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第6話-③

 夜も更け、コニールが宿屋に帰ってきた。ユウキもすでに部屋から出ており、コニールが部屋に入った段階ではアオイとシーラの二人だけになっていた。部屋に入ってきたコニールに、アオイは声をかける。


「あ、おかえりなさい」


「ただいま……って何やってんだ君たち」


 アオイとシーラは勉強机に向かって、何やら分厚い本を開いて読み込んでいた。


「ああこれですね。シーラに魔法の使い方を教わってるんです」


「魔法?」


 コニールも今開かれているページを覗いてみる。するとそこには初級の火炎魔法の説明が載っていた。


「でも魔法って、戦いに使うのには免許が必要じゃなかったっけか……?」


 このエルミナ・ルナでは、魔法は一般的に普及しており、火を起こしたり物を冷凍したり、農業や漁業その他諸々に広く使われている。しかし日本でもガソリンを扱ったり、医療行為をするために特定の知識と免許が必要なように、エルミナ・ルナでも魔法を専門的に使うには免許が必要になる。そしてその免許は魔法学校を卒業しなければ得られないものだった。


「まぁ、そんなみみっちい事気にしてられる状況じゃないだろ。……だいたいこの魔術書はおばあちゃんからアオイにって送られたものだし。何かあったらおばあちゃんの名前を出せば問題ないって」


 シーラの言葉にコニールは渋々うなずいた。


「それはそうだが……。それにしても魔法ってただ本を読んだだけで使えるようなものだったか……?」


 アオイは開いている窓に向け、右手を向けた。


「ファイエル」


 火炎の初級魔法を唱えはするが、右手からは何も出ず、ただ気まずい空気が部屋を流れた。


「ははは……コニールさんの言う通り、さっぱりなんです……」


「私も使えたらいいな、で少し勉強したけど、ダメなクチだったからな……。とりあえず無理しない程度に頑張ってくれ。……ちょっとお風呂入ってくる」


 コニールは浴室に向かっていき、部屋は再びアオイとシーラの二人になった。


「……でも、コニールさんの言う通りだよなぁ。私に魔法の才能なんて本当にあるのかなぁ」


 アオイが魔法の勉強をしている理由は、シーラの説得によるものだった。もし異邦人との戦いや、魔物と遭遇した時に、ユウキの力やアオイの瞬間移動の能力だけに頼るのではなく、引出しを他にも用意した方がいいとの判断であった。それはシーラの祖母、ディアナも同じ考えてあり、旅の前にアオイに魔法を教えるために魔法を使えるようになるための魔導書を渡されていたのだった。


「大丈夫ですって。おばあちゃんが姉さんに魔法を教えろって言ってたんですから。大魔術師ディアナ・ロマンディのお墨付きですよ。姉さんならいけますって」


「そ……そうかな……」


 シーラのヨイショを受け、アオイは照れた表情を浮かべる。しかし“あること”に気づき、すぐに顔を曇らせた。


「……どうしました?」


 アオイの表情が変わったことをシーラは見逃さなかった。シーラに気づかれたと思ったアオイは慌てて笑顔をまた張り付ける。


「ううん、なんでもない。それよりも続けよう」


「…………私の退学のことですかね」


 アオイの表情が変わった理由をシーラにすぐに察せられてしまい、アオイは無理やり張り付けた笑顔も表情から消えた。


「……うん」


 パーティー会場でのシーラとアンジュの再会の場に、アオイもいたことをシーラは当然知っていた。そしてその時にアンジュが“退学”の言葉を出したことも。


「あれはですね……。文字通り、全部真実ですよ。私は半年前に学校を辞めさせられたんです」


 シーラは先ほどのアオイと同じように、開いている窓に右手を向けた。


「ファイエル」


 シーラは火炎魔法を唱えるが、何も起きずその詠唱だけが闇へと吸い込まれていった。


「……魔法の才能が皆無だったんですよ。いくら勉強して理論を覚えても、私のこの身体に、魔法を使えるだけの魔力が無かったんです」


 シーラは立ち上がり、今度は開いている窓から身を乗り出した。


「叔父さんもそうです。……とはいえウチの家系は基本的に女性側に魔法の才能が偏りやすいって感じらしく、叔父さんは魔法を使えなくてもそれほど気にしなかったみたいですけど。……ただ私は魔法の才能が無いことが分かった後も、未練がましく学校に残り続けましてね。その結果、とうとう退学を突き付けられた感じです」


「あのアンジュって人は……?」


「同じ学校の上級生です。私、魔法の能力は無かったんですけど、座学は学年どころか学校でも……なんなら歴代の学生の中でもトップの成績でしてね。上級生の授業に飛び級で加わってたんで、あういうカスに目を付けられることがあったわけです」


 アオイはアンジュの侮蔑のこもったあの顔を思い出していた。嫉妬と逆恨みがあるとするなら、あの表情を浮かべてもおかしくないと、アオイは理解できた。そしてそれは“シーラにも”同じことが言えるはずだった。


「……逆にシーラは私が魔法を使えるようになったとして何も思わないの?」


 アオイから尋ねられたシーラは少しも迷わずに答えた。



「ええ、姉さんなら何も思いません」


「……どうして?」


「だって、姉さんは“いい人”ですから」


 シーラは目をつむり、アオイの今までの行動を思いだす。


「初めて異邦人と会ったときに、身を挺して私を守ってくれたこと。オルレアの町で魔物が現れた際に、見ず知らずの母娘を助けたこと。しかもそれを自慢げにすることもなく、ごくごく自然に、無自覚に行ってるんです。……私はそれが……」


 最後の方は小声で何を言っているか聞こえなかった。ただアオイは結城葵のころから、こんなに人に評価されることが無かったため、今までにない感情に心が揺れていた。


「いい人……か……」


× × ×


 ユウキはもう寝ようとダイニングの一画で布団の準備をしていた。身体の疲れは相変わらず全くないのだが、今日は初めてのバイトということもあり、精神的に疲れ切っていた。


「さっさと寝て、また明日に備えなきゃな……」


 シズクからの接触や、王からの新しい命令がなければ明日もまたバイトが待っており、ユウキは深くため息をついた。するとダイニングのカウンターの方で何やら音が聞こえた。


「ん……氷の音?」


 音が気になりユウキはカウンターの方に向かうと、グレゴリーが氷と酒を出しており、晩酌の準備をしていた。グレゴリーもユウキが来たことに気づくと、軽く謝った。


「あ、すまないな。起こしてしまったか」


「ああ、いいえ。俺、こっちの世界に来て耳がやけによくなっちゃって。グレゴリーさんは悪くないです」


「……? まぁいいや。……そういえば今日はすまなかったな」


 グレゴリーはユウキに謝るが、ユウキは心当たりが思いつかず首をかしげた。


「え、なんかありましたっけ? 俺が謝ることは両手じゃ数えきれないくらいありますが……」


「今日のバイト、あれシーラに無理やりやらされてたろ? その上で怒鳴るような形を取ってしまってな……」


「あ……ああ、あれか……。いや、自分がのろまなのがいけないんですから……」


 ユウキはグレゴリーに頭を下げる。恨み言の一つも言われると思っていたグレゴリーは面食らいはしたが、すぐ微笑むと棚からグラスを1つ出した。


「そうか……じゃあせめて一杯飲むかい?」


「いただきます。……ですけどできればお酒以外で……未成年なんで……」


「フ……わかったよ。みかんジュースでいいかい?」


「いただきます」


 グレゴリーは自分のグラスに酒を、ユウキのグラスにはみかんジュースを注ぎ、グラスをぶつけて乾杯をした。ユウキはみかんジュースに口をつけると、その美味さに目を見開き、小さくうめいた。


「うっま……!」


 そのユウキの反応を見て、グレゴリーは苦笑する。


「そうだろう。みかんの名産地であるオレゴン自治領から直輸入してる、最高級みかんジュースだからな。……これの販路もシーラが取り付けたんだけどな」


 それを聞いてユウキも苦笑した。


「またシーラの謎ムーブの話が出てきましたね……。あいつは一体何者なんだか……」


 ユウキは冗談のつもりであったが、グレゴリーは真面目な面持ちでユウキに答えた。


「……あの子は案外普通の子だよ。頭の出来と行動力は異常だけど、内面は普通の15歳の少女だ……だからこそ、君たちに礼をいいたいんだ」


「礼……ですか……?」


「ああ、あんなに楽しそうに笑うあの子を見るのは久しぶりだ。……ここのところずっとふさぎ込んでいたからな」


「マジすか……?」


 ユウキはふさぎ込んでいるシーラを想像しようとしたが、全くその想像がつかなかった。出会ったときから口調が悪く、強気で明るく、女性というよりは半ば同性の男友達みたいな距離感であったため、そんなシーラのイメージが無かったからだった。


「そうさ。……だから俺から一つ話したい事がある」


「……? なんですか?」


「……あの子がコニール様の“大ファン”である、ということだ」


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