10 そのような事実はございません
「それとも男爵令嬢が私に無理強いされたとでもおっしゃいましたか?」
そう言ってフェリシアが浮かべる笑みは、纏う色のせいか何処か冷たさを感じる。
王族に対して虚偽を述べる行為は死にも等しい。そのため嘘をついているわけではないだろう。
しかし、嘘ではないが、本当でもない──ジュリアンは、フェリシアの笑みを見るたびに隠し事をされているように感じていた。
「ベルモンド男爵令嬢がそのようなことを口にせぬよう、貴女が画策したからだろうが!」
ジュリアンは監禁されているエミリアを救いだした後、色々尋ねたが、彼女は怯えて何も答えてはくれなかった。
愛する令嬢に頼ってすらもらえない……これほどまでに自身を無力だと感じたことは無い。
それもこれもフェリシアのせいだ。
「貴女はエミリアを呼び出して過度な指導をしたあと、彼女を案じて迎えに来た私と会わせぬようサロン内での監禁を繰り返していた。貴女の策略通り、エミリアは恐怖で何も言えなくなってしまっているのだ!
何度貴女のサロンに行ってもエミリアに会えぬゆえおかしく思い、昨日貴女が去った後に再びサロンに足を踏み入れたところ、私はエミリアが室内に閉じ込められているのを発見した。
──現在彼女は私が王城で保護している」
それは事実だろうか──これには成り行きを静観していた貴族たちも騒然とした。
ジュリアンは周囲を見渡しその反応に満足すると、フェリシアに視線を戻して言葉を続けた。
「──もちろん証人もいる! エミリアと侍女をここへ!」
その言葉を聞いて、会場が更にざわめいた。
御前会議──国王のいる場に許可無く部外者を呼び込んだのだ。
フェリシアもジュリアンの予想外の行動に驚きを隠せなかった。
──この男は本当にエミリアに好意を持っているのだろうか。
フェリシアがエミリアの名を出さずに『令嬢』と呼ぶに留めているにもかかわらず、ジュリアンは散々名を出した挙げ句、この場に本人を召喚しようというのだ。
次期王太子と懇意にする男爵令嬢。
国の根幹に関わる次期王太子と公爵令嬢の婚約に暗雲をもたらした男爵令嬢。
下位貴族であるにもかかわらず、許可なく御前会議の場に現れた男爵令嬢──
その原因が第一王子の身勝手さだとしても、だ。
エミリアを守ろうとしているジュリアンの手によって、彼女の将来は完全に潰えることになる。
ジュリアンの宣言に、扉の近くに立っていた近衛騎士が国王に視線を移した。
この場の警備を任されている彼も高位貴族であり、ジュリアンの『難』を知る者である。
国王が「構わぬ」と許可を出すと、彼は一礼してその扉から出て行った。
そしてしばらくしてジュリアンに召喚されたエミリアと侍女が入室してくると、騒然としていた会場がしんと静まり返ってしまった。
「……ゥッ、ゴホンッ、──では殿下進めてください」
「彼女がローゼンバーグ公爵令嬢に監禁されていたエミリア・ベルモンド男爵令嬢。そしてこの件への荷担を余儀なくされていた学園サロンの侍女です」
場の空気など気にした様子もなく、宰相に促されたジュリアンが二人を紹介する。
それを受けて、二人がスカートを摘まみ、カーテシーをした。
エミリアの手は傍目にみてもわかるほど震えており、その顔色は蒼白だ。
突然このような場に連れてこられたのだから、無理もないだろう。
それを見たジュリアンがフェリシアに言った。
「見ろ! あんなに怯えて……可哀そうに……
さぁ! エミリア。顔を上げて、フェリシアにどのような仕打ちをされたのかをここで述べるのだ。──大丈夫。私はもちろん、ここにいる者は皆君の味方だ」
「……」
とうとうジュリアンはフェリシアすら名で呼ぶことにしたようだ。取り繕う気も消えてなくなったらしい。
しかし、自身に語り掛けるジュリアンをよそに、エミリアはカーテシーの体勢のまま、口を開くことはおろかピクリとも動かなかった。──いや、正確に言えば、緊張でか足元と手が小刻みに震えてはいる。
「フェリシア! 貴女が睨むからエミリアが怯えているではないかっ!」
カーテシーで視線を落としているエミリアの視界にフェリシアが入るわけがない。
フェリシアが呆れを通り越して無の境地に入ったところで、国王より二人に声がかかった。
「よい。面を上げ、楽にせよ」
第一王子が何を言おうとも、この場で一番身分が高い国王陛下に声を掛けられるまでは体勢を崩さないのがマナーだ。
厳しい叱責に何度も泣きそうになっていたエミリアであったが、今この瞬間、心の内ではフェリシアに深く感謝しているに違いない。
国王の言葉に二人が体勢を戻すが、やはりエミリアの顔色は芳しくない。
「両名にこの場での発言を許す」
国王が二人にそう声を掛けたところで、宰相が引き継いだ。
「ベルモンド男爵令嬢、貴女はローゼンバーグ公爵令嬢に不当なマナー指導を受け、拉致監禁されたのですか?」
「いっ、いいえ。そのような事実はない……です」
エミリアの口から出た否定の言葉に、いち早く反応したのはジュリアンだった。
「エミリア、もうそのような嘘をつく必要はないんだ。この場で全てを話せば、フェリシアは罪に問われ、君に危害を加えることは出来なくなるんだから!」
しかし、エミリアはジュリアンの言葉に発言を撤回することは無かった。
男爵令嬢が公爵令嬢に逆らえるはずがないか──ジュリアンは仕方なく隣に立つ侍女に視線を移した。
「彼女は学園サロンの侍女です。フェリシアからエミリアを監禁していた部屋の鍵を預かっていました。きっと脅されていたに違いありません! 彼女に聞いてください!」
宰相は自信ありげにそう言いきるジュリアンを一瞥し、それから侍女だという人物を見た。
「では、殿下の主張しておられる疑惑についてお答えいただいても?」
「──当然そのような事実はございませんわ」
「……そんな馬鹿なっ!」
なぜか、ジュリアンの期待した言葉が彼女の口からも発せられることはなかった。
「二人共、なぜ事実を話してくれない?! なぜフェリシアを庇うんだ!」
ジュリアンは立ち上がり身を乗り出すと、必死に二人に訴えかけた。
しかし、宰相に聞かれたことに答えることで、既に役目は終えた二人はその懇願に応じることはなかった。
それもそのはず、ここには王族をはじめとする高位の貴族が勢ぞろいしている。不可抗力で連れてこられたとしても、失態を犯さないために宰相に尋ねられたこと以外、言葉を発しないことが二人の正しい身の振り方だ。
会場にはジュリアンが二人に訴える声だけが響く。
公の場での婚約者の断罪──このような場に居合わせた経験などあるはずもない宰相は、どう収拾をつけたものかと天井を仰ぎ見たあと、その視界に渦中の人物とも言えるフェリシアを捉えた。
ジュリアンの言っている『拉致監禁』が見当違いなことであったとしても、エミリアをサロンに閉じ込めジュリアンと会わせないようにしたことは事実であるはずだ。
ならば、フェリシアの口から説明させなければ、いつまでたってもこの議題が収束することは無い。
「ローゼンバーグ公爵令嬢、なにか弁明があればどうぞ」
宰相はフェリシアに丸投げすることに決めた。
暗にこの件を終わらせるよう言われたフェリシアは、本当に良いのか確認するために国王を仰ぎ見、その視線が『諾』と動くのを確認した。
そもそもジュリアンがこの場で婚約解消を望むことは想定内──というか、フェリシアの策であったが、彼が二人を保護し、この場に召喚することは完全に想定外だったからだ。
フェリシアは、ジュリアンに自身を疑わせてこの場で断罪させることで、次期王太子夫妻の間に信頼関係が築けていないことを証明し、我が国の隙になり得るとして事実はあやふやのままフェリシアの有責で婚約を解消してもらうつもりでいたのだ。
しかしこの場で全てを明かすということは、次期王太子であるジュリアンに公衆の面前で恥をかかせることになってしまう。
フェリシアは、娘の内心の焦りを含めたこの状況を楽しんでいる父をひと睨みしてから、「では、疑惑についての弁明をさせていただきますわ」と言い置き、立ち上がった。
「──殿下、お二人とも私を庇ってなどおりませんわ」




