第1話-②
ユウキとアオイ――元は“結城葵“という名のこの少年は、F県の郊外に暮らす高校3年生だった。彼を一言で表すなら”底辺”と言っても過言ではないものだった。
勉強はついていけず、運動もできず、社交性もなく、趣味もない。家はシングルマザーの母親との狭いアパート暮らし。当然ながら友達がいるどころか、周囲からは蔑まれイジメられ続けてきた。
大学への進学も頭の出来や経済面からしても厳しく、本人も未来へのビジョンを何も持てずにいた。――そして3年生になった直後だった。母が重い病気だと告げられたのが。
それももう治る見込みも薄く、延命治療のために入院することになり、余命も半年から1年だと告げられた。
その話を聞かされた時、結城葵は頭が真っ白になった。ただでさえ自分の人生がどうしようもないところに、母親の死が目前に迫っているなんてことは、結城葵の思考能力の許容を遥かに超えていた。
現実を直視できず、頭を抱え病院の前でうずくまっていたその時だった。光に包まれた結城葵が、”ユウキ”と”アオイ”に分かれたのは――。
× × ×
「はっ!?」
ユウキは目を覚まし、身体を起こす。時間の感覚が無く、一体どれだけ寝ていたのかすぐに判断ができなかった。そして辺りを見渡すと、ベッドの横で椅子に座っていた、栗色の髪の少女が自分を見て驚いていた。その少女は立ち上がると、部屋の外に向かって叫んだ。
「おばあちゃーん! こいつ目を覚ましたー!」
少女が叫んでいる間、ユウキは辺りの様子を確認していた。まず自分に服が着せられていたが、女物の少しサイズの合っていない寝巻だった。ベッドは木製のものでそこに不自然なものはないが、周りの家具が気になった。ほとんどが木製で、プラスチック製のものが見当たらないこと――なにより電気家具が全くないことに違和感があった。
「……えと……あなた……誰です?」
ユウキはその少女に尋ねた。栗色の髪になんの生地かパッとわからない服。そして顔立ちが日本人のものではなかった。
「あ、私? あー……その前にそちらさんは?」
少女はユウキを指さしながら言う。口調も割と強めで、ユウキは内心不良少女かなにかだろうかと思いながら答えた。
「自分は……結城アオ……いえ、ユウキって言います」
「ふーんユウキか。私はシーラ。ま、よろしく。ちなみに連れの女の子はなんていうの?」
その言葉を聞いて、ユウキはハッとして女の子に詰め寄った。
「そうだ! アオイは!? アオイはどうなったんですか!?」
「ふ~んアオイって言うのかあの子は。……まぁ結構衰弱してたけど、命に別状があるほどのものではなかったよ。隣の部屋で寝かせてあるから後で……」
ユウキは女の子からの説明を聞かず、ベッドから飛び跳ねるように身体を起こすと、部屋を出ていった。そして周囲を見渡してアオイがどの部屋にいるか探すが、当然今初めて見る家の間取りなんてわかるわけもなく、ユウキは立往生してしまう。そしてシーラはユウキの後ろから声をかけた。
「ちょっと落ち着きなって……案内してあげるから……」
ユウキは言葉が全く耳に入っておらず、耳を澄ますことに集中していた。そして何かを聞き分けたのか、ユウキは目を見開くと階段に向かってダッシュしていく。その様を女の子は呆然として見ていた。
「嘘……確かに2階にいるけど……なんでわかったの……?」
「アオイ!」
ユウキはアオイの名を呼びながら階段を駆け上がっていく。そしてアオイの”息遣い”が聞こえた部屋のドアに手をかけると、勢いよく開けた。
「アオイ! 無事かって……え!?」
「あっ」
突然ドアを開けてきたユウキに、中にいたアオイと、中年の女性は完全に固まっていた。――アオイは全裸になっており、中年の女性がタオルで身体を拭いている最中だった。完全にフリーズしているユウキに、中年の女性は右手を向ける。
「……女の子がハダカだっていうのに、男がいつまでもジロジロ見てんじゃないよ!」
そして次の瞬間、ユウキの顔面に衝撃が走り、ユウキはのけぞって後ろへ倒れた。
「ぶ!!!???」
何も飛んできているのが見えなかったにも関わらず、顔面に何かぶつかった衝撃を感じ、ユウキは後ろへ吹っ飛ばされた。そして部屋のドアが閉じられるとともに、シーラがユウキに追いつき、息を切らしながら言う。
「全く慌てすぎだって…! ちょっと待てば案内したのに……!」
ユウキはやっと落ち着いたのか色々なことに思案を巡らせる。そして追いついてきた女の子の顔を見て、ユウキは冷や汗を流しながら尋ねる。
「……そういえば、あなたの名前なんでしたっけ?」
「あん? ……シーラだよ。ちゃんと人の名前は覚えろって……」
「シーラ……シーラ……シーラァ!?」
ユウキはうわ言のようにその名前を繰り返す。明らかに様子のおかしいユウキに、シーラは心配するような口調で声をかけた。
「ちょっと……大丈夫?」
「へ……へへへ……?」
ユウキは頭が混乱して、シーラの問いに答えることができなかった。”シーラ”。ここで重要なのはその名前の”おかしさ”――というより違和感だった。
「……ちょっと聞きたいんですが……シーラさんってどこの国の人です?」
「……は?」
「いや……ほら日本人とか、アメリカ人とか……」
シーラはユウキの問いに首をかしげながら答えた。
「ニホン? アメリカ? どっちも聞いたことない国だけど……。まぁ強いて言えば私は”エルメント”出身かな」
「…………え? エルメントって、具体的にどのへん……?」
「具体的って……。そりゃあ”東大陸”のもうちょい東南の方だけど……。どうしたの?」
シーラの言っていることが一つも理解できず――いや言葉の意味はわかるが理解を拒む内容に、ユウキは冷や汗がドバっと額から噴き出してきた。
「あ……あははは……ちなみにここってどこ? 何県? というか地球?」
「……あんた大丈夫? ここはエルミナ・ルナで、東大陸のパンギア王国周辺の村の離れだけど……」
「あはは……はははは……ハハハハハハハ……」
ユウキはとうとう頭で考えられる許容を大きく超え、そのままめまいを起こして倒れてしまった。
言葉が通じるのに明らかにここは日本では――それどころか地球かすらも怪しい。ユウキの頭にはある考えが巡り巡っていた。
――おれはもしかして”異世界“ってやつに来てしまったのか?と。




