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面倒くさがりの飲食店店員(女)の日常  作者: 美月


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お昼はベランダで。お誕生日おめでとう、私。

 さて。昨日の朝は本当に大変だった。どぎつい悲しみにどっぷりと浸り、表現しなければ悲しみから抜け出せない、といった状態であった。

 昨日投稿した短編は、実は泣きながら書いている。

 ゲームなどをして、気を紛らわせながら少しずつ感情を整えていく。

 お昼ご飯を外で食べようとベランダに出た。背中に太陽光を当てると、身体がとても動いた。

 首筋と背中の肩甲骨の間に日光が当たるようにする。たった10分ほどの日光浴でも、身体の中の溜まった何かがましになる感覚になる。

 ただ、首筋が暑すぎて手拭いをまいた。

 良い天気だ。飛行機の音なども聞こえてくる。

 身体に日光を当てる。それは、健康習慣の一つだ。

 嫌いだ、という感情が湧く。憎いという感情も。たまには、負の感情とも付き合おうか。

 「嫌い」は、興味関心があるからこそ「嫌い」になる。興味関心がなければ、「無関心」だから。

 目を閉じると、視界が赤っぽいオレンジに彩られる。あるいは、明るい白のような、黄色のような。黒っぽくはならない。目を閉じても、人間はちゃんと色を感じられるのだ。

 紙に、言葉を吐き出してみる。吐き出して、吐き出して。やっと落ち着いてくる。

 好きだから。愛してるから。まだ、一緒にいたかった。執着を捨てられたら楽になれるかな、とも思う。

 精神的にガサガサだ。気持ちが落ち着かない。

 悲しいが、消えない。誰かの悲痛な「あああああ」という叫びが、耳の奥から消えてくれない。

 妄想だろう。妄想だ。それなのに、消えない。

 妄想だから、消えないのだろうか。

 だから、表現するのだ。ひとまず表現すれば落ち着く。

 歌でも、小説でも、どんな形でも。

 人には承認欲求があるから。それを満たすためにやってることでもあるのかもしれない。

 あぁ、そうだ。小説投稿を始めてから五ヶ月ほどか。書いてて思う。いろいろとあった。

 そして、今日は私の誕生日だ。

 お誕生日おめでとう、私。

 誕生日だからこそ、昨日投稿した短編小説はお誕生日についても出たのだろうな。

 ちなみに、あれは私ではなく実際にあった悲劇でもある。

 交通事故で息子さんを亡くしたご両親の。

 何故、それを知っているのか。

 以前、私は車同士で交通事故を起こしたことがあるのだ。

 人を巻き込んでの交通事故だった。警察を呼び、交通事故の後処理をして。

 幸いだったのはレンタルカーでの補償をつけての事故だったが故に、お金をそれ以上払うことはなかった。そして、事故での怪我人はいなかった。車は確かに壊れたし、精神的な苦痛はあったかもしれないが、身体的な怪我は誰にもなかった。

 だから、私は免許更新時に事故についての講習も含めたものを受けることになったのだ。

 そこで、出てきた。交通事故で子どもを亡くしたご両親が。

 車は人を簡単に殺せる道具でもある。

 ひやりとした。普段から、きちんと安全運転を心がけないと怖い。

 だって、失ってから後悔しても遅いから。

 愛してるから。その愛の深さが。悲しみを深くするのだ。

 いつ別れるのか。それを人は知ることができない。知ることができなくて良いのだ。

 きっと、そんなことを知ってしまえば苦しいしつらい。

 別れの時を知らないからこそ、出会い、一緒にいられる時間を大切にしようと思える。

 危険に近づかないように、何度も何度も口を酸っぱくして言う。

 ちなみに、事故が起きた道は初めての道ではなく、よく慣れた道でこそ事故が起きたりする。

 慣れているからこそ、ゲームなどの余所見運転をしてしまうのだ。

 道の状態は、日々変化する。安全だと思っても、安全ではないことが多々ある。

 だからこそ、常に危険があるかもしれないと、道の状態をちゃんと自分で確認して、安全運転を心がける。

 大丈夫だという慢心や驕りを持たず、確認しながら安全に運転してほしいと思う。

 と、交通事故を起こした私が言うのもおかしいかもしれないが。

 後悔するような運転をしないように。

 それだけは、心に刻まれた。

 人生も同じ。後悔しないような生き方をしたい。

 やりたいことをやる人生。

 私の人生の目的は、おもしろ楽しく幸せに。気楽気楽に生きる、だ。

 お金を稼ぐのは下手っぴかもしれないけど。

 それが不幸とは限らない。

 創意工夫で、自分が楽しめる環境にしていく。

 楽しめる心持ちにしていく。受け止め方にする。

 私の人生は喜劇がいいのだ。悲劇で終わりにしない。悲劇であるなら?

 大切な命との別れが、次の出会いに繋がると信じる、かな。

 人が繋げられる縁の総量は決まっている気がする。別れがあるからこそ、難問に直面するからこそ、新たな出会いがやってくることがある。

 泣きたいなら、泣けばいい。

 自分の悲しみを自分が表現しなければ、誰も表現してくれないから。

 けれど。自分じゃない誰かにもきっと救われている。

 自分の悲しみを代弁してくれているような、誰かの創作物に救われることもある。

 誰かの優しさに縋らなければ、生きていくことさえ困難な時もある。

 死にたい、と願い。生きたい、と願う。

 そんな相反する願いを持つのが、人間な気がする。

 壊れそうな、壊れたんじゃないかと思う感情は、どうすれば良いか?

 じゃあ、この言葉を贈ろう。


「無限大の愛が君に降り注いでる。傷ついた心・身体、すべて癒やしてくれるよ。

 次元を超えて。時空を超えて。かつて一緒にいられた心を再び繋いで。ひとりじゃないよ」


 さて、長くなった。今日はここまでにしよう。

つづきはまた明日。


10/9日が、私のお誕生日です。いつも、お読みくださりありがとうございます(^^)。

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