106話 生意気なお化け
※視点が変わります。
「そろそろ帰るわ。」
愚息が言った。
この馬鹿は、昔からこうだ。
呼びつけても来ない。
たまに顔を見せたと思えば、すぐ帰る。
「マユにも挨拶しときな。あんたが何も言わないで帰ったら、あの子しばらく荒れるから。」
お役目はこなせるだろうけどね。
「……。」
家は、もう静かだった。
さっきまでの人の気配が、嘘みたいに引いている。
皿が重なる音。
湯呑みを下げる音。
誰かが、箒を動かす音。
全部、日常に戻る音だ。
「それ、こっちでいい?」
「ええ。」
手は止めない。
止めると、考えるから。
「……。」
ふと、廊下の奥を見る。
あの子がいる。
靴も履かずに、壁にもたれて。
何を考えているのか、分からない顔で。
昔から、そうだ。
勝手に、いなくなって。
勝手に、かえってくる。
「……。」
変わらない。
それでいいのかと、思ったこともある。
「……。」
あの子はああいう性分だ。
ただ不思議と一人っきりにはならない。
そういう子。
「……。」
視線を戻す。
あの子の近くに、もう一人。
セイコ。
「……。」
さっきまで、マユに捕まっていた子だ。
あの子にしては、珍しい。
人を連れてくるなんて。
変なものなら、しょっちゅう連れて帰ってきてたが。
「……。」
少しだけ、見る。
落ち着かない顔をしている。
それでも、逃げない。
「……。」
筋はいい。
口には出さない。
分かるだけでいい。
「……。」
もう一つ。
増えている。
「……。」
あれは。
まあ、いいか。
「……。」
知らないわけじゃない。
今後どうなるかは知らないが。
「……。」
手を動かす。
皿を重ねる。
布巾を絞る。
「……。」
止まらない。
止まらない方がいい。
「……。」
そのうち、音が減る。
気配も減る。
残るのは、家の音だけ。
「……。」
玄関の方。
靴の音。
「……。」
来るな。
「……帰るわ。」
分かってる。
「マユには挨拶したの。」
「……した。」
嘘ではない顔。
「そう。」
それならいい。
「……。」
一歩、出ていく。
呼び止めない。
呼び止めても、意味はない。
「……。」
ただ、
「気をつけな。」
それだけ言う。
「……無理、すんなよ。」
一瞬目を見開いた。
「……。」
静かになる。
「……ふぅ。」
手を動かす。
まだ、やることがある。
愚息の思わぬ一言。
生意気になった。
口の端が上がった。




