9 私に無理強いされたとでもおっしゃいましたか?
事前の根回しも何もないジュリアンの発言に、会場内が騒然とした。
「婚約解消とは、穏やかではありませんね」
「ローゼンバーグ公爵令嬢ほど王太子妃に相応しい令嬢はいないと思いますが──」
「娘が学園に通っておりますが、そのような話は一切耳に入ってはおりませんよ」
貴族がざわめくなか、宰相の声が響く。
「静粛に! ──殿下、貴方には卒後直ぐに立太子が控えております。当然公務は今以上に増え、妃を伴わなければならないものもあるでしょう。
なのに貴方は今、ローゼンバーグ公爵令嬢との婚約を解消すると口にされました。この国の今後についてはどうお考えですか?
ご存知とは思いますが、王族の伴侶は伯爵以上、正妃は公侯爵の三親等以内の血筋でなければならないと『王室典範』にも明記されております。
しかもそれだけでは次期王妃の椅子には座れません。それ相応の器量が求められるからです。
──当然高位貴族の血が一滴も流れていない下位貴族の娘など、高位貴族の養女となったとしても認められることはありませんよ」
「っ……」
宰相の、まるでエミリアのことを知っているかのような物言いに、ジュリアンは視線を落とした。
そんなことはジュリアンにもわかっている。それが可能であるのなら、疾うの昔にフェリシアとの婚約を解消し、エミリアを妃に据えていただろう。
ジュリアンはエミリアを害しようとするフェリシアを排除した先にある、エミリアと共に過ごす未来しか見ていなかった。
一方フェリシアは黙りこむジュリアンを見て呆れていた。
その様なことを口にしておいて、何の策も考えていなかったとは。
いや、それを承知で彼を次期王太子にすることを決めたのはここに集う者たちか。
フェリシアは上座に座る公爵である父の方をチラリ、と見た。
今日は何が起ころうと手出し無用と先に伝えている。
そのため、彼は娘が侮辱されているというのに、この状況を楽しげに静観している。──フェリシアの視線に気付き、ウィンクまで投げてくる始末だ……
「そ、そのようなことより、ローゼンバーグ公爵令嬢の資質について話したいと思う!」
ジュリアンは大きな声で誤魔化すようにそう叫ぶと、フェリシアを指差した。
どうせフェリシアが犯した罪が知られれば、後任が決まっていなくとも彼女はジュリアンの婚約者の座を引きずり下ろされるのだ。順番が前後するだけで、結果は変わらない──とでも考えていそうである。
ジュリアンは続ける。
しかし、宰相の指摘に焦り、動揺しているのか、この場にいる者が頭を抱えたくなるようなことを口走った。
「フェリシア・ローゼンバーグ公爵令嬢!
貴女は私とエミリアの関係に嫉妬するあまり、私が忠告したにもかかわらず、彼女を呼び出してはマナーレッスンと称し陰湿な嫌がらせを繰り返した。
更には私とエミリアの逢瀬を邪魔せんと、彼女を拉致監禁していたことも分かっている! いくら公爵令嬢とて、これは犯罪だ。
大人しく罪を認め、罰を受けよ!」
──ジュリアンの学園生活は側近の手により国王と王妃、宰相の三人に、つまびらかに報告されている。
もちろんジュリアンが可笑しな行動をとるようになってからは、フェリシアも報告を上げており、当然エミリアの件も周知されている。
そのため国王は息子の口から婚約者以外の令嬢の名前が飛び出しても驚かなかった。
そして、この場にいる貴族たちもジュリアンが次期国王の資質に欠けていることは重々承知の、海千山千の曲者たちばかり。
中々現実では起こり得ない、演劇の一場面のようなジュリアンの発言に、即座に静観の道を選択した。
「第一王子よ。婚約者でもない令嬢をファーストネームで呼び、あまつさえ“逢瀬”などという愚かなことを目論んでいたことはよくわかった。
しかし、この件について聞くのは後にする。
──ローゼンバーグ公爵令嬢、第一王子の発言に対し、何か申し開きはあるか?」
国王に指摘されて、はじめて自身の失言に気付き青くなったジュリアンだが、その矛先がフェリシアに向いたことで、一転優越感に満ちた笑みを浮かべた。
恋をすると人はこうも使えなくなるものなのか──以前はここまででは無かったように記憶している。
もしもこれが万人に共通する恋の弊害なのであれば由々しき問題だと、フェリシアは思った。
「──申し開きも何も、全く身に覚えがございません。
件のご令嬢とならば淑女科の講義の延長で何度かお会いしておりますが、拉致監禁などといった事実はございません」
ジュリアンと違い、一点の揺らぎもない堂々としたフェリシアの態度に、貴族たちは『そうであろう』と納得の表情を見せた。
「嘘を申すな!」
フェリシア優勢の雰囲気に慌てたジュリアンは、声を荒げた。
「貴女は私の忠告を無視し、マナーレッスンと称してエミ──ベルモンド男爵令嬢に嫌がらせをしていたであろうが!」
「殿下の忠告……? あぁ、『令嬢に対して、余計な手出しは許さない』とおっしゃってましたわね」
本来ならばこのような発言を一国の王子がするなど、あり得ない。
一貴族の利益のために動いていることに他ならないからだ。しかも、忠告というより恫喝の色が濃い。
「殿下、」
フェリシアは会場を見渡しながら、ジュリアンを視界にいれることなく、呼び掛けた。
「社交界デビューを控えた淑女科の令嬢を捕まえて、マナーのレッスンを『余計な手出し』とは申しませんわ。
それに、私は殿下が春先に提言された『貴族の品格の向上』に倣っているだけですもの」
ジュリアンはここがどこで、今どのような状況なのか失念しているようだ。
事も無げに答えるフェリシアを忌々しいモノを見るように睨み付ける。
「──確かにマナーのレッスンは令嬢にとって必要なことだろう」
高位貴族がサロンを開き、下位貴族に指導をする──これは、何の問題もない、当たり前の行為だ。
それはジュリアンも承知している。
ただ、
「しかし適切な指導であると言うのであれば、あのように立つこともままならなくなるほど行う必要は無かったのではないか?」
「カーテシーのレッスンで足に負担がかかるのは当然ですわ。貴族令嬢であれば誰もが通ってきた道です。彼女だけが特別というわけではありません」
ただ、エミリアは市井で過ごした時間が長いだけあり、立ち居振る舞いは平民のそれだ。
幼少の頃から貴族令嬢として過ごしてきた者と比べれば、基礎的なマナーを身につける過程が過酷なものになるのは仕方の無いことである。
「当然休憩も挟んでおりましたわ。
それなのに、ふらつく令嬢を無理に連れ出したのは殿下ではないですか。
私は自分に恥じる行為はしておりません。
それとも男爵令嬢が私に無理強いされたとでもおっしゃいましたか?」
フェリシアはジュリアンの出方を見透かしているかのように冷徹な笑みを浮かべると、王族である婚約者からの断罪の言葉にも動じず、その視線をジュリアンの後ろにある豪奢な壁紙へと投じた。




