「黒」
ニルスたちはボドリウス共和国が位置している半島の最東端である岬に来ていた。
周囲にはソキウスが弾いている琴の音が響き渡らずに潮風によってかき消されている。
近くにいるニルス達でないと琴の音は聞こえないだろう。
逆に聞こえているニルス達にとっては素晴らしい音だった。琴によって生み出されたメロディがそれぞれペアを組みタップダンスを踊っているような、軽やかで美しい音であった。
これほどの実力があれば街で演奏し稼ぐことも、どこかの国の宮廷で雇ってもらうこともできただろうになぜ魔王封印の旅などに同行しているのか不思議である。
ソキウスのことだ。正義感などというものではないだろう。
ニルスはソキウスの過去のことが気になったが尋ねることはしなかった。聞いても話してくれないということはわかっていたし、それなのにわざわざ聞こうとも思わなかった。
「おれたちがやる必要あるのか? 軍に任せればいいのに」
ソキウスが竪琴を弾きながら気だるそうにぼやいた。
「そんなことを言うなよ。お前の武器のためでもあるんだ。今回うまく行けば報酬で最高品質の弓は確実にもらえるだろう。それに加えて皇帝に恩まで売れるんだぞ。最高じゃないか」
「そうはいってもねぇ」
ニルスの説明を受けても変わらずソキウスは面倒そうにあくびをしながら竪琴を弾いている。
「やる価値があるかとやる気が出るかは違うものさ」
「そんなことよりもその賊はどこにいるのですか?」
ソキウスに向かって少し冷たい目線を送りながらアリアが言った。
「詳しくはわからない、ここらへんの空にいるとしか聞いていないからな」
「空……? ワイバーンに乗っているとかですか?」
「いや、空に拠点があるらしい」
「どうやら俺らの勇者様は狂っちまったらしい、人が空で生活できるわけないだろう? もっとも魔法でも使えるなら話は別なのかもしれないが」
「魔法はとうの昔に滅びましたよ」
「知ってますよ、そのくらいは」
アリアの容赦のない正論の口撃に少し拗ねたのかソキウスは草むらの上で寝転んでしまった。
確かに空にいるとはどういうことだろうとニルスが真面目に考え始めた時、ソキウスが声をあげた。
「ん?……ん??……え? なあ空になんかないか? それとも俺の神を信じる心が強すぎて遂に天上におわす女神様が見えるようになってしまったのか?」
「ネプロス教に女神は存在しませんよ」
ザナドゥス教には絶対神であるザナドゥスの他には神はなく、遠い昔にザナドゥスが全てを生み出し、永遠に人々を見守っていると言われている。もっとも絶対神ザナドゥスの性別は不詳とされているので女神というのもあながち間違ってはいないのかもしれない。
ソキウスに呆れながらもアリアとニルスはそれぞれ頭を動かし真上にある雄大な空を見上げる。そこには太陽以外には白と青しか存在しない美しい景色があるはずだった。だがそこにあったのは青と白、それに加えて存在しないはずの巨大な‘‘黒‘‘があった。
「なんだ……あれ」
「飛竜……ではないですよね」
「あれが賊のいるところ……なのか?」
「あんなの……嘘だろ、完全に浮いてるぞ!」
遠すぎるのと逆光によってシルエットしか見ることができないが、形は円というより先端が尖っている楕円であり、船がそのまま空に浮いているようだった。
ニルスたちに訪れた困惑の渦が消えきる前にニルスが口を開いた。
「とりあえず、行くしかないか」
「行くってどうやって?」
「もちろん魔術でさ」
この世界における魔法と魔術というのは、色々な作品で使われているほぼ魔法と同じというものではなく。
何の関係もない「別物」です。簡単に言うと魔術は錬金術の進化系で魔法は見た目が似てるだけの別物です。
魔術というのは錬金術により発生する代償を魔力によって肩代わりすることで、水関係からは水関係のものしか生み出せないという原則を打ち破り、この世に存在する元素ならば大抵のものは構築することができます。もちろん普通に錬金術を使用することも可能。
錬金術と魔術を行使するにはどちらも行う術の内容に合った錬成陣を書かなければいけません。なので魔術を最低限使うにも膨大な量の専門教育が必要とされています。
そして、錬成陣をちまちま敵の前で書いているわけにもいきません。そこで使われているのが魔力で錬成陣を空中などに描く方法です。ニルスも使ってましたね。この方法がこの世界では一般的です。
一般的な教育と訓練を受けた一般人は魔力の操作技術と集中力の限界によって3個ほどが同時に起動することができる錬成陣の数の限界です。集中力や操作技術が極限まで高かったとしても魔力量が少なければ結局錬成陣を書くことができません。
そして錬金術も魔術も起源は今現在、不明です。
魔法の詳細に関してはもっと物語が進んだ時に書こうと思います。




