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何もしてないのに、幽霊だけ勝手に成仏していくおじさん ~スロプーおじさんは除霊なんてしたくない~  作者: Samail
1章 おじさんと日常

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29話 秒読みお化け

※視点が変わります。

ホールの中は、いつも通りだった。


光。

音。

回り続けるリール。


何も変わらないはずなのに——


今日は、少しだけうるさく感じる。


「……。」


さっきから、ずっと——


引っかかっている。


「……。」


名前。



誰かに呼ばれた気がする。


はっきりと。


逃げ場のないくらい、真っ直ぐに。


「……誰だよ。」


口に出してみる。

軽く言ったつもりだったのに、声が妙に乾いていた。


知らないはずだ。

知らない、はずなのに。

胸の奥が、ざわつく。


「……っ。」


頭の奥が、少しだけ痛む。


何かが、引っかかっている。


思い出せそうで——

思い出したくない。


「……やめろ。」


誰に言っているのか分からないまま、呟く。


リールが回る。

止まらない。

音が、やけに遠い。


夜。

風。

笑い声。


「……。」


知らない。

そんなもの、知らない。


——でも。

自転車。

後ろ。

重い、って。


「……っ、やめろ。」


今度は、はっきり言った。

胸の奥が、締めつけられる。

懐かしい。

でも、それ以上に。

怖い。


「……知らねえよ。」


吐き捨てるように言う。

言葉にしないと、飲み込まれそうだった。

リールを叩く。

止まる。

揃っていない。


「……どうでもいい。」


少しだけふらつく。


「……くそ。」


苛立ちが、形にならないまま溜まっていく。


さっきの感覚。


名前。


声。


全部繋がる気がする。


でも——


「……いらねえ。」


はっきりと、

そう思った。

繋がった先にあるものを、

知りたくない。


「……。」


息が浅い。

視界が、少しだけ揺れる。

何かが、崩れていく感覚。

自分の輪郭が、曖昧になる。


「……俺、」


口を開く。

でも、その先が続かない。

俺は——


「……誰だっけ。」


ぽつりと、零れた。


その瞬間。

頭の奥で、何かが弾けた。


光。


音。


衝撃。


「——っ!」


思わず、頭を押さえる。

ぐらり、と視界が歪む。

断片が、流れ込んでくる。


夜。


コンビニ。


笑い声。


自転車。


後ろに、誰か。


「……やめろ、やめろ、やめろ……!」


掴めそうになる記憶を、振り払う。


無理だ。


こんなの、処理できない。


「……っ、くそ……!」


息が荒くなる。

周りの音が、全部遠い。

自分だけが、取り残されたみたいに。


「……。」


視線が落ちる。

床。

影。

影?

——自分の、影?


「……。」


それが、妙に薄く見えた。

実感が、ない。

ここにいるはずなのに。

いる、はずなのに。


「……はは。」


乾いた笑いが漏れる。


「……なんだよ、それ。」


自分に向けた言葉。

分からないことだらけだ。


でも、一つだけ分かる。


認めなければ、


戻れなくなる。


「……知らねえ。」


もう一度、言う。

今度は、小さく。


「……知らないままでいい。」


言い聞かせるみたいに。

それでも。


胸の奥のざわつきは、消えなかった。


むしろ——

少しだけ、強くなっていた。


「……くそ。」


吐き出して、椅子に座り直す。


リールが回る。

音。

光。

いつもの景色。


「……。」


手が、少しだけ震えていた。


理由は、考えない。

考えたくない。


ただ——

ほんの少しだけ。


「……。」


寂しい、と思った。

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