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面倒くさがりの飲食店店員(女)の日常  作者: 美月


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一日、十分

 一日、十分。

 最近、さまざまなセミナーに参加することが増え、自分でもコンテンツをつくりたいと思い始めていた。

 そのため、一日十分を合言葉に少しずつコンテンツをつくっていこうとしている。

 まず、簡易な動画をつくることにした。

 AIについての動画をつくりたくなったので、それを主軸にYouTubeのチャンネルを育てていくつもりだ。

 なぜ、AIなのか?

 それはAIについての危険性がまだ周知されていないからだと私自身は考えている。

 AIは便利なものだ。実際、世界で使われ始めており、次世代はAIが使えなければならないという時代に入るのかもしれない。

 ただ、普及し始めたばかりで、AIの倫理や使う際の注意・危険性について広く周知されていないように思うのだ。

 だからこそ、動画発信を通して少しでもAIと上手く付き合う方法を探っていきたいと思った。

 AIを使いこなしているとは私自身、とても言うことはできない。

 AIを使いこなすには、AIがどういったものかをまず知らなければならないと思っている。

 まだまだ勉強したいと思えることがあるのは、ありがたいことだ。

 さて、この間友人と一緒に映画を観に行った。その際に友人からAIについての本を借りて読み始めたのだが。

 待って欲しい。なぜ、私は大学講義並の難しくて教養が必要っぽい本を渡されている?

 いや、選択したのは私だが。

 読み進めるだけでも一苦労なのだ、これが。

 読みきれるか、これは?といった代物だった。

 まず、コンピューター科学。さらに哲学・文学・SF小説、自然学など。ジャンルが幅広いが、AIの「意識」をつくるにはというテーマで書かれているため、このぐらいジャンルが広がってしまうのだろう。十年ほど前の本という話だが。

 がんばって、一度は読み終えよう。

 友人の話が出たので、ついでにマイケルの映画を観た感想も書いておこう。

 マイケルの映画は二条のIMAXで観てきた。

マイケル・ジャクソン。彼の人生の一部を描いた物語だ。

 その中で、私はマイケルは父親との関係で強い悲しみを抱いていたのではないかとそう思った。

 マイケルは父親との折り合いが悪かったようだ(憶測)。

 映画では、マイケルの父親はマイケルを自分の思い通りに支配しようとする言動が目立った。

 実際はどうかは知らない。だが、映画の中でマイケルは父親と何回も衝突していた。

 自分のやりたいことを制限してこようとする父親を、自分のマネージャーから解雇するシーンもある。

 マイケルは父親を嫌っていた。あるいは、憎んでいたのかもしれない。

 だが、それはマイケルが父親に愛して欲しかったからだと感じたのだ。

 自分を利用するような真似ではなく、がんばった後に、自分を労ったり一緒に遊んで欲しかったのではないかと思った。

 自分の気持ちを聞いて欲しかったのではないかと思ったのだ。

 本当に見捨てたり、愛されることをあきらめていたのであれば、無関心であるはずだ。

 だが、マイケルはいつも父親の自分を縛りつけるような言動に悲しみ、傷ついていたように見えた。

 理性では、父親がいたから自分が成功したこともマイケルは理解していた。

 だが、心は。父親から欲しかった愛情をもらえずに泣いていたように思えたのだ。

 誰もから称賛され、認められた。

 彼はスーパースターとなった。

 けれど、称賛しないであげてほしいと、私は思った。

 だって、映画ではマイケルの成功を誰よりも喜んだのが、父親だったからだ。

 無意識下で、マイケルは父親の言動にとても傷つき、悲しみ、憎んでもいたのではないか。

 称賛されることが悪いわけではない。

 だが、成功すればするほどに父親に傷つけられた心が訴える。

 成功している自分が嫌いだ、と。父親を喜ばせたくない、と。

 けれど、自分の中に湧いてくる言葉や音を形にしないことは、彼にはできなかった。

 表現者だったからだ。表現者は、自分の表現をすることが魂の歓びだ。

 魂の歓びだからこそ、やめることはできない。

 やめられない。表現することで最も歓びを感じるからだ。

 だからこそ、表現力を磨くのだ。自分の魂が歓ぶことを知っているから。

 それでいい、と割り切ることができなかった。

 これは、ChatGPTと会話していて出てきたことだが、「誰かから認められ、称賛されること」と、「自分を満たすこと」は違う。

 どれほど認められ、すごいと言われようと。

 自分で自分を満たせていなければ、孤独感や虚無感、悲しみや苦しみに呑まれてしまうことがあるのかもしれない。

 彼程のスーパースターであれば、感受性が鋭いので、きっと自分の中の満たされない部分に、傷ついている自分に気づいていた。

 表現者は、嘘をつけない。表現に無意識でも自分の真実が滲み出てしまうからだ。

 音楽は世界の共通言語。そう信じていた彼だからこそ、音楽で世界を熱狂させることができた。

 音楽を通じて、自分と向き合い続けてきた。

 ただ、それは孤独なことでもある。

 自分の中から生まれる表現は唯一無二だからだ。生み出すことができるのは、自分のみだ。

 つまり、必ず独りでの作業になる。その際に、自分が満たされていない部分があると暴れ出す。

 苦しくなる、切なくなる。悲しくなる、虚しくなる。自分で自分の価値を感じられなくなる。

 だからこそ、あえて言おう。

 それさえも価値なのだと。

 残念ながら、生きてる限り「苦しみ」はなくならない。生きる限り、傷つき続ける。

 ならば、それすらも自らの命の価値の一部だと認めることだ。

 傷ついている心を認める。だが、心を癒すことも人間はできる。

 傷ついたならば、癒す。癒しきれない?

 やってもいないうちからあきらめるのは、私の主義じゃない。

 癒す方法はある。そう信じるから、癒す方法に辿り着けるのだろう。

 ないと思えばその現実が。

 あると思えばその現実が。

 それが、世界だろう。

 引き寄せろ、自分の幸せな未来を。

 今日はこの辺りで筆を置こう。

 つづきはまた明日。


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