今と未来
「遺跡ねえ、宝でもあるのかな」
ソキウスが屋根の上で雲一つない空をぼーっと見つめながら呟く。当然のことながら昨日までソキウスたちがいた宙に浮いている盗賊たちの本拠地も見えなかった。
「まあ、そんなことより、今はあいつらをどうにかしないとな」
ソキウスは体を起こし、下の大路地にいたニルスとアリアを思いだしながらそう呟くと、大きなため息を一つ吐き出した。
少し前、下ではニルスとアリアによる壮絶な舌戦が巻き起こっていた。盗賊の本拠地から地上に降りてきて、首都ダルに着くまでは少し変な空気ではあったが平和ではあった。
だがその平和は何気ない、だが鋭い一言によって破られた。
「遺跡でも自分を犠牲にするつもりですか」
その一言は短かったが、ニルスの嫌なところに深く鋭く突き刺さった。
ニルスは顔をしかめながら簡単に答える。
「謎を解くだけだ」
「ですが、遺跡では”勇者”が謎を解くための鍵と聞きました。また自らを傷つけることを強いられる可能性もないとは限りません」
世間では勇者、勇者と持てはやされているが、他の一般人と明確に違うのは驚異的な再生能力のみ、他は魔王を倒す運命とかそういう胡散臭い伝承のみで明確に勇者についてわかっていることはほとんどない。
「そうなったとき、あなたは迷わずに自分を犠牲にするでしょう」
「今俺が少し痛みに耐えるだけで”未来”が手に入るんだ。それでいいじゃないか」
「私には勇者であるあなたを守る責務があります。ですので安易に自分を傷つけられると困ります。そして私は”今”と”未来”だったら”今”が欲しいです。”未来”は思った通りに行くことが少なすぎます、確かに”今”もいつ崩れるかわからないですけども”未来”を信じるよりは、今あるものを守っていく方が確実で安全です」
「”今”だろうと”未来”だろうと俺の体は再生する、すべて変わらず元通りになるんだ」
お互いの言葉が少しづつ燃え上がっていき、加速していく。
「再生しなかったらどうするのですか……」
「俺は勇者だ、再生しないなんてことはあり得ない。たとえ再生しなくなったとしても、俺一人の犠牲で”未来”がつかめるなら俺はそれでいい」
今までの会話の中で最も強く重い言葉だった。ニルスは「明日の朝には出発するから準備をしておくように」と言い残し一足先に去って行ってしまった。
ソキウスにはアリアの瞳に薄い水の膜が張っているように見えた気がした。アリアがそんなニルスの背中を見つめながらボソッと言葉をこぼした。
「その考え方のことを言っているのです……」
ソキウスは別れた二人のどちらの方に先に行こうかと少し間悩んでいたが、最終的には、綺麗ごとばかり言う「野郎」よりは「俺の守備範囲外だが美しい少女」の方に向かうべきだろうと判断を下した。
ソキウスがアリアを探し始めて早1時間程、交易で栄えているダルは当たり前だが人が多く、弓で鍛えられた自慢の視力をふんだんに使って探したがなかなか見つからなかった。
「あの派手な金ピカな鎧だったら見つけやすいはずなんだが……あの嬢ちゃん身長低いしなぁ」
先ほどからこういったボヤキが止まらない。ブツブツとボヤキながら屋根から屋根へと飛び移り、上からアリアの姿を探すもやはりなかなか見つからない。
もうあきらめてしまおうかとも思ったその時、人がほとんどいない路地裏でキラリと光るものを見つけた。
その瞬間は、通行人が着けているアクセサリーかとも思ったが、そういったものとは明らかに光の明るさが違う。
太陽が反射しているそれは、小さなもう一つの太陽のようだった。
その光に近づいて行くとやはりアリアであった。
太陽が昇っていても薄暗くジメジメしている路地裏で一人寂しく座っており、一振りの剣を抱きかかえ、うつむいている。
「やっと見つけた」
ソキウスはそう言うと屋根からアリアの目の前に飛び降りた。落下の衝撃により地面の砂が巻き上がり、ソキウスとアリアどちらの鎧も少し汚れた。
アリアは突如として上から降ってきたソキウスに驚かずにいられなかった。
「な、なにを……」
「あんた、俺が迷惑してること分かってるよな?」
「それは勇者様……いえ、ニルスが自分はどうなってもいいという愚かな考えをしているから……」
「本当にそれだけか?」
ソキウスの目はアリアの目をまっすぐ見つめており、いつものソキウスとは打って変わって真剣そのものだった。
「嬢ちゃん、あんたたしか魔力がなかったな」
アリアはその言葉を聞いて、ソキウスの視線から逃げるように目を下へと向けた。
うつむいたまま少しの時を置き、口を開く。
「……はい、私は生まれつき魔力がありません。正確に言えば空気中の魔力を体にため込むことができません。ですが、それに何の関係が?」
「いいや、本当に魔力がない人間がこの世にいるのか確認したくてな。いやあ、それにしても驚きだ! 魔力がなくても生きていけるなんて!」
ソキウスはアリアを煽るように、歌で鍛えられた良く響く、そして演技じみた声で嘲笑した。そしてそれはアリアの心を悪い意味で突き動かした。
アリアから放たれた、いつもの声とは比べ物にならないほどの暗く重い声が、やはり二人以外には人がいない裏路地とソキウスの体に響き渡る。
「一体あなたは何が言いたいのですか? 我が誇りを侮辱するのならば問答無用で……」
アリアが立ち上がりながら手にしていた剣の柄に手をかけ、騎士の誇りを傷つけた愚かな詩人に対して抜き払おうとしていた。
だがソキウスは自分が一刀両断される一歩手前で声を大にして言った。
「それだ」
アリアは柄に手をかけたまま、その言葉の意味を理解できずに立ち尽くしていた。
「嬢ちゃん、あんたはなぁニルスに嫉妬してんだよ。まあ正確には勇者の持つ無限の魔力に……か?」
明らかな動揺がアリアを覆っている。アリアには自覚はなかった。自分が勇者に対して嫉妬しているという自覚は。だがソキウスによってその思いが心の底から引っ張り出されてきていた。
「そんなことは決してありません、勇者という存在には憧れこそ抱いても嫉妬など……」
少し間をおいて答えたアリアだったがその言葉には明らかな迷いがあった。
なんとかして自分の心の底に眠っているものを守ろうと言葉を紡いでいるアリアに対してソキウスは無慈悲なまでに捲し立てた。
「憧れと嫉妬なんて紙一重だ。それにあんたは自分が勇者だったらと思ったことが一度はあるはずだ。だがあんたが勇者だとしても自分を犠牲にすることは変わらないと思うけどな。大体、勇者なんかにあこがれる奴なんてほとんどが自己犠牲が大好きな変人なのさ。あんただけがそうじゃないとは、とてもじゃないが思えないな」
ソキウスに「そもそもお前は矛盾している」ともとれる言葉を休む間もなく連続で投げつけられてアリアは呆気と疑心にとらわれていた。それがソキウスに対してなのか自分自身に対してなのかはアリア自身にもわからない。
「そもそも俺は勇者も、勇者にあこがれている奴も嫌いだ……」
ソキウスがアリアにも聞こえないほどの小ささでボソッと呟いた。




