111話 不思議なお化け
※セイコ視点
夕方の喫茶店。
ガラス越しの光は柔らかくて、外の暑さが嘘みたいに静かだった。
冷房の効いた空気が、じんわりと肌に馴染んでいく。
「ここのケーキがすごく美味しいんですよ!」
「楽しみ。」
向かいに座るサクラさんは、うれしそうに答える。
ちなみにおじさんはいない。
なんかまだまだ打ち足りないらしい。
大丈夫かな、あの人。
ケーキが来た。
フォークを動かす。
「……。」
サクラさん。
沖縄で会った時から思ってたけど、この人は距離の取り方が普通じゃない。
初対面なのに遠慮がないし、でも馴れ馴れしいわけでもない。
ただ自然に、そこにいる感じ。
「……あの。」
口を開いてから、少しだけ迷う。
「サクラさんって——」
「サクラでいい。」
かぶせるみたいに言われた。
「敬語もいらない。」
「……。」
早い。
こっちはまだ“どう呼ぶか”考えてる途中なんだけど。
「いや、でも——」
言いかけて、止まる。
どうしても引っかかる。
こういう距離感、慣れない。
「……。」
サクラさんがフォークを止めた。
こっちを見る。
その視線は、なんというか——
“見られてる”というより、“測られてる”感じがする。
「友達、でしょ。」
「……。」
一瞬、言葉が出なかった。
友達。
軽い言葉のはずなのに、妙に重く落ちてくる。
「……うん。」
小さく頷く。
「……わかった。」
わずかに微笑んで、サクラはまたケーキに戻る。
「……。」
なんだろう。
強引なはずなのに、不思議と嫌じゃない。
むしろ——
「……。」
ちょっと、嬉しい。
グラスの水を一口飲む。
冷たさが喉を通って、少しだけ頭が整理される。
「……ねえ。」
「なに。」
「おじさんの隣、なんかいるの分かる?」
「分かる。」
即答だった。
迷いも、確認もない。
「……。」
やっぱり、この人は“見えてる側”だ。
「見える?」
「見える。」
「……そっか。」
分かってたけど、少しだけ息が抜ける。
「……。」
言葉を探す。
これ、どう説明すればいいんだろう。
「……実はさ。」
「うん。」
「知り合い、なんだけど。」
「うん。」
「……。」
うまく言えない。
でも、言葉にしないと、多分ずっと曖昧なままだ。
「……なんか。」
「はっきり見えない。」
「……。」
サクラは何も言わない。
ただ、聞いてる。
「でも。」
「……。」
「話してるのは、分かる。」
「……。」
自分でも変なこと言ってると思う。
見えないのに、分かるなんて。
でも。
「……何を話してるのかまではわかんない。」
間とか。
空気の動きとか。
視線の流れとか。
「……いる」ってことだけは、どうしても分かる。
「……。」
サクラが、少しだけこっちを見る。
その視線は、さっきより深い。
表面じゃなくて、もっと奥。
「……。」
「見たいの?」
「……うん。」
少しだけ前のめりになる。
「……。」
サクラはほんの少しだけ考えて、
「合わせようとしない。」
「……え?」
「そのまま見る。」
それだけ言った。
「……。」
やり方を教えるわけじゃない。
でも、多分これが大事なんだ。
「……。」
言われた通りにする。
目を細める。
でも、無理に何かを見ようとはしない。
ざらざらした感じ。
空気の歪み。
あの、輪郭にならない違和感。
それを、そのまま。
「……。」
少しだけ、近い。
「……あ。」
一瞬。
ノイズみたいな何かが浮かんだ。
テレビの砂嵐みたいな。
「……。」
でも、すぐに消える。
「……あれ?」
思わず声が出る。
「……消えた?」
「消えてない。」
サクラが静かに言う。
「またズレただけ。」
「……ズレた?」
「うん。」
それ以上は言わない。
「……。」
分からない。
でも。
「……。」
さっきより、確実に近付いた気がする。
「……分かる。」
小さく呟く。
「……。」
サクラは何も言わない。
ただ、少しだけ頷いた。
しばらく、静かになる。
店内の音が戻ってくる。
遠くの会話。
店内のBGM。
少し前に流行った曲。
「そういえば、サクラいつまでもいられるの?」
「……。」
無言。
じっとこっちを見つめてくる。
「え、どうしたの?」
「ここは楽しい。住もうかな。」
?
何言ってるの?この人。
コップの氷がカランと溶けた。




