆがませながら女性を追いかける。タカシはシズクによって城に監禁されていたが、先ほどの守護竜が城の一部を破壊した際に、タカシの部屋を壊していた。そしてタカシは本能的に部屋から脱出し、狼藉を働いていたのだった。
女性がタカシに捕まり、地面に組み伏せられえる。
「へへへ……! せっかくこんな力を手に入れたんだ……! なのにみんな、自分たちだって好き勝手やってるのに、僕だけ除け者にしやがって……!」
女性の服に手が伸ばされ、女性は泣きながら懇願する。
「やめて……やめてよお……!」
女性の泣き顔を見て、タカシの顔がますます歪む。
「ぐひひ……あ~……いい……!いいぞ……!」
「よくねえよクソバカ野郎」
タカシは背後から聞こえた声に驚いて振り向くと、タカシの顔面にパンチが一発入る。
「あ~……! マジでこいつ人の話聞かなくてムカつく……! 勝手に動くなっていったじゃん!」
シズクが間一髪の所で追い付いて、タカシの顔面にパンチを入れていた。タカシは涙目になりながら喚き散らす。
「なんで俺ばっかりなんだよ! 他のやつらだってやってるだろ! そもそもお前だって!」
シズクは慣れたものとばかりにタカシの妄言を無視する。
「適当に喚いてろよ。どうせあんたは人の話を聞かないんだから。ノータリンのバカに言う言葉は無いし、単に殴ってしつけるだけだから」
「うるせえええええ!!! バカって言うなーーー!!!」
タカシはシズクへ向かっていく。そのタカシを見てシズクはため息をついた。
「はぁ……マジでアンタ以上のバカを、向こうの世界含め今まで見たことないわ……。本当に人の話を聞かないし、考える知能も無いのね……」
シズクはタカシの腕を掴むと、膝を思いっきりタカシの腹にねじ込む。
「ぶぐっ!?」
シズクはそのままタカシを腕を取ったまま、後方に思いっきり投げ飛ばす。
「回転投げ」
投げ飛ばされたタカシは、受け身も取ることもできず石畳に叩きつけられる。痛みで悶絶するタカシの腕をシズクはまだ握っており、そのまま足を上げた。
「ったく……私の能力を何度も説明してやったでしょう? ”同調能力”。私の”ステータス”とアンタのステータスを同じにする能力。これがある限り、私は絶対に負けないって」
シズクはタカシの側頭部を思いっきり踵で踏みつける。メキャッ!という鈍い音が響き、タカシは動かなくなった。そしてシズクはタカシの腕を離すと、スマホをポケットから取り出す。
「もしもし? マイル?」
『どうしたボス? タカシをやったのか?』
電話先の相手はマイルだった。
「ええ。このバカまた懲りずに女性を襲ってたみたい。とりあえず止めたけど」
『……このバカが本当に計画に必要なのか?』
「しょうがないでしょう? 私たち”第三世代”と違って、こいつは”第五世代”なんだから。そもそもの作りから違うのよ。それにこの計画用に能力も”調整”してある。それともあんたがあの守護竜をヤる?」
シズクに詰められ、マイルは電話越しでもわかるほどに狼狽して答えた。
『そ……そうだな。俺じゃ無理だ……』
「あと」
シズクは感情を消した冷徹な声で続けた。
「あんたとヤードが抜け駆けして結城君を襲った件、そしてヤードが無様にやられた件、まだあんたから責任の取り方を聞いてないけど?」
『う……すまない……』
「あんた今年で26じゃなかった? それが社会人の謝り方?」
『…………申し訳ございませんでした』
シズクの顔が醜く歪む。
「そう、それでいい。……じゃあ私からの指示をあんたに出す」
『指示?』
「そのあんたが仕留め損ねた結城君だけど、今は肩を骨折する重傷を負ってる。……そしてあの子が避難している先には別のはぐれ異邦人もいたはず」
『まさか……』
「ええ。これを機に、町にいるはぐれ異邦人を全員殺す。私が……”異邦人”が求めていた”例のもの”は手に入ったから。……完全な偶然だけどね」
シズクは電話を切ってポケットにしまう。そしてタカシに襲われ、端で怯えて震えていた女性に優しく声をかけた。
「迷惑をかけたわね。こいつは私が連れていくから、あなたも逃げるといいわ」
シズクは女性に金を渡す。
「これは迷惑料。……あとクーデターを起こしている側に”シズクから”って名前を出せば、確実に保護してくれるわ。……今となってはアイツらも危ないからね」
女性は無言で頷くと、駆けて逃げていった。シズクは女性が去っていったのを確認すると、タカシを抱え上げた。しかし脂の腐ったような臭いに顔をしかめる。
「うわっ……くさっ……。こいつちゃんと風呂入ってんの?そりゃあの女性も逃げ出すわ」
シズクはエドワードとの合流地点に向かって走っていった。そして夕日は沈み始め、夜の帳が降りようとしていた――。




