第159話 知ってるけど知らない
幼い時には、
『生まれた町から戦地となっている国境付近なんて、そこそこ遠い場所』
だとずっと思っていたし、辺境伯領の領都から戦時中に占領していたマルダートの町まで護送された時には外の景色を眺める余裕も無かったので、今回の人生で初めてしっかりと国境から生まれ育ったペアの町までの道のりを貴族馬車の中から眺めてみたのだが、
『案外近かったんだ…国境…』
と物理的には驚く程近くて、リント王国側の法律により追放されていた僕には長年どうやっても行けない遠い存在だった故郷に帰ってきたのではある。
しかし、帰った所で自分の血を分けた家族や親戚すら誰一人この町には居ないという何ともいえない懐かしの我が家であるが、僕としては家族なんかより会いたい人がそこに居るのだ。
それは流石にあのクソ親父と比べるのは気が引けるが、風の噂でペアの歴代の領主の中でも一番の名領主と聞くバートン子爵様である。
「町もだけど、お屋敷も見違えるほどに綺麗になったな…」
と、貧乏貴族の治める町の領主の館だったはずが、建物の形こそ見覚えがあるが、全く違う雰囲気の立派な庭の先には、お取り潰しとなった我が家に代わりペアの領民を守る為に辺境伯様の広大な領地には領主や代官として治めるのにもっと条件の良い土地があっただろうに、それらの選択肢を捨ててまでこの町と我が家の尻拭いを全てを引き受けてくれた辺境伯家の息子であるバートン様…今はペア町を治めるペア子爵様がわざわざ玄関先まで出てきて下さり僕たちを出迎えてくれているのであった。
騎士団の騎馬に守られて走る視察団の馬車の列が到着したご領主様のお屋敷の玄関先にて無事に国境を越えてリント王国に入った事について訪問団のリーダーさんと楽しげに話をするバートン様は、
「狭いですが本日は我が家にて…」
と、メイド達に視察団の皆さんを用意した部屋への案内を指示すると、僕の方にゆっくりと歩いてきて、数秒僕の顔を見つめたバートン様がガシッと僕を抱きしめて、
「よくぞ戻られた…私はこの瞬間をどんなに夢見た事か…あの時は何の力にもなれず…」
と涙を流して下さったのである。
いや、僕としては【有難い】を通り越して【申し訳ない】ほどにバートン様に感謝しており、少し焦りながら、
「ペア子爵様…僕の方がどのように感謝して良いか…ここへ来るまでのペアの町では幼い時には考えられない程の民の笑顔が溢れており、町並みも見違えるほど…何処の空の下でも領地の方々の事を心配しなくても良かったのは風の噂で聞こえてくる程のペア子爵様が新たな領主になって下さったからこそ…」
と感謝を伝えると、僕が知っている成績優秀な少年のバートン先輩ではなくガッシリとした立派な青年となった彼が、
「水くさい…昔の様にバートンと呼んでくれ…」
というのであるが、
『いやいや、バートン先輩とは言ってましたが…バートンと呼んだことは…それに今は子爵家当主とガッツリ平民ですよ…』
と困りながらも僕は、
「では、バートン様…」
と間を取って呼びかけると、バートン様は、
「ジョン君…私こそ君の噂を聞くたびに心が踊るようだった…追放賢者殿…」
などと僕の事を呼ぶのであった。
「あの…その追放賢者って…」
と僕がこの旅の際にたまにリント王国側の方々から聞く【賢者】なる僕の異名についての事を尋ねたのであるが、バートン様はその事には興味が無いのか、
「そうだ、紹介がまだだったな…私の妻だが…どうだジョン君…見覚えがないか?」
などとイタズラっ子のような笑顔を僕に向けながら話を進めているのである。
「見覚え…ですか?」
とバートン様の言葉で奥方様と紹介された目の前の女性を見つめてみたが、見覚えがあるような…やっぱり無いような気がする僕は頭の中で、
『見覚えが有ったとしても、どのタイミングかと言われると学校である確率が高いが…』
と学生の頃の記憶を辿ってみたが、殆ど図書館に逃げ込んでいた学生生活にて、こんな美人と知り合たという記憶がなく、
「う~ん…」
と唸っていると、奥方様は少しがっかりしながら、
「えっ、ジョン君…同級生だった私の顔を忘れたの?」
と言って呆れているのである。
『ど、同級生ですか…』
と、かなりのヒントをもらった僕は記憶の引き出しをクラスメイトに絞ったのであるが、同級生と云えどこんな美人はイケイケ貴族の取り巻きぐらいにしか居なかっただろうし、イケイケ貴族の取り巻きなんて話した事すら無いので覚えている訳もないのである。
『あぁ、これは詰んだ…イケイケ令嬢には接点が無かったもんな…』
と、ギブアップ状態で思い出す作業を諦めようとしたのであるが、しかし、奥方様が呆れたように、
「ほらっ、これでどう?!」
と、自分の両手で前髪から目の辺りを隠して鼻と口元だけを見せた瞬間に、同級生の中で錬金術師を目指していた前髪で殆ど顔が見えなかった少女の事を思い出し、
「あっ!」
と声を上げると彼女は、
「やっと思い出した…私たちを結びつけてくれた愛の御使いが私の事を忘れたかと心配したわよ…」
などと言ってはいるが、その間も僕は、
『たしか…えぇっと…辺境伯領近くの子爵家のお嬢さんで…』
と顔には出さないようにしながら、名前まではハッキリ思い出せずに焦っているのである。
すると彼女は、
「私はもうエラダームの家から嫁いだから昔みたいにエラダーム子爵嬢なんて呼ばずにイザベラって呼んでよ」
と自己紹介してくれ、
『助かった…』
と内心でホッとしながら、
『そうだエラダーム子爵嬢だ…イザベラさんって名前だったんだ…初めて知ったかも…まぁ、仲良くなりかけで投獄されて追放だったもんな…』
などと思いながら、
「では、イザベラ様…今後ともよろしくお願いします」
と頭をさげると、バートン様とイザベラ様は二人して、
「それよりも、隣のお嬢さんの紹介を…」
と、僕と一緒の貴族馬車から降りてきたベルの事を聞いてくるので、僕は、
「あぁ、そうだね…話すと長くなるんだけど…」
と追放後にベルと出会って妹になった話をしようとするのだが、ベルがメリーさん直伝のリント王国式の淑女のお作法にて深々と頭を下げながら、
「ジョンの妻のベルと申します」
と王都からずっと、どうやら気に入っているらしいドッキリ挨拶をすると、イザベラ様の瞳がキラリと光り、
「ベルさんね…良いお茶が有るから奥でちょっと…いえ、じっくりたっぷりその辺の事を…」
と言ってベルの手を引いて屋敷の奥へと消えて行ったのであった。
疾風の様に消えた奥方様にバートン様は、
「まぁ、田舎で恋の話は良い娯楽だからな…」
と呆れつつも、
「まぁ、ベル嬢とジョン君の話は後ほど妻から聞くとして…私も君に話したい事が山の様にあるんだ…視察団の皆さんとの夕食まで少し時間をくれないか?」
と僕に相談してくれるのであるが、僕がリント王国へ来た一番の目的が視察団の一人としてリント王への謁見ではなく恩人であるバートン様との再会だった為に、
「是非…僕も話したい事が山どころか山脈ぐらい有りますので…」
と云うと、彼は、
「流石は賢者殿は冗談もスケールが違うな…」
などと笑っているのであるが、
『いや、本当にその賢者って…なんですか?』
と余計に不安になる僕であった。
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