キングダムの映画すごかったー!
公開初日に、キングダムの映画を観てきた。迫力が凄まじく、そして戦乱の世なので内容がえげつなかった。まぁ、知ってた。
以下、少しネタバレになるので、まだ映画を観ていない人は注意してほしい。
人を生き埋めにしていたり、敵にゾンビみたいにまとわりついたり。
恨み、怨み、憎しみ。お前たちが最初にやってきたのだから、同じことをお前らにも返すという、復讐思考。生きることが難しく、人が簡単に死ぬ世界。人が人を殺さなければ生き抜けなかった世界。どぎつい。
(恨みと憎しみと怒りと悲しみと。流した血が大地に染み込んで・・・)
中華という大陸全土で起きていた長い長い殺し合い。なんでだろう。残虐で、ひどくて。そんな描写がむしろ現実的で説得力がある。
それぞれの国が掲げる旗。戦場で響く太鼓の音。
楽器は、音楽は、戦争にも使われていた。
兵を鼓舞するために。指揮官たちが軍の指揮を取るために。使われていたのだ。
戦場の話だ。ただ、私はまるで経済社会の会社の存亡の拡大図にもみえた。
軍を指揮する指揮官たちは、それぞれ自分の力ー武勇を使って人を指揮し、動かす。
軍それぞれが小さな会社のようなものだとしたら。
その小さな会社が集まり、大きな集団となり、大企業となる。
戦場や戦況を読む力は、時代の流れを読み解く力。
今、動くべき時か。耐える時か。何を仕掛けるか。仕掛けるのであればいつが最適か。準備は完了しているのか。
そして、最終的なゴールはどこか。
(血を流さない戦争。それが経済社会の戦い方)
お金という資源を巡り、切磋琢磨し競い合う。
成果を出さなければ、敗北すれば。
どこかに吸収されるしかない。まぁ、キングダムは国が滅ぶことになるのだが。
その際の被害者がどれだけの数に及ぶのか。
正直、想像さえも軽く凌駕していくだろう。
映画の中で、私は万極という人物がとても印象に残った。
壮大な話であるが故に。そして、あまりに続いた戦乱の中で。割り切れない、忘れられない体験の中で。
自らを相手の国を滅ぼすための呪詛となるような生き方を選択し、生きた。
ただ、思うのだ。その生き方をするきっかけとなった、願いは。思いは。
「生きるのが苦しくても辛くても、家族と一緒に一生懸命生きていきたい。大切な人と一緒に大変でも暮らしていきたい」
それだったのではないだろうか、と。
ただ、一生懸命に生きていたのに命を奪われた。命を奪われるようなことをされた。
失われた命は戻らない。願いはもう叶わない。
ならば、せめて。奪われたものが自分たちにとってどれだけ大切だったのかを知らしめてやろう。この恨みを、悲しみを、怒りを、憎しみを。
お前たち秦国の者にぶつけるのだ、と。
おそらく、自然災害であればこうならなかった可能性もある。人であったからこそ、許せないのだ。やるせない。
(戦争って、倫理観がない人間の方が優遇される時あるから)
非情で冷酷で残虐で、ただ実力は確か。
そういった人間が台頭することがあるのだ。
キングダムの世界と比べて、現代の日本は本当に平和な世界なのだと、つくづく思い知らされる。
(ぶっちゃけ、大きなものは背負いたくないなぁ)
個人的に、キッチンカーはやりたい。
ただ、あまりに大きなものは背負いたくない。
私の人生の目的は、おもしろ楽しく幸せに、気楽気楽に生きて、喜びと幸せを∞に拡大していく。
そんな人生が良いだけだ。
うちのハムスターを可愛い、可愛いと愛でて。へちまが育っていくのをおお〜と眺めつつ。
ほのぼのと暮らしたい。
あえて言うならば。万極とは正反対に生きたい。自らを呪詛として生かすことができるのならば、自らを祝福として生かすこともできるはずだ。そっちの生き方を目指したい。
キングダムは、すごい。あと、エンディングの夜鷹も映画を観た後だと、印象がさらに変わる。
あれは主人公たちの曲でもあり、万極たちの曲だったのかもしれないと思った。
また、キングダムは観に行く気がする。大画面でしか出せない迫力を感じたいから。
友人を誘うのも良いかもしれない。
LINE、LINE。映画観に行かない?と。
よし、LINE送信完了、と。
あとは、副業の仕事のやり方マニュアルを作成して。
ヤフーフリマでの出品もやりたいな、と。
やることがあるのは良いことだ、と。
自分で自分に言い聞かせる日々だ。
三連休。飲食店やサービス業は稼ぎ時という修羅場に突入する。
いつの時間帯が混み合うかは、わからないが。
ほぼ全ての時間帯に入るので、今から気合を入れておこう。
今日もがんばるぞー!
よし、つづきはまた明日。




