15 ジュリアン様と結婚するのはあたしですよね
「──これが王室典範……」
フェリシアが法令に関する本を探していると、書架の裏からそんな声が聞こえてきた。
『王室典範』は、王室に関しての制度や法令が記された本である。
フェリシアも王子妃教育の初期の頃に、読み込んだ記憶がある。
(一体どのような方が……?)
懐かしさ半分、興味半分で、フェリシアは書架の隙間から隣の通路を覗き見た。
(まぁ、ベルモンド男爵令嬢?)
なんと、そこに立っていたのはエミリアだった。
ジュリアンの身分を知ったことで、王室について興味を持ったのだろうか──それはとてもよいことだと思う。
しかし、フェリシアはエミリアが少し心配になった。
『王室典範』は歴史書と法令集を足して二で割ったような事柄が、格式高い表現で書かれているのだ。
下位貴族……しかも貴族家に引き取られて一年にも満たないような令嬢が理解できる代物ではない。
「──よろしければ私がお手伝い致しましょうか?」
案の定、1頁目を開いたまま一向に読み進めている気配のしないエミリアに、フェリシアはそっと声をかけた。
「ひっ!」
驚かすつもりはなかったが、エミリアの肩が驚くほど跳ね上がった。
書架の奥には学習や会議スペースとして個室が設けられている。
ちょうどそこでレポートをまとめていたフェリシアは、その部屋へとエミリアを招き入れた。
「お茶でもお出ししたいところですが、図書館での飲食は禁じられておりますの」
入室後、椅子に掛けるようエミリアを促し、自身も着席したところでエミリアが恐る恐るといった感じで切り出した。
「優しいふりなんかして、一体なにを企んでるんですか?」
「企む? ──そうですわね。企み、と、言えなくはないでしょうが、それは誰にも言っておりませんの。だから秘密です。
──ところでベルモンド男爵令嬢。先日お話いたしました件についてですが、『王室典範』をご覧になっているということは殿下からのお申し出を受けられるというお気持ちは、変わりないということでよろしいでしょうか」
フェリシアが何かを期待するような視線をエミリアに向けている。
(あぁ、お父さまに相談しろとか言っていたアレね? お父さまがあたしを止めることを期待したのかもしれないけど、ざんねーん!)
エミリアはフェリシアの策にはまってなるものかと、男爵にはなにも告げていない。
娘がお姫様になることを喜ばない親などいないだろうし、親子といっても全く関わりのなかった男親に、好きな男の話などしたいとは思わない。
「あたしの気持ちは変わりません」
「そうですか」
フェリシアが満足そうに微笑んだ。
「何をお調べになるのですか? 『王室典範』は少々難しい文言で書かれておりますから、是非私にお手伝いさせてくださいませ」
本人も認めたのだ。フェリシアが何かを企んでいるのは確か。だけど、ジュリアンとその妻の座を奪い、おそらく今も『不敬』を重ねているのであろうエミリアに、なぜそんなに優しく出来るのかが不思議で仕方なかった。
我慢できず、エミリアは直接聞くことにした。
「あたし、あなたの婚約者も立場も何もかも奪った女ですよ?! なんでそんなに優しくするんですか?!」
「立場を奪う? あぁ、殿下の『寵』を、という意味かしら。それならば、心配には及びませんわ。私は殿下のことを好いてはおりませんの。
ですから殿下との婚姻後は直ぐに貴女をお迎えできるように手配致しますから、私に遠慮なさらず殿下との蜜月をお過ごしくださいませ」
デンカトノ婚姻ゴ、スグニ寵妃ヲオムカエデキルヨウニ……?
「……え? 婚姻後ってどういう意味ですか? ジュリアン様と結婚するのはあたしですよね。
それに寵妃って……あたし、王太子妃になるんじゃないんですか?」
勢いよく立ち上がったエミリアの手からすり抜け、『王室典範』が音を立てて床に落ちた。
王族の伴侶は伯爵以上、正妃は公侯爵の三親等以内の血筋でなければならないと『王室典範』に明記されている。
そして寵妃とは王家が認めた正式な妃ではなく、ただ男性王族の寵愛を受けた令嬢に与えられる称号のようなものだ。
正妃や側妃と違って公務や執務をする必要もないため、マナーや知識も必要なく、生まれてくる子も認知はされるが王位継承権を持たない。
親子とも衣食住に苦労をすることは無いが、王族の妃であることに変わりはなく、安全のため外出は制限され、その人生の殆どの時間を離宮で過ごすことになる。
──そして、その寵愛を失えば当然その称号も失い、手切れ金とともに実家に帰されることになるのだ。
その際王族の血をひいた子供は城に残され、その能力に応じて次代の王の側近や文官、騎士として育てられる。
あまりにもメリットが少ないため、ここ何十年も寵妃という身分を受け入れた令嬢はいなかった。
気にしないようにしていた──ジュリアンがエミリアに愛を囁きながらもフェリシアとの婚約を解消する気配がなかったこと。
王子様であるはずのジュリアンが、その妻にと望むエミリアにそのままで──マナーや教養を身につける必要が無いと言ったこと。
(そうか、ジュリアン様ははじめから、あたしを妻ではなく、寵妃として離宮に置くつもりだったのか──)




