第7話-④
「エドワード……!」
ルシアン王は甥であるエドワード王子に対し、恨めしい思いを全く隠さずにその名を呼んだ。対してエドワードは嘲るようにルシアン王に言い放つ。
「叔父上……。あなたにはその王冠は重すぎる」
エドワードの周りにいた部下たちは周囲の衛兵たちに剣を向ける。衛兵たちも対して剣を抜くが、形勢はあからさまに不利であり、またそのやる気も低かった。エドワードはルシアンが載せている王冠を指さす。
「それは本来私のものであるはずだった。だが、貴方は自身の無能さを逆に利用する形で、その王冠を奪い取った。……だが、その枯れ枝のような首では、その王冠を活かすことはできぬようだ……」
「だ……黙れ! そもそもお前が!」
ルシアン王は焦点定まらぬ目で、エドワードに怒鳴り返す。
「お前が! 他国への侵略戦争を計画しなければよかっただけだ! 私は! 平和の為に兄上から王座を引き継いだまでだ! そうだ! 平和こそ兄上の意志だった!」
「平和の為!? ははは素晴らしい大儀だ叔父上!」
エドワードは唇を大きく歪ませた。
「その平和によって国に何をもたらした!? 町に溢れる大量の失職者!? 景気を悪化させるだけの現実を見ない重税!? そしてそれらによって得たのはその豪華絢爛の虚飾だけか!? 素晴らしいじゃないですか叔父上……! 感謝いたしますよ……!」
エドワードは剣を抜き、ルシアンに突きつける。
「それらをそっくりいただくことで、私は何一つ責を負わずにそれらの財産を手に入れることができる……! もうすでに貴方を慕う民も、兵も、何もかも存在しない! そして私は! 民衆からの支持を得て! この世界をパンギア王国の下にまとめるのだ!」
ルシアン王と、エドワード王子の間に挟まれたコニールは、このやりとりのど真ん中に位置してしまっていた。全く関係もなく、関わりたくもない話の中、コニールは無関係を装ってしれっと離れようとする。
「あの……じゃあ、あとは頑張って……」
だがエドワードはコニールにも目をつけていた。
「そしてコニールよ……! 今ここで私に忠誠を誓うのであれば、お前を私の妃、王妃にしてやろう!」
「はぁ!!!???」
コニールは突然の提案に我を失い声を上げた。
「貴様のような女をここで失うのは惜しい……! それに貴様も民に慕われ、そしてその剣筋は私の次期王子に継がせるに相応しいものだ……!」
コニールは慌てて手を横に振った。
「いやいやいやいや!? 私にやんごとない血筋なんて一滴も入ってないですし、なによりそちらにいるはずのウェイン王宮騎士の”お手付き”なのは、王子も知っているでしょう!?」
エドワードは全く動じずにコニールに返答する。
「ふ……むしろ孤児出身の女騎士が王妃になるなんて夢物語の方が、民衆からの支持を得られるだろう? それにウェインにはすでに話は通してあるし……なにより王家の人間は別に妃の男性遍歴なんて気にもせんよ。王家とはそういうものだからな」
――やばい本気だ。コニールはエドワードの言葉に嘘偽りが無いことを、その口調から察していた。ルシアン王と違い、エドワードの口調には人に信じさせる力強さがあった。
「さぁ、どうする?」
エドワードはコニールに手を伸ばす。――この手を取ってしまえば王妃になれる。教会の前に捨てられた孤児のサクセスストーリーとしては、童話ですら夢物語と断じてしまうような、目のくらむような成功が目前に迫っていた。コニールは人間として当たり前の欲求から、手を伸ばすかどうか迷っていた。
――しかしそれを決断する時は訪れなかった。クーデター派が多数いる扉の奥から、何か”音”が聞こえてきたからだ。それはまだ小さい音だったが”ぎゃあ”や”ぐえっ”といった”人のうめき声”のように聞こえた。
「どうした!?」
エドワードは近くの兵士に尋ねる。しかし兵士たちも何が起こっているのか理解ができず、誰も答えられなかった。そうしている内に音はどんどんと大きくなり始め、呻き声の他にも何かの打撃音が加わってきていた。
「どうしたと言っている!」
エドワードは廊下にいる兵士を一人捕まえる。すると兵士の顔には大量の脂汗が浮かんでいた。その兵士は怯えた顔を浮かべ、恐慌状態のまま呟いた。
「あ……ありえない……人が……”飛んでいる”?」
エドワードは自分も廊下に出て音の方向を見る。すると、廊下で兵士たちが四方八方に壁や天井に叩きつけられていた。そして、その波は徐々にこちらに向かってきていた。
「な……なんだ!?」
エドワードが叫んだ瞬間、黒い影が自分の横を通り過ぎる。そしてその影はコニールの前にたどり着くと動きが止まった。
「よかった……! 間に合った……!」
その影――全身黒いマントに、顔が見えないくらいフードを深く被ったその姿は、まさに”影”そのものだった。そしてコニールはその”影”の正体に確信があった。
「まさか……ユウキ君か!」
ユウキは振り向いて、コニールに笑みを向ける。
「なんか凄い土壇場だったみたいですね。……でも、もう大丈夫です」
ユウキの右手には剣が握られていた。それを見てコニールはユウキに尋ねる。
「剣……? しかし君は、他人を傷つけることができないはずでは……!?」
「いやぁ……まぁ今でも殴ったりとかは勘弁願いたいですけどね。……だけど、シーラが俺向きの武器があるって、案内してくれたんです」
「君向きの……武器?」
突然現れた闖入者に、エドワードは額に血管を浮かべながら叫ぶ。
「何者だ貴様! 兵士たちよ! こいつを囲め!」
ユウキの周りを10人以上の兵士たちが取り囲んだ。それぞれが剣を抜いており、ユウキが不穏な動きを取れば、すぐに切りかかれる体勢を取っていた。ユウキはコニールの手に剣が握られていないことを見ると、コニールに向かって叫ぶ。
「コニールさん! 下がっていてください!」
ユウキが叫んだことで、兵士たちの緊張の糸が切れ、隊長と思わしき人間が号令をかけた。
「かかれーっ!」
兵士たちが一斉にユウキに向かっていく。しかしその瞬間、廊下から別の兵士が現れ、飛び掛かる兵士たちに向かって叫んだ。
「だ……だめだー! そいつは! そいつはぁぁぁ!!!」
次の瞬間、兵士たちが全員後方に吹っ飛ばされていた。何が起こったのか、エドワードも、周囲の兵士も、コニールでさえもわからなかった。正確に言えばコニールには”見えては”いたが、何が起きているのか理解ができなかった。
「一体……何が……!?」
「”不殺魔法”だよ」
「うわっ!?」
コニールは突然背後から聞こえた声にビビって飛び跳ねてしまった。そこにはニヤニヤと笑うシーラと、申し訳なさそうな顔をするアオイがいた。
「なっ……!? 君たち!? どうやってここに!?」
コニールに質問に対し、シーラは背後の壁を指さした。
「お前の従者のマリーさんから聞いたんだよ。お前が玉座の間に云ったって言うのと、玉座の間への隠し通路があるって。だから兄さんに正面の兵士を散らしてもらって、どさくさで私たちが隠し通路から来たんだが……というかこんな通路あんならなんでお前は真正面から行ったんだよ!」
「そ……それは、王へ危害を与える気がないことを示すために、正規の手続きを取ってだな……。というか今はその話じゃない! ”不殺魔法”だって!?」
――シーラの言った不殺魔法。それはコニールもよく知っていた。主に兵士の訓練で用いられるもので、剣に不殺魔法をかけることで、切れ味を失わせ、かつ殴っても魔法がクッションになって必要以上のダメージを与えないというものであった。
「私も不殺魔法がかかった剣で訓練したことはあったが、それでもあんな風にはならなかったぞ!?」
コニールが見たものは、ユウキが10人の兵士に対して剣を振ると、全員がその威力で吹っ飛ばされていっていたというものだった。コニールの経験上、不殺魔法がかかった剣で他人に攻撃しても、あそこまでの威力を発揮した事例は見たこともなかった。
「そりゃあ、兄さんが”異邦人”だからでしょう。あの剣自体は私が城に侵入する際に、訓練場からかっぱらったものだから、特別な魔法がかけられてるとかは一切ないよ」
「そんなことが……!」
コニールはなおも信じられないとばかりにユウキの持った剣を見るが、形状や刻印からいって、訓練場のものであることは間違いなかった。一旦の危機が去り、ユウキはコニールに尋ねる。
「すみません……今一体どういう状況なんです……? パッと見る限り、追い詰められた王様と、王手を掛けたクーデター側ってイメージなんですけど、あの怖そうで偉そうな人は一体……。さっき通り過ぎた時も怖かったんで攻撃しなかったんですが……」
ユウキはエドワードをチラ見しながら言った。その質問にコニールは目を丸くすると、苦笑しながら答えた。
「アッハッハ!……あれはクーデター派の首魁であるエドワード王子だよ」
コニールは気を取り直すと、立ち上がりながらユウキに言った。その顔はさきほど妃に誘われた時のような悩みの感情が全くない、すがすがしいものであった。
「そして今私たちがすべきことは簡単だ……とにかく”逃げる”ことだ」
「そんなことさせると思う?」
急に女性の声が聞こえ、コニールはシーラに目をむける。シーラは自分のものではないと首を横に振った。しかしシーラの横にいたアオイはその”聞き覚え”がある声に冷や汗を流していた。そしてその声はユウキにも聞き覚えがあった。
「まさか……!?」
廊下の兵士たちの間をかき分け、女性が一人姿を現した。その女性はユウキに見覚えが――いや、よく知った顔であった。ユウキはその女性の名を口に出す。
「鈴木……先輩……!」
シズクは両手に指ぬきグローブをハメており、臨戦態勢を取っていた。そしてかつての後輩に向けるものではない――”敵”に対して向ける目をしながらユウキに言う。
「戦う前に少し教えておいてあげる。私の異名は”異邦人キラー”。……君が異邦人である限り、私は絶対に負けることはない。そう、亀がウサギに50m走では勝てないくらいに確実に……ね」




