42話 進むお化け
※視点が変わります。
昼下がりの空は、やけに高かった。
風はぬるくて、少しだけ乾いている。
春の終わりみたいな、曖昧な空気。
駅前で買った小さな花束を片手に、ゆっくりと坂を上った。
未練を断ち切る、までの壮大な覚悟ではない。
ただ痛みを伴わず、彼のお墓の前に立てる気はした。
「……久しぶりだなあ。」
誰に聞かせるでもなく、ぼそっと呟く。
墓地は静かで、やけに整っていた。
等間隔に並んだ石の列は、どれも同じ顔をしているように見える。
その中で、目的の場所を探すのに少しだけ時間がかかった。
「あ、あった。」
小さく息を吐く。
しゃがみ込んで、花を置く。
手を合わせるほどの信仰心はないけど、なんとなく、姿勢だけはそれっぽくなる。
視線を落とす。
そこに刻まれた名前を、ぼんやりと目でなぞる。
「……。」
一瞬だけ、間があった。
「……元気?」
自分で言って、少しだけ笑う。
おかしな話だと思う。
元気なわけがないのに。
「……まあ、そっちはそっちで、適当にやってんでしょ。」
軽い口調。
そうあってくれという願いをこめて。
風が吹く。
花が、かすかに揺れる。
「……こっちは、まあ普通。」
少し考えてから、付け足す。
「……あ、そうだ。」
顔を上げた。
「……なんかさ、最近ちょっと変なおじさんと知り合ってさ。」
くすっと笑う。
「……いや、ほんとに変なんだって。」
思い出すと楽しくなる。
「……でもさ。」
間。
ほんの少しだけ、言葉が止まる。
「……あの人いると、あなたといた時みたいな、そんな感じがするんだよね。」
自分でも理由はわからないけど。
肩をすくめる。
「……意味わかんないよね。」
風がまた吹く。
今度は、少しだけ冷たい。
立ち上がってズボンについた砂を軽く払う。
「……じゃあね。またくる。」
軽く手を振る。
それだけ。
振り返らない。
来た道を、そのまま戻る。
足取りは、行きより少しだけ軽い。
墓地の出口に近づくにつれて、街の音が戻ってくる。
車の音。
遠くの笑い声。
生活の気配。
ポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。
「……あ、やば。」
小さく呟いて、少しだけ歩く速度を上げた。
そのまま、少し後ろ髪を引かれながら、日常の中へ戻る。
風が吹いて、花が揺れた。




