思い、深く
一度目の起床。時刻は朝の4時過ぎ。二度寝を試みる。寝付けない。
電位治療機発動。電位治療のマットの上で、目をつぶる。
寝落ちした。
二度目の起床、6時過ぎ。
電位治療は60分で切れるので再び電位治療スタート。三度寝する。
三度目の起床、7時過ぎ。さすがに起きる。
・・・起床一つとっても、日によって変わる。
寝室を変えた。その部屋は、自然音のCDを常に流している部屋だ。
いつもよりも寝つきが良く、自然音はあった方がいいことを実感した。
そういえば疲れが取れにくくなったのは、自然音のCDをリビングで流せなくなってからだったかもしれない。CDデッキか、もしくは音楽用のプレーヤーか。購入に悩むところである。
もう一つ、悩んでいるのは、身につけているだけで身体の回復を早めてくれるものの購入である。アスリート御用達のそういったネックレス系が欲しいのだが、かなりお値段がする。
私の一月の収入の一割以上(一月の手取り14万ほど)となると、購入に躊躇するのだ。プレゼント企画をしているわけでもない。
(そもそも本気で欲しいかと言うと・・・自分で作った方が安上がりなんだよなー)
ベン石、という石がある。通常、オイル処理をしてキレイな黒みを帯びるようになる石だ。
こちらのベン石、身につけているだけで血行を良くしてくれる。以前、自分でネックレスを作って身につけていた。ちなみに足はテラヘルツ石と北投石のアンクレットを数年前から身につけている。すでに身体の一部みたくなっているが、汗をかきすぎると、皮膚がかぶれたりもする。
とはいえ、やはり身につけるのだが。
ちなみに、私の祖母が腕を骨折して、その後腕に痺れが走るようになった。
そのため、怪我をした腕に付ける北投石のブレスレットを作ってあげたことがある。祖母は喜んで身につけてくれ、ブレスレットの効果は祖母が実感できるほどだそうだ。
ちなみに祖母は90を過ぎている。いまだに自分の足で動ける分、すごいと思っている。
話が逸れたが、それぞれに効果を実感できるものが一番だ。他のものだと、ピークパイン社のゲルマニウム粒がある。
ゲルマニウムの粒を肩や首、足や腕に貼り付けて、体の凝りをほぐすことができるのだ。
ゲルマニウム粒をふくらはぎに貼ると、筋肉痛によく効くことは自分の体で実感済みだ。
個人差はあるだろうが。
と、健康グッズはたくさんある。なので、回復力が上がるというネックレスを購入するか、本気で悩むのだ。良いものではあるのだろうが。
まぁ、結局はなんとなく恐怖を感じるのが原因なのだろう。
(引き寄せられる気がする・・・)
とあるプロにさらに引き寄せられる気がして、どうにもためらってしまうのだ。別に当人と話をしたこともないのに。
(最近、思考が食べた物とかまで記録した方がいいかもと思い始めているし、なんか違和感がすごいんだよなぁ)
まぁ、本職の飲食の仕事の方ががたつくとわかっているからこその、不安や恐怖、違和感の可能性もあるので、理由を絞れない。
どちらかといえば、そのプロは私の苦手な相手であり、あまり興味を持ちたくないのだが。さらにいえば距離をちゃんと取っておきたい相手だ。近づきたくないような、近づきたいような。
怖いものみたさというやつだろうか。
(向き合いたくない・・・)
好き、ではあるのだと思う。ただ、叶わない思いを抱いても虚しいだけだろう。
そもそも、相手のことを何も知ろうとしない時点で、好きのカテゴリーには入っていないのではなかろうか。
執着や未練、そんな感じだ。一度だけ、相手のパフォーマンスを観に行ったことがある。素晴らしいはずのパフォーマンスを見て、心が動きづらい私が異常なのだと思う。
(前に進みたいけど一歩も進めてないような感じだなぁ)
それなのに、何故か相手を朝晩に祝福している。祝福内容は命への感謝。自分の命やご先祖様、姉の家族、知り合いなども含めた、祝福したいと思った相手に送る、祈りであり、感謝だ。
(まぁ、いっか)
無理に探ろうとしても無駄なのだろう。知るべき時が来たら、知ることになる。
本気で思う。何故、精神的に切れないのだろう。自分の弱さだろうか。それも、ありそうだが。無理に切っても、また繋げてしまう気がする。きっと、潜在意識の方が正直なのだろうなと、苦笑してしまう。
(幸せであってくれればいい。生きて、笑ってくれればそれで)
健康で元気に生きていてくれれば、それが何よりだとも思う。
(遠くから見守ってるぐらいでいいか、もう)
無理に近づかなくてもいい。助けが必要な場合、相手の側に助けてくれる相手が出てくるぐらい、見えない存在に守られてる人だから。
まぁ、かなりの無理しがちで自分を誤魔化してるところもあるのだろうが。
自分の好きなことで誰にも負けたくない。
上手になりたい。
他にも理由はあるだろうが。きっと、その強い思いが彼をこれまで支えてきた、一番の土台なのだと思う。生き方が、その生き様が綺麗だから、たくさんの人から支持されてる。
一番、努力してきた人だから。
だからこそ、思いもするのだ。
『私一人の力なんて、あなたに必要ないでしょう』
強いんだし。私以外にも彼のことが好きな人はたくさんいるのだし。別に私一人ぐらいいなくても、やってけると、そう思ってしまう。
(ただ、これ、自分で自分の価値をわかってない発言でもあるんだよなぁ)
命とは唯一無二で。
私という存在もこの世界で、唯一無二の価値がある。その価値を本当に認められているなら、自分に祝福されるなんて、あなたは幸運なんですよ、ぐらい言えるのかもしれない。
傲慢な思考のようで苦手だが。
必要としているのは自分の方だと認められたら、変われるのだろうか。
あぁ、そっか。
守りたい、傷ついてほしくない。これ以上、悲しんでほしくない。
ようやく、理解した。彼がその気持ちを抱き、実際に行動しているからこそ、鏡のように私もまた、彼にその気持ちを返していたのか。
やっぱり、彼は引き寄せが強すぎる。
まぁ、それならこの言葉を返そう。
愛してるよ。いつも守ろうとしてくれてありがとう。ただ、あまりムリはしないようにね。なによりも身体を大事にしてね。苦しむことも魂の成長には必要だけど、それでもあなたの幸せな笑顔をみていたいから。
伝える機会が彼に来るのかは知らない。ただ、ここに残しておいてもいいだろう。自らの成長として。気持ちとして。証として。私はここで生きている、と。
愛に国境も生死もない。相手が生きていなくても、愛することはできる。相手と出会い、共に過ごしたその時間こそが、自らの中でのかけがえのない、何物にも代え難い、宝物なのだから。
さて、今日はこの辺りで終わりにしておこう。
続きはまた、明日。
・・・明日が来ることを疑ってない。また、出会えると信じている。けれど、そう思っていたことが、なにより浅はかだったのだと知っている人間には傲慢な、傷つく言葉なのかもしれない。
唐突に終わった日常に、傷ついてしまった心が、少しでも癒されますように。




