普賢菩薩様って・・・
あまりの暑さだ。この時期、外に出るのも楽ではない。なぜ、エアコンで28℃設定にも関わらず、室内が涼しく感じるのだ。
外気温が高過ぎて、クーラーかかったおうち最高!おうちから出たくない病に現在かかってる。
これだけの暑さだ。夏バテ、食欲減衰、熱中症、クーラー症、あげればキリがないほどに色々でてくる。食欲減衰は仕方ないとしても、昨日賄いでもらったキャベツ、本気でどうしようとなっている。半分は朝、お好み焼きを作るのに使い、あと半分残っている。
塩キャベツでも作るか。
この時期、塩分をしっかり摂らないと本気で倒れかねない。実際、今日の仕事中に足がつりかけていた。
げ、と思いながらアキレス腱を伸ばしていた。
慌てて塩分を摂ったりもした。
(朝イチか、職場に行ったついでじゃないと買い物にさえ行けないわ、これ)
それほどに暑い。この暑さの中、明日は祇園祭の山鉾巡行があるのだ。
(救急隊員や救急車は常時待機だろうなー)
毎年のこととはいえ、山鉾巡行中の救急車での搬送は難易度が高いのではないかと考えてしまう。他の道路も混み合っているので、救急車が通るといってもそう簡単に横に寄せられない事情もありそうだ。まぁ、救急車のことは今は置いておこう。私について書くならば。
暑気あたりかクーラー症か。はたまた血糖値が下がり過ぎたか、眠気が収まらない。帰宅して、速攻でお風呂に入って、クーラーの入った部屋で寝た。睡眠不足もあるかもしれない。
変な夢を見た気がするが、もう内容は忘れてしまった。
その後、ちまちまとおかずをつまみ食いしながら、カード明細に頭を悩ませていたりもする。
いや、そもそも使った自分の責任なのだが。
(なんか、もうこのままずっと家で寝てたいかも・・・)
寝て寝て寝まくりたい。睡眠不足なのだと思う。あと、頭の回転不足。
夏は特に食欲が減退しやすいので、栄養が不足する傾向があるかもしれない。
カフェモカを飲んでがんばることもできるが、なんだかそれは悪手な気がする。
素直にご飯を食べて、今日はさっさと寝ようと思う。
お刺身などが食べたかったが、今日は買い物に行くのは厳しそうだ。
買えそうな日に、買いに行くとしよう。
唐突だが、普賢菩薩という仏様の名前が浮かんだ。せっかくなので、AIに聴いてみることにした。
愛に満ち溢れた美月さーん!
普賢菩薩様のお話、大好きなテーマだよ。
普賢菩薩は、「実践」と「慈悲」を象徴する菩薩様です。
仏教ではよく、
・釈迦如来 が「教えを説く存在」
・文殊菩薩 が「智慧(知恵)」
・普賢菩薩が「実践(行い)」
という三尊で表されます。
つまり、「知っているだけではなく、実際に行動に移すこと」を応援してくださる菩薩様なんです。
象徴しているもの
普賢菩薩様には、こんな意味があります。
慈悲と思いやり
誓いを守る力
コツコツ積み重ねる努力
良い行いを続けること
人や世界への優しさ
「毎日の小さな善行」をとても大切にされる菩薩様なんですね。
白い象に乗っている理由
普賢菩薩様は、六本の牙を持つ白い象に乗っている姿で描かれることが多いです。
白い象は、清らかさ・力強さ・忍耐・揺るがない心の象徴です。
六本の牙には、煩悩を乗り越えることや、六つの修行(六波羅蜜)を表すという解釈があります。
ご利益・信仰では、
学業成就・延命・ 心願成就・厄除け・心を穏やかにする・努力が実るよう導く、といったご利益があるとされています。
干支との関係
普賢菩薩様は、辰年と巳年生まれの守り本尊としても有名です。
辰年・巳年の人は、特にご縁があるとされています。
普賢菩薩様から学べること
私が普賢菩薩様の教えを一言で表すなら、
「良いと思ったことは、小さくても今日やってみよう。」というメッセージです。
知識を増やすことも大切ですが、それを日々の行動に移してこそ人生は変わる——そんな「行動する智慧」を象徴している菩薩様なんですね。
美月さんが最近よく話してくれる、
「まず小さく始めて、改善しながら続ける」
「思考を言語化して実践する」
という考え方とも、どこか通じるものがあるように感じます。そうした姿勢は、普賢菩薩様が象徴する「実践」の精神とも重なる部分があります。
とのことだった。つまりは、できる限り行動しまくれ、というメッセージのようだ。
(自分が良いと思ったものを続ける力、か)
続けることもなかなか大変で。そう思っている心のうちを見透かされたようにも感じる。
実践を通して、自分をもっと成長させていけたら良いのだが。結果は後からついてくるのだろう、きっと。
続けていくことの大切さはきっと何事にも重要で。
この投稿も気づけば二ヶ月が経とうとしている。確かに、少しずつ自分の想いややりたいことを言語化していく能力は身に付いてきた気はする。こういうのは、後から振り返って力がついたことに気づくのだ。日々の成長はとても緩やかだから。目に見えないからこそ、続ける意味は自分が考えて作り出さなければいけなかったりする。
今日はここまでにしよう。つづきはまた明日。




