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第1話-①

青空の下、一人の少年が草むらの中で寝転がっていた。高校の制服なのか黒い学ランを着ており、一面に広がる草原の中でその黒い服装は非常に”浮いていた”。


 少年は目を覚ますと身体を起こして辺りを見渡す。そしてぼそりと呟いた。


「……え……。ここどこ……」


 辺り一面に広がる全く見覚えのない景色に冷や汗を流しながら自分の記憶を必死に辿る。


「え~……と……! 俺の名前は結城葵……高校3年生で……! 確か病院の帰りに急に光に包まれたら気分悪くなってそれで~~……!」


 少年――”結城葵”は自分の名前や直前までの記憶を、自分に言い聞かせるように呟いた。そして自分の記憶が一切混濁していないこと、意識がはっきりしていることを認識すると、改めて周りを見て天を仰いで叫ぶ。


「……いったいなんなんだよこれはぁぁぁ!!!」


「う~……ん……なんだようるさいな……」


 結城は脇から聞こえた声にギョッとして、その声の方向を見る。周りには草が生い茂っており、自分のすぐ横に人がいる事に気づかなかったのだった。


「だ……誰かいるんですか!?」


 結城はその声の主に手を伸ばす。――そして”結城葵”はその手を掴んだ。


「……んん……なんかうるさいんだけど、俺独り言をずっと呟いていたのか……?」


 草むらで寝転がっていた声の主は身体を起こすと辺りを見渡す。そして目の前で完全に硬直している一人の少年を見て――我が目を疑った。


「あれ……? こんなところに鏡でもあるのか……? なんで”俺”がもう一人いるんだ……?」


 起き上がった”結城葵”は目の前にいる自分が、今の自分と全く違うポーズを取っていることに気づく。


「ちょっと待て……鏡じゃない……?これって……?」


 思えば自分の声も何か少し甲高いことに気づく。そして目の前に見える自分の腕が肌色を晒しており、服を着ていないことにも気づいた。


「え……制服がない……え……ちょっと待って」


 服を着ていないことに気づいた結城葵は胸に手をやると何か”柔らかい”ものに触れた。そこに”あるはずのない”感触に気づいた結城葵は、恐る恐るその柔らかいものに目を落とす。


「…………あ……あははは……」


 ――胸に2つの山があった。そして今度は恐怖心から自分の股間に手を伸ばす。そして”あるはずのもの”が無いことに気がついた。


「え……嘘……ない……」


 そして目の前で硬直している”自分”がようやく他人であることに気づく。そして“2人の結城葵“は同時に声をあげた。


「「なんなんだお前わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」


× × ×


 ――数時間後、日が暮れ始めた草原で、”男女2人”の結城葵がそれぞれ並んで歩いていた。男の方はパンツとTシャツだけの姿になっており、女の方が学ランを羽織っていた。そして女の方が腰を降ろすと、深くため息をつきながら言う。


「はぁ……ごめんもう無理……歩けない……」


「そうだな……」


 男の方の結城葵は女の方の泣き言に、不満一つ漏らさず同意した。もうすでに5時間以上は歩いており、疲れて当然の状態であったからだ。


「でもなんでこんだけ歩いたのに風景がいつまでも変わんないのよ~~~!!!」


「ああ……それは同感だ……」


「スマホも通じないし! どんだけの田舎なのよここは! というか日本って狭い島国なんじゃなかった!?」


 結城葵たちは太陽がまだ上にある時から、夕暮れまで歩き続けたのにも関わらず、周りの風景がいつまでも変わることなく、遥か地平線までずっと草原が続いていた。気温は暑くも寒くもない、少し涼しいくらいの心地よい温度であったことはまだ救いであった。


 女の方の結城葵は、持っていたスクールバッグからペットボトルを取り出し、中身を確かめるようにそれを振った。


「かなり大事に飲んでるけど、水だってもう残り少ないし……。食べ物も無いし……」


「こんな事になるなんて予想もしなかったから何にも買ってなかったしな……。ああ、水はもうお前が全部飲んでいいからな」


「え……。でももう一人の私だってずっと……」


 女の方の結城葵は男の方を心配するが、男の方は微笑みながら言った。


「いや、俺はなんかあんまり疲れてないから……」


「うん……わかった……」


 女の方は素直にその厚意を受け取った。正直なところ、女の方は限界を迎えてきており、強がれるほどの余裕がなかった。


「…………あのさ」


「どうした?」


「どうして私があんただって、信じてくれたの?」


 女の方の結城葵が尋ねると、男の方は女の結城葵を見渡してから言った。


「……正直姿形も全然違うし、声だって女の声になっちゃってるからそりゃ信じられるわけないけどさ。……お母さんのことも知ってるし、互いにの記憶も間違っちゃいないしな……ただ、話し方が完全に女口調になってるのは気になるけどさ……」


「いや……まぁそう言うなら元の話し方に戻すけど」


 女の方の結城葵は自分の喉を押さえながら言った。


「声が変わってから元の男口調で話すと、なんか違和感凄いんだよ」


「あぁ……確かになんかしっくりこないな……。やっぱ元のしゃべり方でいいや」


「そう……。じゃあさ……いい加減、お互いの呼び方決めない?」


「え?」


 女の方の結城葵はあきれ顔をしながら言った。


「だってさ”お前”とか”もう一人の僕”とか、ややこしすぎない? そりゃあどっちも結城葵だけどさ。なんなら名前変えるべきなのは私の方だけな気もするけども……」


「あ~~……うん。まぁそうだな……」


 男の方は腕を組んでうんうん唸って考え始めた。そして何かを思いついたのか、手を叩いて女の方に笑みを向けて答えた。


「そうだ! じゃあ結城葵の名前を2人で分けよう! 俺が”ユウキ”で、お前が”アオイ”ってするのはどうだ? それなら公平だろ?」


「アオイ……か……」


 女の方は少し考え、そして男の方――ユウキに対し手を伸ばしながら言った。


「うん。その案採用。私がアオイで、君がユウキで。なんで別れたのかよくわかんないけど、しばらくの間それでやっていこう」


 アオイから差し出された手をユウキも握り返して答えた。


「ああ、よろしくな。アオイ」


「ええ、よろしく。ユウキ」


× × ×


 そしてまた歩き始めたが、互いの呼び名を決めて以降、事態が好転することは一切無かった。夜を過ごし、朝になり、また夜になり、朝になって――そして3日目になっても、周りの風景は変わらず草原のままだった。


 食べるものも無く、水もとっくに尽きており、ユウキとアオイの二人とも疲労困憊となっていた。――ただユウキの方はなぜかまだ動く体力があり、アオイのことを背負って歩いていた。


 3回目の夜が迫ってきていたが、ユウキはまだ歩いていた。本来は休むべきかもしれないが、このままだと水も食料もないまま動くことができなくなってしまうかもしれない。そのため、無理を押して少しでも歩くことを選んだのだった。


 しかしそうまでしても一向に景色が変わることがなく、とうとうユウキの足も止まってしまう。


「くそ……こんだけ歩いたのに……、まだ何も……何県なんだ……ここは……」


 ユウキは渇いた喉でかすれながら言った。まだ動く元気は残っているが、水はすべてアオイの方に渡しているため、喉が焼けるように痛かった。


「アオイ……?」


 ユウキはおぶっているアオイに声をかける。しかしアオイは身体を震わせているだけで返事は一切無かった。そしてユウキはその時、アオイの異常に気づいた。


「おい……!? アオイ……!?」


 ユウキはアオイに声をかけ続けるが、アオイは返事もできずに震えがさらにひどくなってきていた。


「もう時間がない……!」


 ユウキもこの状態になってからいくら調子がいいとはいえ、歩き続けるのももう限界を迎え始めていた。ユウキは助けを求めるように駆け足で進み、目に涙を浮かべながら走る。


「誰か! 誰か助けてください! 誰か……!?」


 その時だった。ユウキは地平線の先に“あるもの“が昇っていくのが見えた。


「……煙……?」


 ユウキは目をこすってもう一度確認する。その煙が幻でないこと、そして煙の下に”煙突”があることを確認できた。


「もしかして……家か!? 誰か……いるのか!?」


 ユウキはあまりの興奮に、その家がまだ数キロメートル先であること、――そしてなぜそれが”見えたのか”というところまで気が回っていなかった。何より、この現代日本で煙突なんか使う家があるのか、という疑問にも頭がいっていなかった。何よりも今はアオイを助けることが最優先だった。


「待ってろよアオイ……すぐに助けてもらうからな!」


× × ×


 ――数十分後、ユウキは息を切らしながらもなんとか煙の下へとたどり着いていた。そしてその家を見て、ユウキもようやく”異常事態”を把握した。


「はぁ……はぁ……レ……レンガの家?」


 その家はレンガで組み立てられた家であり、建築様式も日本では見たことないような、まるでおとぎ話に出てくるような、洋風の家だった。しかし悩んでいる時間ももうなかった。先ほどから、アオイの震えが徐々に小さくなってきていたからだ。ユウキはレンガの家のドアを見つけると、ドアを勢いよく叩く。


「すいません!誰か!誰かいませんか!」


 ユウキが勢いよく扉を叩きづづけると、扉が叩くごとに凹んでいき、そして5回叩いた時点で扉を壊してしまう。勢い余ったユウキはそのまま中へと倒れこんでしまった。


「だ……誰か……」


 ユウキももう体力が限界だった。目の前が霞み、意識が朦朧としはじめる。


「誰か……助けて……アオイを……助けてやってくれ……」


 そこまで言って、ユウキも気を失ってしまった。目の前の人影に気づくことがないまま――。

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