12 彼はあたしのことが一番好きなんだって言ってましたよ?
その日、ジュリアン様がお仕事で学園を早退してしまった。
(学生なのにお仕事があるなんて貴族って大変ね)
ジュリアン様はとってもハンサムで、あたしのピンチに颯爽と現れて助けてくれた頼れるヒト。
あたしには勿体ないくらいの人なんだけど、偉い貴族の子供みたいでいつも忙しそうにしていて、ずっと一緒にいられないのがちょっと不満。
それに、普通付き合っていたらハグしたり、キスしたりするじゃない? だけど彼は一緒にいても手を握る以上のことはしてこないし、学園の人気者で、いつも周りには人がいっぱいいるから、滅多に二人きりになれないの。
時々「彼はあたしのモノよ」って叫びたくなる。
あ、これは不満じゃなくて、不安ね。
あたしは自分でもかなり可愛いと思う。だけど学園にはあたしとは系統の違うキレイな貴族のお嬢様が沢山いるから……
彼に不安だって正直に話したら、可愛いあたしが一番好きだよって言ってくれたの。そして、忙しいのにあたしとの時間を作ってくれた。
(まぁ、いつも彼の回りをうろついている、眼鏡の男子生徒に邪魔されたけどさ……)
でも、それで彼に愛されてるんだって分かったから、我慢できる。
そんな彼を見ているだけで幸せな気持ちになるし、少し物足りなくても会えるだけマシだって思うことにしたの。
「ベルモンド男爵令嬢」
でもやっぱりジュリアン様と会えないことが寂しくて中庭を一人で散歩いていると、ジュリアン様と初めて会った時に彼と一緒にいたご令嬢から声を掛けられた。
「フェリシア・ローゼンバーグと申します。『ローゼンバーグ』とお呼びください」
そのヒトは、その辺のお嬢様とは違う、見た目だけじゃなくて、立ち振舞いっていうのかな? 手の動きの一つ一つ、視線の動きですら、とてもキレイだって思えるご令嬢だった。
そういえば、あの日、なんでジュリアン様と二人でいたんだろう。
あたしには二人きりになれないって言っていたのに……──なんだか胸の辺りがモヤモヤする。
「えと……そのローゼンバーグさ……まが、あたしに何の用ですか」
危ない、危ない。学校では『さん』ではなく、『様』をつけて呼ぶのがマナーだって、先生がしつこく言っていたんだった。
あたしが「セーフ!」とか考えていると、彼女はジュリアン様は本物の王子様だから名前で呼ぶことはやめなさいってことを、難しい言葉で言ってきたの。
ジュリアン様って王子様だったの?! って、内心ビックリしたけど、今は驚いてる場合じゃない!
この人はきっと、自分の方が彼に相応しいのよって、マウントを取りに来たんだ。
だってジュリアン様は素敵なヒトだもの。片想いしてるヒトはたくさんいるはず。
「わぁ! ジュリアン様が王子様なら、私は将来お姫様になるのね!」
だから、将来彼の奥さんになるのはあたしだって教えてあげたの。諦めてねって。
「……第一王子殿下は卒業後の立太子が決まっております。一貴族が殿下の名を口にするのは不敬です」
なのに彼女は、顔色ひとつ変えずにそういってきた。意味が通じなかったのかな?
「でも、ジュリアン様が名前を呼んでいいって言ってくれたんですよ。
王子様ってことは、彼が一番偉いってことでしょう? だったらあなたの言うことより、彼の言うことを聞いた方がいいってことですよね?」
これは前に同じことを注意して来た男子生徒を黙らせたヤツだもん。きっとこの人も何も言えなくなるはず。
「あ、もしかしてローゼンバーグ様もジュリアン様が好きだったりします?
──でもごめんなさい。彼はあたしのことが一番好きなんだって言ってましたよ? 求婚だってされているの」
これだけ言えば、わかるよね?
「だから、こんな風に私に嫌がらせをしに来るのはやめた方がいいと思う。──彼が黙ってないと思うから」
ジュリアン様がいない時を狙って来たって無駄ですよーだ。
あたしの方が背が低いから、下から見上げる形になっちゃうけど、負けたりしない。あたしは愛されてるんだから。
ローゼンバーグ様は位の高い貴族のお嬢様っぽいから、男爵令嬢のあたしにマウント取られてムカついたんだと思う。
これまではあたしを諭すみたいに偉そうに話していたのに、急に怖いくらいの真顔になって言ったの。
「──殿下の婚約者は私のはずですが──?」って。
婚約者がいるなんて、そんなの聞いてないよ。
「──貴方は殿下が王族であることを知ったうえで尚、殿下からの申し出を受けられるとおっしゃるのですね」
ローゼンバーグ様は、なぜかあたしにそんなことを確認して来た。
「そうですよ! 愛する者同士が結ばれるのは普通のことでしょう!?」
婚約してるって人、平民にだってたくさんいたもん。婚約が結婚の約束だってことは、あたしにだってわかる。
だけど、婚約した後に喧嘩したり、他に好きな人が出来たりして別れた人だってたくさんいる。
さっきまで、ジュリアン様が王子様だってことも婚約者がいるってことも知らなかったけど、そんなことは関係ない。
彼の奥さんになるのはあたし。
どんなに嫌がらせされたって絶対に負けないんだから!
──そう思ったけど、彼女の反応は思っていたものとは違ってた。
「──男爵令嬢であるあなたがその道を選ぶことを止めは致しませんが、ベルモンド男爵とよく相談された方がよいかと思います。
それでも貴女が殿下と添い遂げるという気持ちがおありなら、私は、心より歓迎致します。
──ただ一点、どちらの未来を選ばれようと、人前では『殿下』とお呼びするようになさった方がよいと思いますわ。
……では失礼いたしますわね」
彼女は用を終えたとばかりにあたしに背を向けると、嫌味のひとつも言わずに立ち去ってしまった。
「え? 婚約者に手を出すなって言うために来たんじゃなかったの?」
だけど、歓迎するなんて言いながら、お父さまに相談するようになんて、一体どういうつもりなんだろ……
──あ。はじめて会った時、お父さまが進めている縁談があるって言ったから、きっとお父さまが止めてくれるって思ったのね──その手に乗るもんですか!
それにしても、ジュリアン様が『身分の高い人』なんだろうとは思っていたけど、まさか本物の王子様だったなんて……
「ふふっ! 王子様と恋人同士なんて素敵!!」
それに、王子様なら忙しいのは当然なのかもしれないし、普通のお付き合いが出来ないのも仕方が無いのかもしれない。
(そっかぁ)
──エミリアの中に燻っていた不安が風にふかれたように消えていった。




