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面倒くさがりの飲食店店員(女)の日常  作者: 美月


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常に同じではいられない

・・・眠い。ひたすら。本日の起床5時過ぎ。日付は6月6日。いつも動画を視聴しているお坊さんの護摩祈祷ライブが5時半からある。

 眠気との戦いに苦戦しながらも、護摩祈祷ライブを視聴した。・・・厳しい戦いだった。

 その後、もちろん二度寝し、単発バイトへ。

 電車の到着時刻がギリギリになるため、勤務先へ電話をかける。マイナスな報告は、早めにする方が印象が良いのだ。

 考えてみてほしい。連絡を受ける側からしてみれば、十分前に遅れるかもしれないという電話をもらうより、三十分前に遅刻しそうです、とされた方が心の準備がしやすい。

 遅れるかもしれない旨を早く伝えることで、連絡事項がきちんとできる人間だという印象を与えるのだ。マイナスな報告こそ、迅速に。

 心理的に難しい部分はあるだろうが、少なくとも上司からの印象は良くなる。

 以前、原付ですっ転んでしまい、ズボンが破けて、家に戻ることになった。さすがに膝を擦りむいて血が滲み、ズボンに穴が空いてる状態で出勤はできない。

 その旨を店に伝えると、わかった、と言ってもらえた。責めるのではなく、仕方ない事情として受け取ってもらえた時に、すごく安心できた。

 私とてマイナスな報告を受けることもある。だが、その時に動じず、自分の負担が増えたとしても相手を気遣える余裕を持ちたいものである。

 トラブルはトラブルと捉えるから、トラブルになる。解決できる問題だ、と考えることで成長するための課題となる。

 受け止め方次第なのである。

 わかりやすい事例がある。

 トラブルで、発注していたイベントグッズが届かず、担当者はイベント会社の人間に、感情的に当たり散らしたらしい。

 そのため、別のイベントグッズの手配が進まず、結果イベントグッズなしでイベントを開催しなければならなくなった、というものである。

 同じような事態で、イベントで歌う予定の歌手が登壇できなくなった。その際、社長は報告を聞いた後、イベント会社の人間にこう聞いた。

「それで、解決策は?」

 イベント会社の人間は歌手の代わりにマジシャンの手配をする旨を伝えた。最初の歌手よりも知名度が高く、お客様にも楽しんでもらえると太鼓判を押した。

 そして、イベントは大成功であった。


 二つの事例は、最初の出発点がよく似ている。

 だが、片側は失敗し、片側は大成功となった。

 逼迫した事態に直面した際、どれだけの修羅場をくぐっているかで対応が変化する。

 未熟が悪いわけではないが、感情的になり、ただでさえ解決に割ける時間がない中、動かない・動けない状態になることは、問題解決ができない可能性を高める。

 逆に、そんな時こそ落ち着いて、冷静に対処できる人間がいれば、その人間はトラブル時に頼りにされる。そういった人材が、会社に一人はいて欲しいものである。

 ん? この人物像、友人が当てはまる。

 私は意外と周囲を巻き込みながら解決していく形だが、友人は一人で対処していく形である。

 やり方は違えど、問題解決の点では同じかもしれない。

 私が最初に自分に力をつけて、自分を頼りにできるようになるのが実は安心だと思ったきっかけがある。

 京都から長野県までの、片道自転車旅だ。

 自分で荷物を用意して、地図とスマホを片手に京都から滋賀県、滋賀県から岐阜県、岐阜県から長野県までと自転車で踏破した。

 その時に思ったのだ。あきらめても、結局家に帰る労力がかかる、あきらめずにやり遂げた方が、資源もここまでやってきた行動も無駄にならずに済む、と。

 あきらめる方が私にとっては損だった。ならば、目標を成し遂げたい、と。あきらめなければ、体を動かしていれば、必ず目的地に辿り着くことがわかりきっていたのだから。

 あれは、きっと私の人生においての、大きな転換点の一つだった。

 机上の空論ではなく、体験として。深く深く、心に刻み込まれたのだ。

 最初の一歩を踏み出す勇気がなかなか持てなかったりする。

 考えを行動に移すことができなかったりする。

 だが、一年後、本当に自分は生きているだろうか?

 それがわからないのだから、人生でやりたいと思ったことはどんどんやっていくべきではないだろうか。体験の全てが自分の糧になるのだから。

 万物は流転する。

 常に同じではいられない。

 それならば、変化に対応し、変化を楽しみ、あるいは苦しみながらも、人生を謳歌したい。

 私の人生の舵を握っているのは、私なのだから。

 周囲? 家族? 環境?

 問おう。その選択を自らが選んだ、選ばなかったことも含めて人生だ。

 ずっと周囲が悪いと言い続けることは、その環境を無意識に選んでいる自分への悪口や非難だ。

 だって、因果は巡るのだから。

 自分が言う悪口や非難を一番聞いて、浴びるのは自分自身。あるいは身体を構成している細胞だ。負の言葉を聞き続けて、細胞が無事でいられるはずもない。

 自分で自分の細胞を壊していることに気づかない。ただ、それもその人が選んでいる。

 止めることは余程でない限りはしないだろう。

 自分の人生の選択を他者からガチャガチャ言われたくはない。仕事の指摘は別だが。

 決断を下す。行動に移す。その責任を負う。

 ただ、この三つだけな気がする。


 変化を恐れる。

 変化を喜ぶ。


 どちらにせよ、留まり続けることは不可能。

 これからも私は、生きることで変わり続けるだろう。

 ならば、その変化を柔軟に受け入れながら、楽しんでいきたいと思っている。

 長くなってしまった。今日はこの辺りで筆を置こう。続きはまた明日。

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