第3話-④
昼食が終わり、また歩き始めた。予定では今日1日で30kmほど距離を稼ぐ必要があり、その距離ですら旅に不慣れなアオイを考慮しての距離であった。
しかしこの日は結局25kmほど歩いたところでアオイが行動不可能になり、少し遅れ気味のペースで野宿の準備に入ることになった。
野営の設営はコニールの指示のもと、ユウキが主に準備を進めていた。アオイがグッタリして倒れており、シーラはその看病にあたっていた。アオイとは対照的に、元気よく準備に働くユウキを見て、コニールは話しかける。
「アオイ君はもう限界そうではあるが、君は今日一日ずっと元気だったな……」
「そうなんすよ。俺もアオイと同じく運動は得意な方じゃ無かったんですけどね。こんだけ動けるのが本当に不思議で」
「そうなのか……。ところで、今日の夕食の準備は君が?」
「ええ、さっきシーラからそう言われまして」
ユウキもシーラのことを”さん”付けをやめて呼び捨てにするようにしていた。
「一応、親が家にいない事のが多くて、食事の準備は自分でしてましたから。こっちの食材に慣れてないっていうのは置いといて、料理はそこそこできますよ」
「そうか……」
コニールは不安げな声で言う。今まで見てきたユウキのどんくささから、どうも懸念がぬぐえなかったのだった。ユウキにもコニールのそんな不安が通じたのか、ユウキは少し食い気味に言った。
「大丈夫ですから、コニールさんはテントの方の設営をお願いしますよ」
× × ×
――1時間後。日もすっかり落ち、森の中で焚火の灯りがまたたいていた。その灯りを4つの影が囲んでいる。ユウキは焚火の周りに座るアオイ、シーラ、コニールそれぞれに夕飯を配っていく。
「今日は炒飯を作ってみました。米は日本米と殆ど同じような品種なんですね。結構上手く出来たと思うけど」
ユウキが配っている夕飯は、塩漬け肉と乾燥野菜を炒めた炒飯だった。彩りも悪くなく、米もきっちり火が通っているように見え、シーラとコニールの二人は驚いた様子で料理を見る。
「兄さん……思った以上に料理できる人だったんだ……」
「味は大丈夫なんだろうな……」
コニールはそのまま食事に手をつけようとするが、ユウキとアオイはそれを見て止める。
「え? いただきますとかしないんですか?」
「食前の挨拶くらいはありそうですけど……」
二人からの真正面からの指摘に、コニールは照れくさそうに頬をかく。
「いや……まぁ私たちは”女神さまへの感謝を”って言う風に祈ったりはするけど……まぁここは作ってくれたユウキ君たちに沿って、その日本っていうところの風習に従うとするか」
「日本ではどうしたらいいんです?」
シーラはアオイに尋ねると、アオイは両手を合わせて言う。
「こんな感じで手を合わせて”いただきます”って言ってる」
アオイからの指示を受け、シーラとコニールもアオイと同じように手を合わせた。それを見てユウキも手を合わせる。そしてアオイが合いの手を入れた。
「じゃあ……」
「「「「いただきます」」」」
その掛け声と共にシーラとコニールは同時に炒飯をすくって口に入れた。そして互いに顔を合わせ、そして二人とも驚いたように目を見開いていた。
「う……」
「美味い……!」
シーラは夢中で炒飯にがっつき、コニールも手を休ませずに食事を続ける。
「いや見た目から食えないもんとは思っていませんでしたが、想像以上に美味い……!」
シーラから忖度のない誉め言葉を受け、ユウキは自慢げに鼻をこする。
「へへ……日本人は米料理にはうるさいからな」
アオイも食事に手をつけ、その美味さに驚いて口に手をあてる。
「あ、本当だすごい美味しい。というか米の品質がちゃんと良いヤツっていうかこれ……」
アオイは米粒を手に取ってまじまじと見る。
「これ……殆どコシヒカリじゃない?」
そう言われ、ユウキも同じく米を手に取った。
「確かに……日本米に似てるな~……としか思ってなかったけど……」
「この米は確か品種は”サトウマイ”って言うものらしいですが。……もしかしてこれ日本の言葉で意味通じる感じです?」
”サトウマイ”。その単語を聞いてユウキとアオイは怪訝な表情を浮かべた。
「あ~うん。おそらく”佐藤米”だな……ということはこれはアレか? 異邦人がこの米を育てているのか?」
「ていうか今冷静に考えると、私たち何語を話してるんだろうねこれ。日本語を話しているつもりで今まで話していたけどさ」
単に美味しい食事を取るだけのはずが、米の品種の由来に、話している言葉に、重く考えることがいくつも出てきてしまった。コニールは食事の場が暗く重い雰囲気になってしまったことを察し、手を叩いて空気を入れ替える。
「ま……まぁまぁ! 今考えても仕方ないだろう! とりあえず今はこの美味しい食事をいただこうじゃないか!」
明るく振舞おうとするコニールを見て、ユウキは少し呆気に取られたのち、微笑んで答えた。
「……そうですね。ラードを入れてあるんで、冷めないうちに食べちゃってください」
「あ……なるほどラードを入れてるからこんな香ばしいのか……!」
食事が再開され、シーラは改めて夢中に炒飯をかっこんでいく。そして瞬く間に全部食べ終わると、皿をユウキにつきだした。
「お替わりありますよね?」
「お……おう……」
× × ×
食事が終わり、片付けも済んであとは各々で寝るだけになっていた。一応夜襲を警戒して夜の見張りを誰かがする必要があり、コニールがそれを買って出た。
アオイは体力の限界だし、ユウキもシーラも特別な訓練を積んでないことを考慮し、コニールが配慮する形で夜の番を担当することにしたのだった。テントの中ではすでに3人とも就寝しており、静けさが森の中に広がっていた。
コニールは焚火の側におり、ポットでお湯を暖めていた。お湯が沸いたのを確認し、手を伸ばした瞬間、後ろから物音が聞こえ、コニールはすぐさま戦闘体勢にはいる。
「うわっ!? すみません!?」
「……なんだユウキ君か。驚かさないでくれ」
物音の正体はユウキの足音だった。コニールはため息をついて剣から手を離す。
「どうしたんだいこんな夜に。寝ていたんじゃないのかい」
「いや……寝ようとはしたんですが、どうも落ち着かなくて……ほら……一応、自分以外女の子じゃないですか……」
ユウキの言葉を聞いて、コニールは少し反応に困ったのち苦笑した。
「フフ……アオイ君は君と同一人物じゃなかったのかい」
「そうですけど……気になるもんは気になるので……」
コニールは立ち上がると、近くの荷物置きからコップを2つ取り出した。
「じゃあちょうどいい。少し話をしようじゃないか。まだ出会って1日で、互いのことを全然話せていなかったしな」
コニールの誘いにユウキは緊張しながら答えた。
「は……はい……」
× × ×
ユウキとコニールは焚火の側で並んで座っていた。手には暖かいコーヒーが握られており、コニールはコーヒーを一口すする。ユウキはそれを見て、あまりに絵になりすぎる光景に、赤面して目をそらした。
「ふぅ……そういえば君は18歳だって言っていたな」
「あ……はい。そうです」
「いいなぁ若いなぁ……私は気づいたら24歳になっちゃって。もう色々考える歳になっちゃったからなぁ……」
「い……いや、充分すぎるほどコニールさんは若くてび……あ……えと……」
ユウキは美人という言葉がでかけてしまい、咄嗟に口を閉じるがその後の会話が続けられなかった。その様子を見て、コニールは微笑みながら言った。
「別に気にしすぎなくていいよ。……でも君は自分から話すのが大分苦手なようだね。……じゃあ私の話を少し聞いてもらえるかな」
「は……はい!」
「私はね……孤児なんだ」
「え……?」
コニールはコーヒーをさらに一口すすった。
「教会の前に捨てられててね。まぁ王都ではよくある話で、私のような境遇の子も結構いるんだけどさ。……そんなわけで両親の顔も知らないわけでね」
コニールは話を続けた。
「こうして騎士になって、一応体裁のために養子になって義両親もできたんだけど、特に家族らしい関わりも全くない、名義貸しみたいなもんだから、家族ってものがわからなくてね」
ユウキは思いもよらなかった重い話に戸惑っていたが、それを察したのかコニールは笑いながらユウキの肩を叩いた。
「ああ大丈夫大丈夫。この話王都だと結構有名で、みんな知ってるから。……って事もあって、君が言っていた入院しているお母さんのためにも、早く向こうの世界に戻りたいという件、私にも手伝わせてくれないかい」
「……え」
予想外の提案にユウキは呆然とするが、コニールはさらに続けた。
「一度王城に戻っても、どうせまた異邦人の調査の任務で王城からは追い出されるだろうし。異邦人の事を調査したい私と、帰り方を探したい君で利害は一致するわけだ」
「そ……それは願ったりですけど……迷惑じゃないですか?」
「何言ってるんだ。別にそんなことないよ。……君が迷惑だって言うなら話は別かもしれないけども?」
ユウキは慌てて首を横に振った。
「い……いえいえ! むしろありがたいです! 本当にどうすればいいか、何もわかっていないんで……! コニールさんがついてくれるなら本当に……!」
「ふむ。……じゃあ交渉成立だ。ま、それにだね」
コニールはユウキに身を寄せ、ユウキはさらに緊張して身をくねらせる。
「ち……近いですって……」
「君は……君とアオイ君は悪い人じゃなさそうだしね」
ユウキは今まで言われた事のない言葉に、反応に困りながら答えた。
「わ……悪い人じゃない……。本当です?」
コニールは思ったのと違う回答が来て目を丸くし、そのあとに思いっきり笑った。
「あっはっはっは! ……いや、面白いな君は。……なるほどね、あのシーラとかいう子が君たちを慕うわけだ。……ってことはあのシーラも、そう悪い人間じゃないんだな」
「??????」
ユウキはコニールの反応の意図を掴めず、ひたすら頭に疑問形が浮かんでいた。コニールはもう満足したといった感じに背伸びをする。
「ほら、もう寝なさい。いくら体力があるといっても、寝ないと明日はもたないだろう? 火の番は私がちゃんとしてるから、ほら寝る!」
「は……はぁすみません……おやすみなさい……」
「ああ、おやすみ」
ユウキはおずおずとテントの中に戻っていった。コニールは今の会話でユウキの事をとても好ましいものとして見ていた。――これが歳を取るってことなのかな。そう心で少し思うと、コーヒーを一気に飲み干した。




