13 不敬です
「フェリシアが来ただって?! 彼女に何かされたのか?!」
ジュリアンの怒りを孕んだ言葉にエミリアはドキリとした。
彼の口から出た他の女性の名前。
そして、軽い気持ちで「ローゼンバーグ様に会ったよ」と言っただけなのに、必要以上に過剰な反応をしたジュリアンに、消えたはずの不安がムクリと顔を上げた。
(知られたくなかった、とか?)
はじめて会った日、ジュリアンとフェリシア以外に人はいなかった……──そう、彼はあの日、フェリシアと中庭デートをしていたのだ。
なのに、一番愛されているはずのエミリアとは、二人きりになったりしない。今も男子生徒が少し離れたところで目を光らせている。
(まるで、いけないことをしているみたい)
エミリアは浮かんだ考えを消すように、両手を振った。
「ち、違うよ。ただ、不敬だからジュリアン様のことを殿下って呼んだ方がいいって、注意されただけ」
見張りの男子生徒が眼鏡を押し上げた。以前、エミリアに同じことを指摘した側近だ。
「あぁ、真面目なフェリシアの言いそうなことだな。私が直々に許可を出しているんだ。気にすることはない。
君はそのままでいいんだ。
今度フェリシアに会った時にでも、私から言っておくよ」
ジュリアンはエミリアを安心させるように言うけれど、逆効果。
(──婚約者と会う予定があるのだ……)
エミリアの胸から喉にかけた辺りがキュッとなった。
「……ねぇ、ローゼンバーグ様ってジュリアン様にとって……どんな人なの?」
「ん? 彼女は政略で決まった婚約者だ。それ以上でも以下でもない。──私が愛しているのは未来永劫エミリアだけだよ」
ジュリアンはそう言って遠慮がちにエミリアの頬に触れると、ふわりと微笑みかけた。
この美しい男性──それも王子様が、あんなにきれいな婚約者を袖にしてまで自身を欲し、愛を囁いてくれる……エミリアは先程まで感じていた不安も吹き飛び、天にも昇れそうな多幸感に満たされていた。
淑女科には合同授業というものがある。
下位、中位、高位貴族が合同で、マナーレッスンを兼ねたお茶会を行うというものだ。
下位貴族のマナーは高位貴族ほど厳しくはないが、高位貴族の洗練された所作を見てマナーに対する意識を高め、淑女科全体の価値を上げること、高位貴族は他人に指導することで自身を高めることを目的としている。
また、人によっては自身に仕える侍女、将来仕えたい主を見定める場として活用する者もいた。
何故か『歓迎する』と言われたが、ジュリアンが次期国王だということは、婚約者であるフェリシアは次期王妃になる予定だったはずだ。
エミリアのせいで、そのアテが外れたのだ。
フェリシアの発言は強がりで、実はエミリアに危害を加えるチャンスを狙っているのかもしれない──あれ以来フェリシアからの接触が無いことで、エミリアの不安は逆に増していた。
(そうだ! きっと合同授業であたしに恥をかかせるつもりなのね!)
エミリアに直接手を下すより、公衆の面前でマナーを注意して貶めした方が、自身の手が汚れることはないし、皆にエミリアはジュリアンの妻には相応しくないと思わせることができる。
貴族の考えそうなことだと、エミリアは意気込んで合同授業に挑んだが、とうとう最後までフェリシアがなにかを仕掛けてくることは無かった。
それどころか、フェリシアはエミリアだけでなく、作法に疎い令嬢たち全員に公平に注意し、わかり易くアドバイスまでくれたのだ。
そして、それに対してフェリシアに心酔したらしい令嬢がお礼を言うと……
「礼は不要ですわ。私はただ、第一王子殿下が取り組んでおられる『貴族の品格の底上げ』に賛同し、行動しているだけですから」
そう言って穏やかに笑った。
銀糸のような髪が日光に反射して、神々しさすらある。それを見ていた令嬢たちが、ほぅ、とため息を付いた。
(そっか! みんなに優しくして、自分の方がジュリアン様の婚約者に相応しいって、良い人アピールをしたかったんだ!)
エミリアがフェリシアの態度に合点がいったところで、その騒ぎは起こった。
「フェリシア様、素敵です──」
フェリシアの策に嵌まった令嬢の一人が、感極まったようにそう呟いたのだ。
「貴女、不敬です」
フェリシアの後ろに控えていたオリビア・ベルフェール侯爵令嬢が、扇でその令嬢を指したのだ。




