14 あたしが二番目に偉い人になるから?
「男爵令嬢である貴女とローゼンバーグ公爵令嬢には明確な家格の差があります。今は合同授業の延長であることから咎められることはありませんが、本来ならば許可もなく話しかけて良い相手では無いのです。
そのような相手をいきなり名で呼ぶなど、あってはならないことです」
責められている令嬢はジュリアン様が皆と語らうときに、いつも同席して彼に色目を使っている男爵令嬢だった。
そして対するこの人は、いつもフェリシアと一緒に行動しているパッとしない眼鏡の令嬢──
フェリシアは自分の手を汚さず、取り巻きを使うつもりなのだとエミリアは思った。
フェリシアを見ると、白々しくも「仕方ないわね」とでも言いたそうな顔で、オリビアを見守っていた。
「そんな、学園内で不敬だなんて・・」
隣にいた子爵令嬢がそう呟き、周囲の下位貴族の令嬢も皆頷き、困惑したような表情をしている。
エミリアもそう思ったが、巻き込まれてはかなわないので知らぬふりをした。
オリビアは男爵令嬢に向けていた扇を下げると、そんな令嬢たちを見渡してため息をついた。
「貴女方は卒業後のことは考えていて?」
急な話題の転換に驚いたように、男爵令嬢が答えた。
「は、はい。まだ結婚は考えられませんので、どこか貴族家の侍女として働くことが出来たらと思っています」
「私も同じです」
「わたしも……」
「わたしは王宮侍女を目指しています」
「私は婚約者と結婚して先方の家に入る予定です」
次々と答えていく令嬢たち。あわよくば、この場にいる高位貴族のご令嬢に見初めてもらおうと思っているのが透けて見える。
しかし、オリビアが次に放った言葉に、彼女たちは言葉を失った。
「──婚姻し他家に入ることも、侍女として働くことも貴女方には無理でしょう。諦めた方がよろしいかと思います」
場の静寂を破り、一人の令嬢が呟いた。
「そんな言い方……」
その声を皮切りに、「酷い」という声があちらこちらから聞こえてきたが、オリビアはそんな反応に怒ることもなく、ただ表情を崩さずに答えた。
「──そうでしょうか。
確かに学園卒業後は社交界デビューを経て、それぞれの進路へと歩むのが一般的です。
ですが貴女方は今、学園在学中であるという理由からマナーは机上の学びだけで十分。実践する必要は無いのだと口にしました。
──わたくしには学園在学中にマナーを満足に身に付けられなかった者を王家や貴族家が受け入れるなどと、なぜ思えるのか。貴女方のその自信がどこから来るのか不思議でなりません」
未だ自分たちの危機を感じ取れていない令嬢たちの様子をみて、オリビアはもう一度ため息をつくと、後方で事の成り行きを見守っていた伯爵令嬢に話を振った。
「メイズ伯爵令嬢、貴女の家には男爵・子爵のご令嬢が数多く勤めていらっしゃいますわね。彼女たちの今後のためにお言葉をいただいても?」
メイズ伯爵令嬢はオリビアからの突然の指名にも動じず、フェリシアとオリビアの前に歩み出てきて優雅なカーテシーを披露した。
そして 「メイズ伯爵家が長女、ジェレット・メイズにございます。
私ごときの言葉でよろしければいくらでも……」 と不敵な笑みを浮かべて言い置くと、令嬢たちに向き直り話し出した。
自分が何を求められているか、知る顔だ。
「我が家がこの者たちを雇い入れることは無いでしょう」
その第一声に、令嬢たちから短い悲鳴が上がる。
メイズ伯爵家は国をまたいで商会を営んでおり、卒業後の就職先としては一番人気だからだ。
「理由は明確ですわ。学生という立場に甘えて公爵令嬢に不敬を働き、あまつさえそれを指摘した侯爵令嬢に対し、自身の非を認めず『否』を唱えたことですわね。
我が家は令嬢の初期教育の場ではありません。学園で身分制度を弁えていないどころか基本的なマナーも身についていない令嬢など、この先どんな問題を起こすかわかりませんもの。
そのような方を伴侶として迎え入れる家はもちろん、雇い入れる家などあるはずがありませんわ。良識が疑われてしまいます。
当然今ある縁談や内定も、すぐに覆されてしまうでしょう。
貴族家に勤めるにあたり、守秘は必須。
どう思ったかは別としても、ベルフェール侯爵令嬢の言わんとすることも読み取れず、内心が言葉や表情に漏れ出るなど問題外です。
あなた方はすでに私だけでなく、ここにいる高位貴族の令嬢の前で失態を犯しておりますから、卒業後、この国での受け入れ先は無いと思った方が賢明ですわね」
そもそも学生とはいえ次期王太子妃であるフェリシアに対して不敬を働いたにもかかわらずこの態度なのだ。伯爵令嬢でしかない自分など、どのような態度を取られるかわかったものではない。
特に幼子のいる家では侍女が手本となることも多く、雇い入れ前にマナーが身に付いているか否かはどのみち厳しくチェックされる。
伯爵家という自分たちの嫁入り先、雇い入れ先として現実的な家格の令嬢の意見に、その場に居合わせた男爵子爵令嬢たちの顔から血の気が引いた。
ジュリアンが下位貴族の令息令嬢に声を掛けるようになってから、学生の間だけだからと一年生を中心にマナーを軽視する者が増えてきた。
この学園で一番高貴な存在と簡単に語らうことが出来るのだ。そういう認識を持つ者が現れても仕方がないだろう。
しかし、それを許容すればジュリアンが主導しているとされている『貴族の品格の底上げ』に、ジュリアン自ら反していることになってしまう。そうなればジュリアンの言動に矛盾が生じてしまうため、この糾弾は必要なことであった。
とはいえ、この状況の一端を担うのが婚約者であることは間違いないのだ。
絶望を隠さない令嬢たちに、フェリシアは手をさしのべた。
「幸い今回のことは淑女科という限られた場での出来事です。先ほどの不敬はマナーのレッスンの一環として、不問と致します。
ですが、皆様が口にされた発言が消えて無くなるわけではありません。
今後、皆様が貴族として遜色のないマナーを身に付け、今日のことを覆すほどの淑女へと成長を遂げられることを、私は楽しみにしておりますわ」
自分の存在を全く気にした素振りの無いフェリシアに、このマナーという言葉の中には、当然「ジュリアンの名を軽々しく口にするな」という自分に対する『嫌み』も含まれているのだろうとエミリアは思った。
(あたしは、彼女たちと違う。将来はジュリアン様と結婚の約束をしてるし、このままのあたしでいいって言われてるんだから……!)
──……だけど……
『今ある縁談も直ぐに覆されてしまうでしょう』
先程の伯爵令嬢の言葉が、なぜかエミリアに重くのし掛かる。
下位貴族は高位貴族の名を呼んだだけで将来が潰れるなんて、知らなかった。
もし本当にジュリアンと結婚することになれば、フェリシアではなくエミリアが王太子妃だ。
だけど、悔しいかな、所作をひとつとっても、エミリアは何をとってもフェリシアに勝っているものなどないのだ。
(あたしが二番目に偉い人になるから、このままで良いの?)
それでも二番目に偉い人になるのなら、高位貴族と関わることになるはず。
それに、お城にはジュリアンより偉い、王様やお妃様がいる。
ジュリアンはこのままで良いと言ってくれたが、その人たちもそう言ってくれるのか。
ジュリアン以外の者──何事においても完璧で、これまでエミリアが立つ場所に在ったフェリシアでさえ、このままではダメだと言った。
エミリアには、フェリシアに成り代わる自分がこのままで良いとはどうしても思えなかった。




