「なにか」
アリアに言いたいことを言い切ったソキウスは声を発さなくなってしまったアリアをその場に置いてニルスを探し始めた。
真剣に二人の関係を元に戻すのならばもう少しアリアに意見を述べるべきなのだろうがソキウスはそんなことお構いなしだった。
確かに二人がいがみ合ってるのは面倒臭いが、そのためになんで俺がそこまで頑張らなきゃいけないのかというのがソキウスの考えだった。
アリアと違いニルスは比較的すぐ見つかった。アリアを探すために街を奔走していた時に何度かニルスは見かけていたのである程度の位置は分かっていたからである。
ダルの海岸線の中央には交易用の巨大な船が何隻も止まっており、人々が汗を流し働いている。その光景は圧巻そのものであった。
ニルスはそんな場所からは距離を置き、人がほとんどいない小さな桟橋でポツリと座り込んでいた。眼前には広大な海と空、交易船が映るのみでさざ波の音が良く聞こえた。
ニルスは海の中は嫌いだったが上から見る分には好きだった。特に青空とともにある海が。
ソキウスはかなり前にニルスを見つけていたが、未だ声をかけられずにいた。
ニルスの目は、ぼおっと水平線の彼方を見つめているが何を見つめているのかは見当もつかなかった。
ニルスの雪の様な白銀の髪が潮風によってなびいていた。ニルスの少し少年の様な印象を憶えさせる顔もあいまってソキウスはなぜか見入ってしまった。
もちろんソキウスに「そっち」の気はないし、生まれてから女一筋である。なんなら美しさのあまり男から言い寄られるのはソキウスには今まで少なくなかった。
ソキウスは自分がどうにかしてしまったのかと疑いながら、ニルスにゆっくり近づき後ろから肩を軽くたたき声をかけた。
「おい」
「わかってる、俺が悪いことはわかってる。だが考え方を変えるつもりはない」
ニルスはソキウスの方には見向きもせず、水平線を見つめながらそう言った。
「なぜだか聞いてみてもいいかい? 勇者様」
返答はなかった。だがソキウスはそれを承認の意味だと捉えることにした。
「なぜ悪いとわかっているのに変えようとしない?」
「……自分が他人の目に見たら間違っていることなんて分かる。だが俺はこの方法を信じているし、それを変えるつもりはない」
「だがな、勇者様——」
ニルスが言葉を無理やり遮るようにわざとらしく大きく声をあげる。
「そんなことより! 盗賊の本拠地の話聞いたか? あれ太古の昔に存在していた古代文明がつくったものらしいぞ! そもそも古代文明があったことにも驚きだが、まさか人が自らの力だけで空を飛べるとは……人はすごいな!」
ニルスはソキウスには何も言わせないと言わんばかりで、矢継ぎ早に自分の感情を吐き出していた。ソキウスがもう面倒くさくなっていた時に「それ」は起こった。
「俺たちもいつか空を飛べるように………………………いや……何でもない……人が空を飛べるわけないな………古代文明だって存在するわけがない………」
ニルスは言葉の途中でいきなりソキウスの方に首を高速で回転させ、目を見つめながら言った。
声のトーンは数段低く、その声には感情がこもっていない。目にはソキウス自身が映っているがその奥には何かはわからない深い闇があるように感じ、焦点が合っていなかった。
ソキウスは「そのニルス」に対して悪寒を覚えた。体からは汗が吹き出し、ニルスから離れなくてはと本能的に感じていた。
今まで相当数の修羅場を乗り越えてきたと思っていたソキウスだが、これほどの悪寒を味わったことは今まで一度もなかった。だからこそ得体のしれない目の前のものと、この悪寒に対して恐怖を感じていた。
ニルスはそれ以上は何も話さなかった。首の向きを戻し、また動かずに水平線の彼方をぼおっと見つめ始めた。
ソキウスは恐怖に支配され、体を動かすことができなかった。心の内では一刻も早くこの場から離れたいと思っていながらも離れることができなかった。
足が動いたころにはソキウスの髪が潮風によって髪がパサパサになり始めていた。




