第168話 熱い思い
リント王国から国境を越えてニルバ王国に入るとカサール伯爵率いるカサール騎士団の方々やマルダート男爵様のマルダート騎士団が出迎えてくれていた。
ソルドナット伯爵様が、
「出迎え感謝いたす」
などとカサール伯爵様とニコニコと話しているが、僕としては、
『帰ってこれたけど…この後僕はどうなるんだろう…』
と、人生の岐路なのは何となく分かるが、いったいどちらに向かう道が有るのか分からない迷子状態での帰還で有った。
暫くカサール伯爵様と旅の簡単な報告を交わした後に、ソルドナット伯爵様は、
「さぁ、カサールまで頑張れば久しぶりにベッドで休める。 国王陛下より数日の休みや特別報酬も頂けたし本日はカサール伯爵殿が宴の席を用意して下さっておるぞぉ!」
と旅のメンバーと盛り上がっているが、僕としてはその輪に入って、
「やっふぅ~!」
などと喜ぶ雰囲気にはなれなかった。
そしていよいよ旅が終わりに近づき、今後の不安が現実味を帯びてきたここ数日、ベルの、
「お兄ちゃんには私がついてるから…」
という優しさが嬉しくも、自分が情けなく感じてしまい気持ちが落ち込んでいる。
『この漠然とした不安から目を背けていてはダメだ!』
と思い腹を決めて向き合う事にしたのであるが、カサールまで向かうガタガタと揺れる馬車の中で僕が辿り着いた答えは、
【失うという事と、今あるものが変わってしまう事への恐怖】
であった。
リント王国では先代のアグノーティス伯爵から続く闇の組織により違法奴隷や密輸品を違法と知りながら買っていた貴族も沢山おり、クソ親父の時だけでもかなりの騒ぎになったのだが、今回はその黒幕が捕まった事により連座制のあるリント王国では何も知らないまま捕まる貴族や金持ちなどの子供も沢山居るだろう…そんな方々の中で僕だけ、
「えっ、知りませんよ…」
なんて母のやらかした悪事から逃れる事は、上手くすれば出来るかもしれないが、
『それは人としてどうなんだろう?』
と思ってしまっており、何らかの罰が与えられる可能性がある。
そうなると今現在、僕の周りに有るものを手放さなければならなくなったり、手放さないまでも今まで通りではいられなくなる事が怖くて怖くて仕方がないという自分の心に気がつけた。
『なにも無い追放者だったのに、今はどれ一つ失う事にもビビってしまう程に幸せだったんだな…』
と理解した僕は、
『でも、あんなのでも母親だからな…アレの為に罰を受けるのは癪だがそれもまた運命なんだろう…』
と覚悟を決めて、隣に座るベルに、
「ベル…もしも僕がまた、一文無しの追放者になっても変わらずに家族として側に居てくれるかな…」
と、賠償金対策でテイカーさんに商会を託した後に無一文の借金奴隷や追放者になっても【失くならない安心感】を求めてベルに面倒なお願いをしたのであるが、そんな面倒なお願いにも彼女は笑顔で僕の手を握りしめ、
「嬉しい…私も離れろって言われても絶対に離れないから…」
と言ってくれた事で、僕の心は足場がしっかりとした大地の上に立てたように落ち着き、
『よし、クソ親父の尻拭い気分でニルバ王国の方々為に少しでも償えるようにと頑張って来たが、今度はあの母親の尻拭いとしてリント王国の方々の為に頑張るぞ…』
と腹をくくる事が出来たのであった。
そして、カサールの町に到着したのは夕暮れ前の事で、
『我が家に帰ってゆっくりしたいな…』
とは個人的には思うが、今は視察団のメンバーである為に勝手に帰る訳にも行かず、カサール伯爵様のお屋敷にて無事にニルバ王国まで帰還できたことを祝って行われている宴に参加している。
正直なところ皆と違いお祝いムードになれない僕は必死に場の空気を悪くしないようにしているのだが、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、カサール伯爵様が、
「聞いたぞジョン君…バシッと決めたらしいな…」
とニヤニヤしながら僕に話しかけて、
「どうだった?」
などと漠然とした質問をしてくるので、
『あぁ、あの夜のドタバタの件か…ソルドナット伯爵様とかは眠らされてたもんな…』
と理解した僕は、
「どうもこうも、ベルのおかげです…」
と完全にあの夜の主役として悪の組織のボス夫婦をその拳にて黙らせたベルの事を褒めたのであるが、近くで僕とカサール伯爵様のやり取りを聞いていたクリスト様とゼルエルガさんが、
「ベルちゃんは、ジョン君が男らしかったって…」
などと、どうやら先にベルから当日の事を聞いていたらしく、僕の頑張りを褒めてくれ、少しくすぐったい気持ちの僕が、
「そんな…あんまり褒められたものでは無かったですよ…必死だっただけで…」
と言っていると、僕たちの出迎えからカサールへの移動の際も騎士団と共に同行してくれていたマルダート男爵様ご夫婦までこの輪に参加したかと思うと、男爵様は、
「いやぁ、娘からさっき聞いたよ」
と僕の方をポンポンと叩きながら、
「リント王国に入る前日にウチの娘をもらってくれないかとお願いしたが…」
と僕の心の古傷をえぐり始め、奥様まで、
「あのあと、娘に酷く叱られてしまいまして…」
と、追撃で傷口を刺激してくる。
『そんなに虐めなくても…娘さんには完璧に拒否されましたよ…』
と悲しくなる僕にマルダート男爵様は、
「そうそう、娘からジョン君を慕っているベルちゃんの前でなんて事を言うんだって…」
と苦笑いした次の瞬間、僕の手をギュッと握り、
「まずはジョン君、ベルちゃんとの婚約おめでとう」
と言ってきたのである。
「へっ?」
と変な声を漏らし固まる僕を他所に、周りのカサール家の親族一同は、
「ベルちゃん嬉しそうにプロポーズの話を…」
とか、
「エルフ族の王族も婚約者を守る為に贈るという首飾りを見せてもらいましたわ…」
などと盛り上がっているのだが、僕としては、
『ん? 乱闘騒ぎのあの夜の話…だった…よね…』
と頭の中でハテナマークが畑一面に大豊作であり、そのハテナマークの収穫に大忙しだったのだが、
『首飾りはプレゼント…した…けど…プロポーズ?』
などと、ここ最近ベルと交わした会話を頭の中で再生し、
『あっ、一文無しになっても家族として側に居てってお願いした!』
と思い出して、ようやくカサール伯爵様達が、
「十五歳の誕生日を待ってプロポーズなんて…」
とか、
「まさかジョン君がそんなロマンチックなプロポーズをするなんてね…」
とか、
「兄妹の様に育った二人が、悪の組織を二人で壊滅させた後にって…そこらの吟遊詩人が飛び付く題材になりますな」
などとキャッキャウフフしている事が理解できたのであった。
『えっ…告白してない相手にフラれた事になったり、お見合いをする前に全力で拒否されたりした僕は、次はやったつもりのないプロポーズを成功させていたと?』
と自分の浮いた話の特殊な事に呆れてしまうが、
『そうか…昔からベルはお嫁さんになるのが夢だって知ってたけど、最近自己紹介で僕の嫁を名乗っていたのも鈍感な僕の外堀から責めるベルなりの作戦だったのかな…』
などと感じるが、同時に、
『本気のベルに色々と気を遣わせた上に、無意識でプロポーズしたなんて…どう説明しよう…』
と反省しつつも自分なりにベルとの事を真剣に考えて、
『兄妹だと思ってたけど、ベルが居るだけで安心できるって事は…』
と自分で自分の心に聞いてみた結果、
『ベルのご両親にお許しをもらう為にお墓参りに行かないとな…』
と、流石に十五歳のベルといきなり結婚は成人しているとか、していないとかは別にして、婚約者として暫くはお互いの距離感を探る期間を設けていただかないと僕の心臓がヤバイ可能性が高いから…
『えぇ、ヘタレですよ。 これからの人生設計も不安定な訳アリ物件の僕には普通の恋愛すら難しいのに、幼なじみより高難易度の兄妹設定からの恋愛だから…』
と言い訳を並べてみたが、単純に考える事が増えてしまいもう脳が熱くなってしまって知恵熱で倒れそうなのか、ベルとの事を意識して真っ赤になって暑いのか分からない僕であった。
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