22話 チャリンコお化け
いつものホール。
自動ドアが開く。
音と光が流れ込んでくる。
「……。」
一歩、入る。
「どしたの、ずげぇ疲れてるじゃん。」
横から声。
「……あぁ。」
靴を引きずるように歩く。
「憑かれてるな。まちがいなく。」
「は?」
ユウトが少し笑う。
「何それ。」
「そのまんまだよ。」
「何かあったの?」
「……あった。」
少しだけ間。
「実はな……。」
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朝。
駐輪場。
少しだけ冷える空気。
コンクリートの地面。
「……。」
しゃがむ。
前輪。
ぺしゃんこ。
「……パンクかよ。」
小さくため息。
ポケットからスマホ。
検索しかけて——やめる。
「……まあ、やるか。」
ぼそっと。
その時。
「そうかそうか。」
「……?」
顔を上げる。
誰もいない。
「お前さんはイングラムというんだな。」
「……は?」
固まる。
ゆっくり、自分の自転車を見る。
「……なんでそれ知ってんだよ。」
「いい名前だ。」
声は、すぐ後ろ。
振り向く。
じじい。
作業着。
油で汚れた手。
腕を組んで、うんうん頷いている。
「……誰だよ。」
「通りすがりの自転車屋さんだ。」
「怪しさが爆発してるんだが。」
「本当だ。」
「いや絶対違うだろ。」
「で、直すのか?」
じじいが顎でタイヤを指す。
「……まあ、そのつもり。」
「やめとけ。」
「は?」
「お前には無理だ。」
「いやいや。」
少しだけムッとする。
「やったことくらいあるわ。」
「失敗する。」
「決めつけんなよ。」
「空気入れて終わりだと思ってる顔だ。」
「……。」
図星。
「パンクはな、穴を見つけて、塞いで——」
「知ってる。」
「知ってるだけだ。」
「……。」
少しだけ黙る。
「店に持ってけ。」
「……金かかるだろ。」
「かかるな。」
「じゃあ自分でやる。」
「やめとけ。」
「だからなんでだよ。」
じじいは、少しだけ目を細める。
「自分でやるのはいい。」
「……。」
「ただな。」
「中途半端にやるくらいなら、最初から人に任せろ。」
「……。」
「直したあと、面倒を見るのはお前だ。」
風が吹く。
「……。」
少しだけ目を逸らす。
「……別に、そこまで考えてねえよ。」
「だろうな。」
「……。」
「だから失敗する。」
「うるせえな。」
「店に持ってけ。」
「……。」
少しだけ考える。
「……近くにあったっけ。」
「ある。」
じじいが指さす。
「そこを曲がってすぐだ。」
「……。」
「行け。」
「……。」
立ち上がる。
「……じゃあ、まあ——」
振り向く。
いない。
「……。」
誰もいない。
「……またか。」
少しだけ、間。
「……まあいいか。」
自転車を押す。
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自転車屋。
小さな店。
油の匂い。
「すみません。」
「はーい。」
奥から声。
出てくる。
「……。」
一瞬、止まる。
「どうしました?」
店長らしき男。
「……パンクしたんですけど。」
「見せてもらっていいですか?」
「……ええ。」
工具の音。
手際がいい。
「……。」
ふと、視線が逸れる。
壁。
古い写真。
油で汚れた作業着。
腕を組んで、うんうん頷いている。
「……。」
「——終わりました。」
「……ああ。」
まだ見ている。
「どうかしました?」
「……これ。」
壁を指す。
「ああ、親父です。」
「……。」
「よく似てるって言われるんですよ。」
少しだけ笑う。
「……そうか。」
「去年、死んだんですけどね。」
「……。」
少しだけ、間。
「……そうか。」
それだけ言う。
金を払う。
「ありがとうございました。」
「……えぇ。」
店を出る。
外。
タイヤを軽く押す。
しっかりしてる。
「……。」
跨がる。
少し進む。
軽い。
「……。」
小さく息を吐く。
「……結局、人任せか。」
少しだけ、間。
「……まあいいか。」
ペダルを踏む。
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現在。
「——って感じだ。」
「ふーん。」
ユウトが頷く。
「で?」
「で、ってなんだよ。」
「教訓は?」
「別に。」
即答。
「……ほんと?」
「ほんと。」
「……まあ。」
少しだけ間。
「自分でやるより早いな。」
「それだけ?」
「あと楽、だ。」
「へー。」
少しだけ笑う。
「……おじさんらしいね。」
「だろ。」
「なあ。」
「なんだよ。」
「その自転車の名前、なんだっけ。」
「……。」
「自転車に名前つけてるなんて似合わないも程があるんだけど。」
「うるさいよ。」
本気で成仏させてやろうか。




