11 ええ、喜んで
季節は、夏。
フェリシアとオリビアが中庭でジュリアンとエミリアの逢瀬の事実を知った後まで遡る。
「──殿下の隣に相応しいのは、フェリシア様だけですわ」
オリビアの言葉に、フェリシアはこれまで考えつかなかったことに思い至った。
ジュリアンという『花』に相応しい『蝶』は本当にフェリシアなのだろうかと。
美しい『花』に侍る『蝶』は、フェリシアである必要はないのでは?と。
フェリシアには国の未来を揺るがしかねない悩みがある。
両親にも相談できないでいるその悩みは、成長するにつれフェリシアの心に重くのしかかってきていた。
貴賤を問わず、国民のほとんどが『完璧な美貌』『素敵な方』だと褒めそやすジュリアンとフェリシアの婚約が決まったのは二人が10歳のころだった。
ジュリアンはその頃から美しかったが、ただ、それだけだった。
しかし、15歳を過ぎた頃から彼は、急激に湿り気を帯びはじめた。
あの整った顔に潤いを持った無駄に長い睫、何を食べたらそうなるのだと思うくらいに湿っぽく弾力のありそうな唇と、そこへとばかり視線を誘導する口元の黒子が、生っぽい何かを彷彿とさせるのだ。
さらに背丈はフェリシアよりも高いはずなのに、茶会などの二人きりの場面では無意識に身体を屈め、斜め下から見上げるように話しかけてくる癖と、その視線から受ける、甘ったるく、ねっとりとまとわりつくような感覚。
自身の容姿の評価を知っているからこそ繰り出される、人々の視線を意識した動きの一つ一つが、フェリシアにはどうしても受け入れられなかった。
国民のほとんどが彼の『魅力』であると絶賛する色香が、どうしても好意的に受け取れなかったのだ。
──そう、フェリシアはジュリアンのことが『生理的に受け付けない』のだ。
このままではいけないと、藁にも縋る思いでジュリアンのことを『素敵な方』だと話す令嬢に、彼の良いところを聞いてみたこともある。
それを知ることで『生理的に受け付けない』から、『苦手な人』程度に思えるかもしれないと、考えたのだ。
が、
「──美しく甘いマスクに柔らかい微笑み。ただ目が合っただけなのに、なぜかあの潤った唇に吸い寄せられるように視線が釘付けになってしまいますの。
長い睫が儚げな憂いを含み、澄んだ碧い瞳に落とす影が、まるで雨上がりに天使が奏でる詩のよう。
先日お話をさせていただく機会があったのですが、殿下に見つめられると、心を真綿で優しく包み込まれたような、そんなふわふわした感覚に陥って、色香とはこういうものなのだと心から感じましたわ」
……フェリシアは令嬢の言葉に、一欠片も共感することが出来なかった。
しかし、得るものはあった。
ひとつの物事も立場や趣味嗜好の違う者が見れば、違った価値が生まれるということを学べたことだ。
これは人間関係を構築するに当たり、とても有意義な学びのひとつとなった。
自分はどこかおかしいのだろうかと悩んだ時期もあったが、人にはそれぞれ違う価値観があるのだと知ったことで、どのみち自身に与えられた責務を全うするしかないのだと割りきることが出来るようになったのだ。
「フェリシア。ランチのあと中庭を散策しないか? 最近暖かかったから、春の花が一斉に開花して見頃を迎えているらしいんだ」
ジュリアンには少々浅慮なところはあるが、基本的には婚約者としては問題なくその責務を果たしてくれている。
しかし責務外のお誘いは、フェリシアにとってありがた迷惑でしかない。
ウィットに富んだ人物ならば大歓迎だが、ウェットに富んだ人物は遠慮したいというのが正直な気持ちだ。
しかしフェリシアも貴族。その感情を表に出すことはせずに、いつも笑顔で対応する。
「ええ、喜んで」
容姿は本人にどうにかできるものではないため、ジュリアンには本当に申し訳ないと思っている。しかもフェリシア以外の万人には好意的に思われているのだ。
しかし、やはり、無理なものは無理──ジュリアンに対して作り笑いしか出来ないのは見逃してほしいとフェリシアは思う。
その代わり、貴族として国や国民の未来のため、ジュリアンと絶妙な距離を保ちながら、無事に立太子出来るよう、婚約者として完璧に彼を支え、過ごしていくと約束するから。
フェリシアはジュリアンからあまり話しかけられないように、そして彼がエスコートの手を差し出すタイミングを持てないように、謙虚で穏やかな婚約者として、ジュリアンの一歩後ろを歩んでいく。
──これで良いはずはないということはよく分かっている。
ジュリアンの妃となる以上、彼に触れられる日は必ず来るのだ。
ジュリアンとの婚姻の儀まで約二年。
未だその覚悟を持てず、ジュリアンの一歩後ろを歩くしかなかったフェリシアは、この後ジュリアンの上に令嬢が降って来るなどとは、思ってもいなかった。
フェリシアが、一人悩み続けていた『|国の未来を揺るがしかねない《次代についての》懸念』に新たな解決の視点を見出す、約半年前の出来事だった──




